幻
中谷干
真
あのう、すいません。
あ、はい、そうです。あなた。
本当にすみません。ほんのちょっとだけ、お時間いただけないでしょうか。
……あ、いや別に怪しいものじゃありません。
ってまあ、こういうこと言う人が一番怪しいっていうのは世界の定番らしいですけど。
いや、まあ何ていうんですか。ちょっとしたアンケートみたいなものなんですけど。
はい。いえ、別に名前とかそういうものは必要ないですし。ものの3分……いや1分もあれば済みますので。 お急ぎという事であれば引き止めるつもりはありませんし。
あ、大丈夫ですか。本当にありがとうございます。助かります。
いえ、簡単な事なんですけど。
私に、ひとつ嘘をついて欲しいんです。
ええ。別に何でも構いません。本当に。どんなことでもいいんです。
東京タワーは高さ10メートルだとか、新宿の都庁は世界一高い建物だ、とか。そんなわかりきったような嘘でいいんですよ。
あ、はい。そう。それでOKです。どうもありがとうございます。助かりました。
ええ。いや、ちょっと話すと長くなっちゃうんですけどね。
まあ簡単に言うと、何ていうんですか。
正直、本当のこと、というのが一体なんなのかさっぱりわからなくなってしまいましてね。
それでは嘘をたくさん集めたら、少しは本当の事がわかるかな、って。
いや、ダメなんですよ。無理なんです。本当だと思えない。
例えば色々な人に聞けば、皆東京タワーは333メートルだって言うんですけど、私の脳に入ると、東京タワーと便宜的に名づけられた建造物らしきものの高さと皆が呼ぶものは333メートルつまり1メートルという長さの333倍であると言われているがメートルという単位はそもそもなんなんだ…みたいな感じでひたすらぐるぐると巡ってしまいまして。
結局皆さんが「何々は何々だ」と断定して終わるところが終われないんです。世の中にあるもの全てが私の中では一切断定できないんです。
でも、本当のことっていうのはきっとあってしかるべきものだと思うんです。
これも勿論断定なんてできません。
だからすこしでもそのヒントが欲しくてこんなことをしているわけなんですよ。
まあこんなキ◯ガイじみた人間も世の中にはいるということでね。
いや本当に今日はありがとうございました。助かりました。ありがとうございました。
あ、すいません。ちょっといいですか…
◇ ◇ ◇
そして数年が経った。
彼のもとにはたくさんの嘘が集まった。
しかし何が本当なのかは、相変わらずわからないままだった。
ひとつ分かったことがあるとすれば、それは嘘をつくなんて事は、どうやらひどく簡単なことらしい、ということだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます