第五章、その八
前から不思議に思っていたのだ。なぜ
でもそれは至極単純明快で、あくまでも当然のことだったのだ。
いかにも異常そのもののようにも見える、叔父と鞠緒の『関係』ではあるが、実は彼らはお互いにこの上もなく純粋に、損得勘定だとか隠し持っている『本性』だとかにまったく関わりなく、ありのままの相手そのものを受け容れ合っていただけなのである。
たしかに虐待したりペット化したり女体化させて嬲ってはいたものの、考えてみたら叔父は、別に鞠緒が巫女姫だからとか人魚の化身だからとかでちょっかいを出していたのではなく、彼に対して無自覚の『親近感』──つまりは、自分との『同一性』を見いだしていたからこそ、彼が側近くにいることを暗に認めていたのだ。
そう。むしろ叔父は残虐非道であり人でなしであったからこそ、『人喰い巫女姫』である鞠緒を受け容れることができたのである。
それなのに僕は、そんな叔父の真の姿を軽蔑し続けながら、その実自分の本当の欲望からは、ただ目をそらしていただけだったのだ。
叔父みたいに『純粋に』人でなしや鬼畜になってみないと、鞠緒の本当の姿を理解することなんかできないというのに。
むしろ僕は、自身の中の『
──なぜならそれこそが、人として『生き物』として、本当に正しいあり方なのだから。
もちろん、この異常きわまる現下の『サバイバル・ゲーム』についても、まったく同じことが言えた。
ただ曇りなき
別に人肉や人魚の肉を巡って
今までの僕のように凝り固まった先入観に固執したり、あるいは自分の欲望のために他者を無理やり従わせようとさえしなければ、何も問題なんて生じはしないのである。
それなのに僕ったら一人で勝手に思い悩んじゃって、やれ『人喰いモンスターを養うためだ』とか、『このサバゲーは国家の陰謀だ』とか決めつけちゃったりして。何か変な小説の読みすぎだったんじゃないの?
何が、『もうこれ以上彼が己の身を他者の血で穢すことのないように、その「罪深き生」を終わらせてやる』だ。罪深いのは、自分自身の無知蒙昧のほうだ。あ〜あ、穴があったら入りたいよ、まったく。
「また何だか一人でぶつぶつとつぶやきおって、ほんに気味の悪いやつじゃな。まあとにかく、おまえも先ほどのようにその気になったときには、前みたいに人肉を持ってきてくれたら我も女の体に変わることができるゆえに、存分に楽しませてやれるものをのう」
いかんいかん、一人で勝手に納得している場合ではない。釘を刺すべきところは、きちんと刺しておかねば。
「あのな鞠緒、これだけはきっちりと言っておくけど、僕は自分自身の都合や欲望のためだけに、けしておまえに人肉を食べさせたりはしないつもりだからな」
「……わかっておる。おまえは本当は、我が人喰いであるのがいやなんじゃろ? 安心せい。もうけしておまえの前では、人肉を食したりはせぬからな」
そう言いながらも、わずかにうなだれ表情を曇らせる少年。心のどこかで、僕から散々忌避されていたときの傷がうずいているのであろうか。うう。なんて罪深い男なんだ、僕ってやつは。
「いや、そういうことを言いたいわけじゃないんだ。僕はおまえが他の生き物をちゃんと愛していて、その上で食べているのと同じように、僕たち人間のことも好きでいてくれて、その生と死を無駄にしないように食べていることもわかっているつもりだ。だから、もしもこれからこの里から人間以外まったく生き物がいなくなったときには、おまえ自身が生き延びるために、人肉を食べることをけして否定したりはしやしない。だけど約束して欲しいんだ。もしそんな場合になったときには、まずこの僕から食べてしまうことを」
「──はあ?」
おお、さすがの『巫女姫少年』も、思わず目をまん丸にしているではないか。
当然だ。何せ言った本人ですら驚いているのだからな。
うん。でも、こういったぶっつけ本番で言葉を紡いでいったほうが、自分でさえ気づいていなかった『本音』というものを、相手に直接伝えることができて、結構いいのかもしれないね。
「そして僕を食べたあとは、おまえが生きたいように生きればいいのさ。もちろん何を殺して喰おうが構いやしない。でもけしてこれは無責任に言っているわけではないんだ。何せ僕はおまえに喰われた瞬間から、おまえの血となり肉となっていくわけだから、言わば僕とおまえとは永遠に一心同体の関係となり、おまえのやることはすべて僕にも責任があることになるんだ。つまりもうおまえはこれ以上、一人だけで馬鹿げた罪悪感なんかに悩む必要はなくなるってわけなんだよ」
そうだ、以前の僕は馬鹿だったんだ。
たとえ鞠緒から逃げ続けても、彼が『人喰い』であることを否定してみても、僕が鞠緒と出会ってしまったことや心に芽生えた彼に対する感情を、すべて消し去ったり元々無かったことにするなんてできやしないのだ。
むしろこのままもう二度と会えなくなったり、またしても記憶を失い鞠緒のことを忘れてしまうぐらいなら、いっそ彼に食べられて永遠に一体化したほうがましだと思えるほどに、いつしか僕の中でこの少年のことが、それこそ自分自身よりも大切な存在になってしまっていたのだ。
たぶん出発点は、叔父の彼に対する数々の悪業への罪悪感からであろうとは思うのだが、今ではそれはほとんど関係してはいない。鞠緒へのこの気持ちは本物であり、あくまでも僕自身のものなのだと胸を張って言えた。
それに元々我々罪深き人間ごときが、鞠緒が『人喰い』であることを否定することなぞ、できやしないのである。
『人喰い』である彼の『
──究極の存在である『
そして結局僕は、受け容れることを選んだのである。万能なる『
そのためには、自分自身の身を差し出すことになったとしても。
もはや互いの『欲望』や『本性』なぞは、一切関係なかった。
僕らは言わば、相手を選ぶと同時に選ばれて、受け容れると同時に受け容れられていたのだから。
──かつて、叔父がこの少年との間で、そうしたように。
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