第19話

千夏と呼ぶようになって、幾日が過ぎただろう。

彼女への思いは増していくばかり


昔、女も知らない頃、

憧れの人を思い焦がれた純粋な気持ちに似てるような…



「フフフ」


「拓也、なぁーに、にやけてるんだよ。

帰る時は相変わらず幸せそうな顔してんなぁ」

マネージャーに茶化された


「別にいつもと一緒じゃん」

そう言いながらも彼女の顔を思い浮かべていた



マンションに近付いた時、何処かで千夏の声が聞こえた


「きゃー、離してっ!!」


「千夏?」

「どうした?」


千夏が数人の男たちに腕を引っ張られてる


「やばいな、俺が行ってくるから拓也は出てくるな、○○さん、こいつ、おさえといて」


マネージャーはスタッフに俺を制止するように頼んで車を降りた


「離せよ、俺が行くから」


「拓也、大丈夫だから、ここにいろ。お前が行くと騒ぎが大きくなるから」


「離せって」


マネージャーが警察を呼ぶふりをして、何とか事は収まった

すぐに千夏を連れて車に戻ってきた


「拓也くんっ」


「千夏、大丈夫か」


肩に手を回して顔を覗きこむと、

彼女はふぅーっと息を吐いて、ひきつった顔で微笑んだ


「うん。すぐにマネージャーさん来てくれたし、大丈夫だよ。

ありがとうございます」


「いや、ちょうど、通りかかって良かったよ」


「俺……行けなくてごめん」


「いいのよ。拓也くんが出てこれないの、わかってるから」




マンションの駐車場に停められた車から降り、部屋に上がった


玄関に入ると靴も脱がず、拓也くんはその場から動かない


「ほんと、ごめん…

俺が守ってやれないなんて、情けない。

怖かったよな」


「気にしないでって」


今頃になって震えだした手を慌てて握りしめた


「千夏…」


息が止まりそうなぐらい強く抱きしめられた


「拓也くん、苦しいよ」


「大切な女も知らないこの手で守れないって」


「拓也くん?」


身体を離すと彼は拳を震わし、肩を落としてた


「拓也くんはね、いつも包んでくれてる。

支えてくれてる。

優しく…あっためてくれてるよ」


私の言葉が心に届かない

彼は頭を上げなかった。


拓也くんの心が壊れちゃいそう

私が支えてあげなきゃ、今日は私が…


彼の手を引っ張って、部屋に入り、ソファに座らせた。

その前に立った私は精一杯腕を伸ばして彼の身体を包んだ



「ねぇ、拓也くん、

私は大丈夫だから…。

拓也くんが思ってるほど弱くないよ」


「千夏、ほんとごめんな」


「もう、謝らないで。私だって、拓也くんを守りたいの」


「それは逆だろ」


「うううん、違うよ」


「じゃあ、拓也くんは辛い時、誰に泣き言言うの?涙は誰にぬぐってもらうの?

私に我慢するなって言うなら、拓也くんもぜーんぶ見せてよ」


そう言うと彼はやっと頭を上げて穏やかに笑った


「千夏、お前、めちゃくちゃいい女だな」


「フフフ、でしょ?」


「こっち、来いよ」


私を持ち上げて、膝の上に座らせた


キッチンの灯りしか点いていない薄暗い部屋で、彼の綺麗な輪郭を確かめるように人差し指で、瞼、頬、鼻、唇となぞった


「千夏、くすぐったい」


クスっと笑うと彼は私の人差し指をパクリとくわえた


「ひゃっ」


舌で舐めながら、私から目を離さない。

恥ずかしくて頭に血が昇り、思わず抱きついて顔を隠した


「顔、見せてよ」


「いやっ、拓也くん、すっごいエッチな顔してるもん」


「ふっ、千夏の方がずっとエロい顔してるよ」


「そんな…」

顔を離した途端、唇に吸い付くようなキス


「んんっ、ダメ、今日は私が…拓也くんを…」


「もう、無理。待てない」


そのまま、ソファに押し倒され、拓也くんの柔らかい唇が首筋に触れた


でも、急に何か思ったように動きを止めて、彼は私の髪を撫でながら悲しそうな目で言った


「千夏…本当に、俺でいいのか?」


「いい。いいに決まってるよ。

拓也くんじゃなきゃ、嫌なの」


身体を起こして彼に掴まるように背中に手を伸ばした


「そんなこと…2度と聞かないで」


「わかった。もう、聞かない」



向かい合わせに座った彼は私の髪に指を差し込んで引き寄せ、深いキスをする


舌を絡めると更に奥に侵入してくる舌の動きに私は既に身体の中心が熱くなってた



"私は…きっと、

あなたに会うために生まれてきた”

そんな映画の台詞みたいな言葉が浮かんでくる


彼に抱かれながら、繰り返し繰り返し、思ってた



拓也くん…

私はあなたを守れるような、強い人になりたい

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