第15話裁判7・格差


 「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」


 俺たちはいつもの様に法廷に向かうが、どうにもクラトの様子がおかしい。服の上からも何かを隠している事が分かるくらいの膨らみがある。


 「クラト。何を隠しているんだ?」


 「な、なんでもない!」


 「いや。しかし、その服のところになにかを隠してるじゃないか」


 「う、うるさいな。お前には関係ないだろ!」


 「関係ない訳ないだろ!」


 クラトの隠し事についムキになってしまった事が間違いだった。俺はクラトに腹を殴られた。腹を殴られただけなのに腹部には激痛が走る。

 腹部を手で抑えるとなにかに当たる。恐る恐る見ると、腹にはペンが刺さっていた。

法廷に行かなければならない。裁判に出なければならない。休んでいる暇はない。傷をいやしている時間はない。


 「シュウヤ、大丈夫!」


 サホが異変に気付いて俺の元に駆け寄ってくる。

 おかしいな。こんな傷くらいで死ぬはずはないのに。まるで体が鉛の様に重たい。今まで悪魔たちに派手に殺されていたが、こんな傷でも死ぬものなのか。


 「シュウヤぁ。しっかりしてぇ」


 誰がそう言っているのかも分からない。目の前が急に真っ暗になった。


 「きゃー」


 誰かの悲鳴だが、何が起こっているのか俺には感じる事すら出来なくなっていた。




 また、寝ていたのか。暫く裁判で死ぬ事がなかったから油断していたな。しかし、今回の夢は以外なものだったな。とりあえず、悪魔に殺された場合だけ夢を見る訳ではないという事のようか。

 今まで人を、被告人を信じてきた事で裁判に勝ってきた。刺されたのは辛い事だが、ここにきてクラトを信じない理由はないはずだ。


 「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」


 法廷に向かう俺たち。

 クラトの服には膨らみがあり武器を隠している事が分かる。

 前回はクラトに殺されたのは間違いなさそうだ。しかし、最初から俺を殺そうとしていた訳ではないはずだ。攻撃対象は言うまでもなく悪魔たちだろう。


 「おいクラト。お前、そこに隠してるの武器じゃないか?」


 クラトは俺を睨みつける。


 「できるだけ穏便に行きたいから、武器を使うのは最後の最後。どうしようもないって時だけにしてくれよ」


 「お、お前はなぜそんなに悪魔たちを信じていられるのか?」


 「信じている訳じゃない。ただ、あの悪魔たちは有名な悪魔たちだ。そんな奴らが今まで裁判という形で戦ってきているのだから、えーと。傲慢のルシファーだっけ?  その傲慢な考えを叩きのめしてやりたいじゃないか」


 「ず、ずっと裁判ごっこが続くとは限らない。いつ本性を現すかわかったもんじゃない」


 「確かにその可能性もあるな。その時は任せるよ。あんな高いところにいる悪魔たちにダメージを与えられる攻撃なんて俺にはないからな」


 悪魔たちは俺たちよりも三階くらいの高い位置にいる。物を投げつけるくらいしか攻撃手段はないのだが、避けられたらそれで終わってしまう。


 「……ああ」


 どうにかクラトを刺激する事なく、無事に法廷に辿り着けた。




 「名残惜しいですが今回が最後の裁判となります。

 それでは裁判を始めます。まずは被告人を紹介します」


 まさか裁判長から最後の裁判と言ってくるとは思わなかったが、兎も角これが最後の裁判の様だ。

 最後の裁判には被告人が二人、それぞれ別の画面に映し出される。前回の裁判では核兵器というインパクトのある内容だったがそれ以上となると宇宙規模だろうか。しかし、それでは笑い話でしかない。何が来ようとこの裁判を勝って元の世界に戻るんだ。


 「この者たちは富める者と貧しい者。このどちらを裁くべきかを選択して頂きます」


 「ナニ!?  どちらかを裁く?  それじゃどちらにしてもダメじゃない!!」


 裁判長の言葉にレナが絶望し、悪魔たちがクククと笑う。

 このパターンを一番恐れていた。二者択一でどちらかを裁く。どちらを選択しても俺たちは有罪になる。とても理不尽だ。だから相手の提示した選択肢を選ぶ訳にはいかない。しかし、今まではとは違い、どちらかの立場に立って考える訳にもいかない。どちらかを立てればどちらかが立たないのだ。だが、とりあえずどちらも無罪であると主張しなければならない。


 「待った。その手に乗るか。どちらも無罪だ。これまでの裁判で教育が大事であるとなっている。能力が同じなら富める者と貧しい者に分かれる事がなくはずだ」


 俺は反論を試みる。実のところは教育の問題として『教える側が悪いのか教わる側が悪いのか』をサホに指摘されているのでこれで問題が解決するとは思っていない。悪魔たちが見逃してくれれば助かるのだが……。


 「同じ事ですよ。勉強する人としない人という観点から考えるのも、教える側が悪いのか学ぶ側が悪いのかという観点から考えるのもどちらにしても同じ。どちらかに善があり、どちらかに悪がある。

 格差というものは富める者が搾取しているのか、貧しい者が怠けているかのどちらかだろう?  さあどちらかを裁き給え」


 俺の甘い考えは裁判長の言葉で打ち砕かれた。これからまた考え直さなければならない為、暫くの間、沈黙が法廷を支配する。


 沈黙を危険と察したのかサホが口を開く。


 「富める者がルールを作り、その結果貧しき者が現れるので富める者が悪いと思うけど、どちらも無罪にするにはこれでは駄目ってことよね」


 サホは富める者がルールを作っているとしつつも、それを結論とする事を避ける。結論を避けるのはどちらも無罪にしなければならない為だが、わざわざどちらかを悪く言う事に違和感を感じないでもない。考えられるのは時間稼ぎだが、それに気づかないクラトがサホに質問をする。


 「い、今までの方針通り社会が悪いでは駄目なのか?」


 「社会のルールを作っているのは誰でしょうか?  富める者がルールを作っていますよね。社会が悪いというのであれば富める者が悪いとなるのでは?」


 クラトの質問に答えたのはサホではなく裁判長だった。サホの発言にはまだ時間稼ぎ以外の部分もあったが、クラトの発言には時間稼ぎ以外のなにものでもないという事だろう。


 「と、富める者がルールを作っているなんて事はないんじゃないか?  選挙で選んでルールを決めていると思うけどな」


 クラトの反論に対して更に反論するのはサホだ。


 「富める者は貧しい者を愚か者として意見を聞かない。そして、富める者の意見ばかりが評価される。だから富める者がルールを作っているのと同じじゃないかしら。

 最近はネットへの書き込みで貧しい者の意見が話題になる事はあるけど、一時的なものになってるわね。それは裏付けなどが難しいという事かもしれないけど」


 話を付け足してどっちつかずな言い回しをするサホ。しっかりと時間稼ぎをしてくれているのは有難い。しかし……


 「気は済んだかね?  富める者が搾取するルールを作っている事に違いはない」


 裁判長は、サホの付け足した話をスルーする。理由は恐らくネットや教育を情報を得る行為として同じ扱いにしているという事だろう。とするなら今になってやっと人類はネットの書き込みからほんの僅かだけ必要な情報を掬い上げる事が出来る様になったという事だ。ただ、ほとんどはゴミで必要なのはごく一部であろうとは思うが。


 法廷に再び沈黙が訪れる。わからない。答えが見つからない。でも、前に進むしかない。


 「まだだ。諦めたら終わりだ。金だ。金というモノが悪い」


 「聞き捨てならない。金のなにが悪い」


 俺の苦し紛れの言い訳に反応したのはマモンだった。マモンはこれまでの裁判でも俺たち寄りの発言が多かった悪魔だ。それが今回は敵に回った。俺は多分間違った選択をしたのではないだろうか?  しかし、悪魔たちからなにかヒントを得るまでは諦める訳にはいかない。話を続けられるだけ続けなければならない。

 まだ話を続けようとしているマモンを裁判長が制して言う。


 「金が悪いと悪あがきをしても、金というルールが作られた事に変わりがない」


 「確かに金というルールは作られら物だ。しかし、金が作られた瞬間から富める者と貧しい者が存在した訳ではない。時が経ち積み重なって富める者と貧しい者になった。金が作られた瞬間は富める者が作ったルールではない」


 「ふふふふふ。なるほど、確かにそうですね。では現在は金を作っている造幣局の職員全員に罪があるという事になりますか?」


 「なぜそうなる」


 「悪の権化である金を作っておいて無罪になるとでも?」


 今の金は悪の権化となっているのだから作る事が罪だという解釈の様だが、あまりにも強引だ。今回の裁判は富める者か貧しい者を裁く裁判だ。造幣局の職員は無関係のはずだ。

 裁判のルールまで破ってくるのか。悪魔たちを信じる方がどうかしているという事か。


 「今回の被告は富める者と貧しい者だ。関係ない人を裁こうとするな」


 「いや。裁判は今回で終わりにしなければならない。よって裁きを与えるものは全て対象である」


 俺は奥歯を噛みしめる。悪魔はやはり悪魔だ。


 「酷ぃ。反則。鬼、悪魔」


 ユウナが裁判長に悪口を並べ立てる。それに対して裁判長は笑顔を作って「はい。悪魔ですよ」と言う。


 暫く経ってレナが口を出す。


 「イマさら言うのもなんだけど、金は信用という話もあるけど……」


 「おお。分かってるじゃないか。つまり、金が悪いというのは信用を否定するのと同じ」


 レナの話にマモンが乗ってくる。

 話の内容から考えると俺は疑ってはならないところを指摘してしまった様だ。人を疑わないとするならモノを疑うしかないと思っていたが、人を信用するのに信用と等しい金を否定しては意味がない。

 結局、何かを立てれば何かが立たなくなる。俺はそれを崩す事が出来なかった。


 「諦めがつきましたか?  人間はそれぞれ違うものですので、優劣があります。さあ、どちらかに裁きを」


 裁判長の言葉が俺を絶望させる。

 何かを立てれば何かが立たなくなる。俺たち人間はそういう矛盾を抱えた不完全な存在でしかないのか?  不完全な俺たちは悪魔に弄ばれ続けなければならないのか?


 「金が信用なら、金は悪くない。全員が信用出来る社会は素晴らしい世の中だと思う。そう考えている人もいる。富める者も貧しい者も信用する世の中が正しいと思う」


 サホが話を続けようとするが、それは願望であり理論ではない。これでは悪魔たちは納得しない。


 「それがどうかしましたか?

富める者は貧しい者を信用していますか?

貧しい者は富める者を信用していますか?

そもそも人類は全人類を信用していますか?

親や子供を殺されても信用しますか?

そもそもあなた自身を信用していますか?」


 それでも俺は人を信じる……それではダメなんだ。これは人の本質が問われているんだ。

俺がどれだけ人を信じても、富める者が貧しい者を貧しい者が富める者を信用していないなら、人の本質が納得される訳ではない。

全員の意見を聞く事で人類全体が賢くなろうとも、有能であれ無能であれ異議を唱える者はいつだって現れる。それは人を信用していないという事ではないか。


 ダメだ。誰か助けてくれ。今まで俺が信じてきたモノを壊さないでくれ。その思いも虚しく法廷は沈黙したままだ。そして、裁判長の口が開く。


 「絶望していますね」


 「い、いや。まだだ」


 絶望していなかった人がただ一人だけいた。クラトだ。クラトは服から缶コーヒーにペンを括り付けた物を取り出して裁判長に投げた。


 クラトの投げた物は裁判長に向かっていくが、裁判長の手前で消滅した。


 「そんな攻撃通用する訳ないでしょう」


 裁判長が左右に首を振って言う。


 「く、くそ。だめなのか」


 そう言うクラトの体に無数の氷柱が刺さり、倒れる。


 「君には失望したよ。もう顔も見たくないよ」


 いつの間にか俺の目の前に来たマモンが片手で俺の首を掴みながら言った。マモンのもう片方の手は俺の頭を掴む。

 俺の頭はマモンの力によって締め付けられる。抵抗も虚しく俺の頭は粉砕され一帯に血をまき散らした。




 俺はまた墜ちているのか。判っている、これが夢だという事は。

 もう疲れた。墜ちてしまえばこのまま死ねるかな……。


 しかし、いつまで落ちればいいのか。


 永遠に地面には衝突しないのか?


 面倒だが飛ばないと終わらないのではないか?

 いつもの様に飛んでみようとするが落下速度が上がっているせいか墜ちる速度が中々下がらない。

 墜ちる速度が大分下がってきたと思った瞬間だった。体が何かに衝突する。どうやら地面に衝突してしまった様で「痛い」と寝言を言ったかどうかは分からないが、夢はそのあたりで覚めた。所詮は夢なので実際に痛い訳ではない。


 「また、死ぬ事はなかったが、あのまま飛ぶのを諦めていたら死ねたのかもしれない」


 そう考えると恐怖のあまり独り言が口から出てしまった。

 とは言えもう死んだ様なものだ。何を信じればいいというのか。今までは被告人を信じて戦ってきた。しかし、今回はそれじゃダメなんだ。

 思うだけでは信じるだけではダメなんだ。どうすればいいんだ。どうすれば……。


 「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」


 時間か……。いかなくては。

 今までよりどころとしていた『信じる』という事。今はそれすらも信じる事が出来ない。




 法廷へ向かう為に部屋を出る。法廷までは僅かな時間だが気が重い。


 「なにもかも信用出来ない時どうすればいい?」


 隣にいるサホに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で独り言の様に呟いた。


 「何を迷っているのか知らないけど、今までの様に否定し続ければいずれ答えにたどり着くんじゃない?」


 サホは俺が人を信用出来なくなっている事を知るはずもないので、裁判で勝つために社会を否定してきた事を言っているのだろう。

 弱音を吐いた俺への励ましと考えていいのかもしれないが、少し心外だな。俺はサホに信用して欲しいと思っているのに……。


 「否定し続ける?」


 何気にサホの言葉が引っ掛かり俺はつい聞き返したが、サホから言葉が返ってくる事はなかった。その代わりにレナが話に参加してくる。


 「アー。そういわれればそうね。今まで悪魔の裁判から現実を否定する理屈を並べては無様に逃げ回ってきたわね。特にアンタが」


 「んっ。確かに」


 ユウナまでもがレナに同意するとは思わなかった。俺は皆から信用を得てきたと思っていたのに、社会を否定してきただけの存在でしかなかったのか……いや、そうか。そうだったのか。引っ掛かっていた全てが解けた。勝てる。最後の裁判もこれで勝てる。

 ただし、最後の裁判の内容を今知っているのは俺だけなので、ここで声に出すどころか顔にすら出してはいけない。


 「お、俺を揶揄うなよ。全く、やってられねーぜ」


 俺は恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。それをサホ、レナ、ユウナ、ルミが笑い、俺もつられるように笑う。

 クラトだけは笑っていない。その原因は既に分かっている。


 「おいクラト。お前、そこに隠してるの武器じゃないか?」


 クラトは俺を睨みつける。


 「あんなおっかない悪魔たちとまともに戦っても勝てる気がしない……が武器は最後の手段だ。俺が今まで通り無様に言い訳を考えるが、考え付かなかったら後は頼むよ」


 「……ああ」


 俺たちは扉を開き、法廷へ入っていく。




 「名残惜しいですが今回が最後の裁判となります。

 それでは裁判を始めます。まずは被告人を紹介します」


 二人の被告人がそれぞれ別の画面に映し出される。


 「この者たちは富める者と貧しい者。このどちらを裁くべきかを選択して頂きます」


 裁判長の話が終わった直後に俺が勢いよく反論する。今までと違い最後の裁判なのでただ終わらせればいいだけだ。


 「どちらも無罪だ。金という概念が悪い。そして、金は信用であり、信用というモノが悪い」


 「それは神をも信じないという事ですね。ようこそ悪魔の世界へ」


 悪魔が一人また一人と拍手を始め、「おめでとう」と言ってくる。その光景に俺以外の人は困惑の表情だ。

 皆を困惑させたままにして場を乱されるのも困るので間を置かずに次の言葉を発する。


 「有難くないね。

思えば、キリスト教はユダヤ教を否定する事によって生まれたものだ。信じての事ではない。疑ってのことだ。

しかしそれは、神を信じないのではなく、より深く知る為の行為だ」


 「しかし、それは宗教を否定するという事ではありませんか?」


 裁判長の悪あがきだ。多数決は以前の裁判で既に否定されているので、信者数がどれほど多かろうと意味はない。それに元の世界で発言するならいざ知らず、この場で宗教の話を持ち出す意味はない。

 しかし、質問されたからには答えなければならない。


 「その通りだ」


 「否定された宗教のすべてがあなたを悪魔と評すると思うのですが、私たちと何が違うのですか?」


 「……この様な例えで判るかどうか知らないが……」


 「どうぞ。どんなことでも言ってみてください。それで判らなければまた考えればいいだけですから」


 「自分がチェスの初心者で相手がチェスのチャンピオンだったとする。その状態で自分に相手の考えが判るという事はあり得るだろうか?」


 「チェスですか?」


 「チェスだけじゃなく将棋でも構わない。とにかく初心者が上級者の考える事が判るかと言う事だ」


 「それは無理でしょうね。それがどうしました?」


 「神を理解する事は不可能だという事だ。さっきのパターンに当てはめると人間は初心者で神は上級者になる。

 神を完全に理解する人間はいない。キリストにしても同じでその一部を解き明かし改善しただけに過ぎない。それを信用する事が無意味だ。キリストの様に神を探求し、改善していく事が成長なんだ。


 さて、悪魔となにが違うかと言う質問があったが、逆に聞きたい。悪魔とは神よりも上級者か?」


 「さあどうでしょうね」


 「答えてはくれないか。では勝手に解釈していいな?」


 「どうぞ」


 「悪魔も人間も神より下の存在であるという意味では同じだ」


 裁判長は暫くの間目を瞑り首を縦に振る。


 「なるほど。その件については分かりました。

 しかし、まだです。『信用しない』のであれば、あなたの言っている事も信用しなければいいだけではないのでしょうか?  矛盾しているでのはありませんか?」


 「いいや。それは違う。信用するか信用しないかの問題ではない。信用に意味がなくなったのだ。

まず、話を聞く。聞いた上で否定出来るか否定出来ないかの問題だ。話を否定出来ないのであれば、少なくとも聞いた説明の上では納得出来ているはずだ」


 裁判長は再び目を瞑り首を縦に振る。しかし、何一つ反論しないのに納得していないのか中々無罪にならない。

 形勢は有利な状態であり、こちらとしては無罪を催促するしかない状態だ。

 勝ちを確信した俺は成り行きを見守る余裕すらあった。この状態で口を開いたのはサタンだ。


 「話を聞いた上で否定された者は悪という事でいいんだな」


 ここまで来ると悪魔たちの反論はただの揚げ足取りだ。俺は既に『信用』を否定しているのだから、間違いに対しても責める必要がないのだ。


「それも違うな。

人は誰でも間違うがその経験を生かして修正していくんだ」


 俺とサタンのやり取りにサホが割り込む。


 「失敗は成功の基って奴ね」


 「間違いや失敗は悪ではないのか?」


 「失敗を正して成功すればいいって事よ」


 サホがサタンにダメ押しする。サタンもこの程度の事は知っていそうなものだが……。

 しかし、サホの言葉に僅かに引っ掛かるところがある。『成功』ってなんだ?

どうなれば『成功』なんだ?

絶対的な真理を得た時か?

それとも実験などで予想した結果が返ってきた時か?


 「ある意味そうだが。そうじゃないんだ。成功と言う言葉が曖昧なんだ」


「え?  どういうこと?」


 サホが驚いた顔で俺に聞き返す。


 「『未来は現在を否定する』。これが真理に近づく方法。いや、これが真理だ。

まず、現実と人の認識には決定的な差がある。これは絶対に埋まらない。

 そして例え真理に到達していたとしても、真理を認識する事が出来ない。


 現実と人の認識の差は、人が今という瞬間を認識出来ない事と同じだ。目で捉えた画像が脳に伝わるまでに神経を伝達する時間の分だけ遅れる。どんなに目と脳を近づけても僅かなズレがあり、この差は埋まらない。だから人は今を知る事が出来ない。

 それと同じで真理も捉えられない。真理を1とするなら、人は0.999...と9を永遠に付け加えて近づけるしか術がない。

 残念なことに人類には始まりと終わりがあるだろうから無限という訳にはいかない。だから真理を知る事は出来ない。0.999...と続けようとしてもいずれ9を付け加える事が出来なくなる。

 だが、真理の探究の為には常に自分たちの手で修正していかなければならないし、そうされていくモノなのだ。


 人は常に間違いなのだ。成功・正義・信用・愛・自由そういう耳障りの言い言葉を使って神に背いていないと言い訳をしているだけだ。本当は真理を探究し続けなければならない」


 「それが分かっているなら、なぜあのことが判らない!!」


 サタンが怒鳴る。静まり返る法廷。全員の視線がサタンに注がれる。

 俺はまだ何かを見落としているのだ。サタンの態度からそれは判る。しかし、それに気付けないでいる。


 「何のことだ?」


 俺が恐る恐るサタンに聞くが、ルミが俺を手で制して言う。


 「前回の~裁判の時から疑問に感じてた。姿は悪魔だけど、やっている事は全然違った。あなたたちは本当は天使なのでは?」


 正直、俺は幾度となく殺されていたせいかそんな気は全くしなかったのだが、言われてみればよく人の話を聞き、そして真理まで導いていた様にも見えなくもない。

 それに真理を解くに当たって正義を否定しろと言った。それは反対の悪も否定しろという事だ。では目の前にいる悪魔たちは一体何者か?

 俺は一端目を閉じて、そしてゆっくりと目を開ける。目の前にいる者が悪魔という先入観を捨てて。

 今まで赤黒く染まっていた法廷は白い色に戻っていた。そして、悪魔たちは天使の姿になっていた。


 「え?」


 驚いた声を上げたのはユウナだ。混乱しているのは俺だけではなかった。そんな俺たちに裁判長が言う。


 「あなたたちは試練を乗り越えた……。

そもそもなにが正しいかを知り得ないのだから裁く必要はありません。よって無罪。


 自室に戻りなさい。そうすれば元の世界に戻れるでしょう。


 決して忘れてはいけません。真理は神と共にある事を」


 そういうと天使たちは退廷していった。


 俺たちも法廷から出る。悪魔ではなく天使との約束なのだ。自室に戻れば元の世界に戻れる事を疑う者は誰一人としていなかった。


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