第12話平等



 「あ、悪魔たちは、人の命を動植物と同じ様に考えているとしか思えないな」


 法廷を出てすぐにクラトが憤る。その言葉にここにいる全員が頷く。悪魔たちが人間を家畜扱いしていた事に不満があるのだ。


 「でも近年は食べ物への感謝なんて感じていない人は多そうよね。悪魔から指摘されるのは……なんていうか情けない話よね」


 サホがそう言いながらこちらをチラっと見る。こちらの都合で食べておいて感謝というのはピンとこないが、なんとも思わないから過食や食品廃棄なんて起こるのではないだろうか。


 「感謝なんてしてなかった。

 死にたくはないから殺して食べる。殺しておいて頂かないのは、感謝ってのもなんだけど失礼な話だよな」


 「アタシ、一応ベジタリアンなんだよ。動物を殺すことに罪悪を感じたのが始まりだけど、その後体調が良くてさ」


 レナがいきなりカミングアウトする。唐突な上にどうでもいい内容だったが、今まですっきりとしていなかったことが判明した。

 食に対して抱くべき感情は感謝ではなく罪悪だ。感謝はありがとうという意味合いを強く感じてしまうが、どちらかと言えば罪悪や謝罪という意味の方があっているように思う。自分たちにとってはせざるを得ない事をしただけだが、相手にとって悪い事をしたという事だ。


 「ち、ちょっと待った。殺すという意味では植物も同じ事じゃないか。全ての物は人に食べられる為に生きている訳じゃない。植物は良くて動物は悪いという理由にはならない」


 「ソンな事言われなくたって分かってるよ!!」


 クラトの言い様にレナが喧嘩腰になる。にらみ合う二人を止めようとする前にサホが口を挟む。


 「無駄な飲食もダメ、食事を余らせるのもダメ、悪魔というより口うるさい姑のようよね」


 笑いを取って事を収めようって訳か。しかし、悪魔を姑と評価するのは中々良いセンスをしている。


 「むぅ。動物も植物も食べちゃダメなら何を食べろっていうのだろ?」


 折角サホが話を逸らしたのにまた話を戻したのはユウナだった。引きこもられるよりはマシだが、空気を読まないと言うかなんというか……そんなユウナにレナがニッコリと笑って即答する。


 「アタシには、ひとつだけ思いつくものがあるよ」


 「えっ?  それはなに?」


 「ママのおっぱい」


 「むぅ。子ども扱いして」


 「あははっ。なるほど確かに命は奪わないわね」


 レナとサホの会話にサホが混ざる。そうするとレナはサホに向き直り言う。


 「しかも牛乳じゃダメ。母乳なら間違いなく人の為のモノ。

 私もベジタリアンなんて馬鹿らしく思えてきた。ただ、健康の為にもベジタリアン続けるつもりだけどね」


 皆で笑う。

 母乳か。それは母親から子への否定しようのない愛といえるのではないだろうか。


 「んっ。今回も裁判に勝てた。言い訳大王が居れば裁判に勝ち続けられそう」


 ユウナが俺を見ていう。『言い訳大王』とは俺の事か?  信用してくれるのは有難いがその表現はなんとかして欲しいものだ。返答に困った俺は愛想笑いでユウナの言葉に答える。


 ふとクラトを見ると、こちらを見ながら不満そうな顔をしている。俺と目があったクラトは目を逸らして言う。


 「どうも、人の命を動植物と同じ様に扱っているところを見ると、悪魔たちは共産主義的な社会を良しとしているように思える」


 唐突なクラトの言葉にサホが「あっ」と言い反応するも言葉を続ける事が出来ずにいると、レナが話し出す。


 「共産主義は資本主義に敗北した歴史があるというのにね」


 サホは何かを言いかけたまま、結局なにも言う事はなく解散する事となった。


 そして俺が自室に戻ろうとした時、サホに呼び止められた。


 「私の部屋に来てくれる?」


 「え?  いいけどなに?」


 「ちょっとお話が……。それとレナは外してくれるかな?」


 レナはサホの部屋に入り浸っていて、今回の話も俺とサホとレナの三人で話し合いをするものと思っていたのだが……こういう時になんだが、二人っきりということなら期待してもいいのかな?


 「エ?  ちょっと!?  どういう事!!」


 「どうでも!!」


 サホにそう言われたレナがショックを受けたような顔になった後、俺を睨みつけてながらレナが自室に戻る。




 サホの部屋に入る。俺の部屋も同じだが赤黒い壁に赤黒い床そして赤黒い天井は、折角の二人っきりというシチュエーションにとって大きな障壁だ。

 サホは飲食禁止派なのでお茶の一つも出ない。緊張で喉は渇くだろうが、俺としてはこれからの展開が分からない為、お茶なんかに構っている余裕はない。


 部屋唯一の家具であるベッドの前にサホが移動する。俺も後に続く。


 「座って」


 「うん」


 俺から話しかけるべきか、いや違ったらどうする?  期待は風船の様に膨らむ。そう考えているうちにサホが口を開く。


 「レナは共産主義は資本主義に敗北したと言っていたけど、あれは民主主義と社会主義の戦いでもあった。共産主義と資本主義はまだ比較されていない可能性があるって思っているのだけど……」


 今の心境としては風船の中の空気が一気に抜けてしぼんでしまう感覚だ。自覚はなかったがいつのまにか俺の背は猫みたいに丸まっていた。

 レナが資本主義寄りの考えだったから、話から外した訳か。まだそうと決まった訳ではないが、俺の期待は的外れだったらしい。


 「どうかな?」


 俺が返事に困っていると考えてか答えを催促するサホ。

 俺は期待が外れて落ち込んでいるが、この悪魔たちの世界から脱出するための活動の一環なのだから落ち込んでばかりもいられない。

 サホは民主主義と社会主義を比較しているところから見るに勘違いしているようだが、民主主義の反対は独裁だ。敗北したソ連型の共産主義は独裁の部分も見られるのでその事を言いたいのだろう。


 「なるほどな。しかし、それは何処に問題があったかは分からないって事だね」


 「残念ながらね」


 「しかし、済んだ話をどうして話すの?」


 「そうね。少なくとも以前から資本主義には疑問を感じていたの。そして共産主義について考えたことがあったんだけど。私の話聞く?」


 サホがそう聞いてくるが、この流れだと聞かないという選択肢はなさそうだ。それに、資源枯渇問題の裁判でまず話を聞くと言ったのは他でもない俺だ。


 「勿論聞く」


 「共産主義でいう平等な社会を実現するには、全員が同じ能力であればいいんじゃないかな?  同じ能力で収入が違えばそれは越える事の出来ない壁であり、あってはならない格差だわ」


 「否定する訳じゃないけど、現実世界では同じ能力なんてあり得ないよね。その点についてはどう考えてるの?」


 「あくまでも理論上の話よ。顔も能力も全く同じなんてありえないもの。だけど、その方向に進むべきだと思っているわ。だって平等が間違いだとは思えないもの」


 サホの主張は考え方の一つとして間違いがあるとは思えない。

 サホの主張で無視出来ない事がある。能力差は教育の差であり、能力により経済格差が生まれ、そして経済格差により教育格差が起これば格差の埋めようがなくなるという事だ。

 しかし、『船頭多くして船山に登る』という諺があるように一方ではリーダーが必要といわれているので、平等が実現するかは疑問もあるが教育格差は致命的な問題だ。『低学力の社会での天才』が『高学力の社会での凡人』に負けるようなら目も当てられない。つまり学力は全員が高いに越した事はないという事だ。

 残念ながら今の俺には『リーダーが必要』と『全員が同じ能力』が理想とする事のパラドックスを解決出来そうにはない。


 「顔は兎も角、能力に関しては教育を徹底して同じくらいの実力をつけるようにするというのが妥当だろうね。共産主義でよく言われるのが仕事をしなくなった怠けるようになったという事だったから、教育を徹底する事で仕事を怠けなくなる様になるかどうかって事だろうね」


 「……全員が勉強好きって訳じゃないのよ?」


 言葉こそ穏便だがサホの指摘は悪魔たちと同等の鋭さがある。仕事を勉強に変えたところで怠けることに違いはないという事だ。

 勉強という事に関してならユウナの例を見てもわかる通りマンガなどでも勉強になり得るのだ。楽しむ事と勉強する事は矛盾はしない。それをいうなら楽しむ事と仕事も矛盾はしないのだが、仕事をする前提に勉強があるのだから勉強を無視して仕事が楽しくなる事は有り得ない。


 「俺だって勉強が好きな訳じゃない。ただ、学び方は色々ある。ゲームから興味を持つ事だってあるし、マンガで覚える事もある。教育の質が足りていないんだよ。そして、勉強を始める時から既に差が付いているんだ。教える側もある程度のレベルを対象に教育するからついていけない人が出てくる」


 「それは結局、教える側が悪いの?  教わる側が悪いの?」


 サホと悪魔が重なって見えるほど鋭い指摘だ。ここまで質問攻めだと悪魔たちじゃあるまいし自分で考えてくれと言いたくなるが、俺を信用しての事だろうから何とか答えてあげたいのだが、それが出来れいれば悪魔たちとの裁判で苦労なんかしない。


 「うーん。そこまでは分からないな」


 悪魔たちとの裁判では人を信用して悪く思う事を避けてきた訳だが、そのせいもあってどちらが悪いかと言われると答えが出せない。


 「……そう。情報収集で忙しいところ、悩みを聞いてくれてありがとう」


 「ああ、ああ」


 俺はサホに背を向けて歩き出す、サホが何かを言わないかと注意しながら。しかし、何もないまま部屋を出てしまう。




 サホの部屋を出た俺はため息を付いた。しかし、この世界から脱出する為にも、元の世界で遭えた時良好な関係を保つためにも短気になる事はしない方が良い。そして、それはレナに対しても同じ事だ。理由は分からないが俺とサホが二人っきりになるのを嫌がっていた様に思える。用事が済んだので声くらいは掛けておいた方がいいだろう。


 レナの部屋の前に来てノックをするが返事はない。そっとドアノブを回してみる何も引っ掛からないので鍵が閉まっている訳ではない。

 折角こちらが好意で教えに来ている上、居留守を使う状況とも思えないので少し開けて確認しようと考えた。着替え中だったりはしないだろうかなどと、ドキドキしながら少しだけドアを開けて中の様子を伺うが、誰もおらず代り映えのしない部屋があるだけだった。

 冷静に考えると、部屋を覗いているところを見られると変態扱いされるだけのハイリスク・ノーリターンな行動だった事を後悔する。


 しかし、一体どこに行ったのだろう。他の人の部屋にでも行っているのだろうが、探すまでして話す様な事でもないので、そのまま自室に戻ることにした。




 自室で情報収集をしていると、ドアをノックする音がする。キリが悪いのだが無視する訳にもいかない。そもそも情報収集と言っても裁判の内容が事前に知らされていないので今やっている事がどこまで役に立つか判らない。


 「はい。どうぞ」


 ドアが少しだけ開いてこちらを覗く様に見ている。誰かは背の低さでユウナと分かる。引きこもりが人を訪ねてくるとは意外だったな。

 ユウナは引きこもりなせいか入り辛そうにしている。俺がドアのユウナに微笑むとユウナが部屋に入ってくる。


 「どうしたんだい?」


 「あのぉ、お邪魔じゃなかったでしょうか?」


 「いや、そろそろ休憩しようと思っていたところだから」


 「ぁ、そうなんだ」


 「それで何か用があるんじゃないのかい?  何か気が付いた事でもあるのかい?」


 「ぁ、ありがとうって言いに来たの」


 何の事だかさっぱり分からないが、ユウナが部屋から出ようとしているので呼び止めておかないといけないような気がする。


 「ねえ。少し話をしない?」


 俺の言葉にユウナが振り返り頷く。立たせておくのも問題なのでベッドに座るように促す。

 俺の横に座るユウナ。どうやら話をしたいが、なにを話したらいいか分からないという事かもしれない。

 俺としても話のネタがある訳でもないので何を話したものかと思案する。ふとレナの事が頭をよぎる。


 「そういえば、レナがどこにいるか知らない?」


 「ぇ?  レナなら、サホの部屋に行ったよ」


 「行ったってどういう事?」


 「ぁ、レナが私の部屋に来て、暫く話をして、それからサホの部屋に行ったんだよ」


 「ふーん。ユウナはレナと話をしてたのか。レナがユウナの部屋にいたのは意外だったな」


 「ぅん。私もそう思う。なんでも私が明るくなったから友達になりたいとか言ってきて……」


 「ああ、それは俺もそう思うよ」


 「ぇ?  そう?  そう思う?」


 「ああ。そう思うよ。それである程度話をした後、レナはサホの部屋に、ユウナは俺の部屋に来た訳か」


 「うん」


 どうやらユウナはレナに何か言われてここに来たのではないか?  そういう疑念が浮かぶ。


 「レナになにか言われたのか?」


 「ぅん。シュウヤにはなんでもお見通しなのかな。実はレナにありがとうって言ってきなさいって言われたの」


 「俺に?  なんで?」


 「んっ。私が明るくなったのは多分シュウヤの影響だろうからって」


 レナってよく分からない奴だ。俺がサホと二人きりになる時は睨むが、ユウナには良い人という印象を与える。

 偶然とは言えユウナが俺の部屋に来た理由も分かった。

 とは言え、ユウナから話しかけてくる様子はないし、次に何を話すか悩む。


 「ユウナの好きな食べ物って聞いてもいいかな?」


 我ながらとても下らない事を聞いていると思う。ただ、共通の趣味などがある訳でもないので迂闊に相手の趣味の話をするとついていけず、自分の趣味の話をするとユウナがついてこれない。結果として当たり障りのない質問になる。ただ、それとて……。


 「むぅ。特に好きな食べ物ってのはないかな」


 この様に興味のない返事が返ってくる事がある。食べる事は全員が行うが、全員が興味があるとは限らないのだ。ユウナの背が高くない事を考えるとその可能性がある事に気付かなかった俺のミスだ。


 「そうかユウナには好きな食べ物はないか。別にいいんじゃないか。好きな食べ物ばかり食べて体重を気にする人もいるのだから物事は常に一長一短あるものさ」


 「んっ。私もそう思う。ところでシュウヤには好きな食べ物があるの?」


 「俺?  俺は唐揚げかな。脂っこい物だから体には悪そうだけどね」


 「そぅなんだ。その、体に気を付けてね」


 「気遣ってくれて、ありがとう。そろそろ休憩を終わりにしたいのだけど、いいかな」


 「ぁ、うん。……邪魔だった?」


 「いや。裁判はまだ続くのだから遊んでばかりはいられない。裁判に向けて情報収集の必要がなくて、ただ待っているだけならユウナと話をしていてもいいのだけどね」


 「んっ。分かった。それじゃ自分の部屋に戻る」


 ベッドから立ち上がり部屋を出るユウナに声を掛ける。


 「この世界から脱出しよう。そして元の世界でまた会いたいね」


 「ぁ。うん」


 ユウナは笑顔で部屋を出る。


 正直なところ、ユウナには裁判での活躍は期待していない。話をしたところで得られる情報もほとんどないだろう。彼女に期待できるのは元の世界に戻った時にどこまで成長しているかによる……なんとなくそう思うのだ。誰も見捨てたくないと思っているからかもしれないが。



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