第三章、その二
その夜の食卓はこれまでになく、量質ともに豪勢を極めていた。
「何だろ、何かの記念日かな。もしかして
「うんにゃ。我の
巫女姫様のバースデーの特別料理か。それも見てみたい気もするが、今日の食事も尋常ならざるものがあるよな。ひょっとして料理長の結婚記念日かな。ミステリィおたくどものさよならパーティなら涙を惜しまず喜んでお祝いするところだが、あいつらまだ『目的』とやらが達成していないとかで、居座る気満々のようだからな。
そんな現況などまったく度外視してただ今絶好調なのが、僕の隣に座っている少年であった。
もはや僕との関係が元通りに修復されたことは、彼にとっては決定事項なのだろう。あの悩ましげな憂いの表情などすっかり鳴りを潜め、元気いっぱい肉の塊と格闘をし始めていた。
まあ、あとの連中は推して知るべしである。
全員普段通りだし、何かの記念日とかではないようだな。それとも僕がここで大声で「この肉うまい!」と言えば、それが『この肉記念日』の始まりだったりして。
まあとにかく、いつもながらに肉はうまいし量のほうも、
「「「──ぐわああああああああああ!」」」
な、何だ⁉ またしても──って言いたいところだけど、今回何かエコーがかかっていたぞ。
「どうしたんだ、君たち!」
「ああっ、『某大学本格同好会』の人たちが三人とも!」
「しっかりしたまえ!」
「いかん。またもや血を吐いているぞ!」
「この中に、ブラックでジャックな無免許医師の方はおられませんか⁉」
騒然となる宴の席。今再び惨劇は起こってしまったのだ。しかも今度は一度に三人も。
……ていうか、個人的にいろいろあったので、『事件』のことなんてすっかり忘れてしまっていました。面目ない。
まあ、別に僕は探偵役なんてやるつもりは無いから、いまだにどうだっていいんだけど、これって本当に、警察等に通報しなくてもいいのかな? この御時世に通信手段が無いっていうのも本当なの?
とにかく今回の被害者は、『某大学本格同好会』の皆様三名全員であった。血を大量に吐いてそのままお亡くなりになったのも前回通りである。
ただしなぜだか、あの『半魚人』みたいになるパフォーマンスは見送られたようだ。面倒くさくなったのかな?(誰が)
同じサークルのメンバーが同時に被害を受けたのは、一つの皿に盛られていた肉の丸焼きを分け合って食べていたのが原因だと思われる。死因はミステリィ小説なら毒殺であり、社会派健康推進小説(そんなのあるのか?)なら食中毒であろう。けして本当は本格ミステリィの知識があまりないので、ボロが出る前に御退場願ったわけではございません。
……もう面倒だからさあ、「たたりじゃ」ってことで全部済まそうよ。
何せ、いかにもいわくあり気な山奥の隠れ里を舞台にして、巫女姫の少年や謎の美少女も登場したことだし。
それにこっちは自分自身が記憶喪失だったり失踪中の叔父の悪業の数々が明るみになったりで、ごたごたしていて、他人のことなんてもはや構っちゃおられないんだよね。
だいいち犯人とかトリックとかいう前に、動機が全然意味不明じゃん。もしかして本当に話を無理やりミステリィにするために、キャラクターを適当に殺しているんじゃないだろうな⁉
「大丈夫じゃよ、
「へ?」
あまりにも自分の内心の声にジャスト・タイミングなその言葉に、思わず少年のほうへと振り向けば、そこには連続不審死事件が起こった惨劇の館の
……まるでこんなことは予測の範囲内の出来事で、別に大したことでもないと言わんばかりに。
「潮が心配することなぞ何もないのじゃ。すべてはこの我に任せておくがいい」
したり顔で食事を再開する少年。
任せておけって、事後処理等の面倒事は、全部隠れ里のほうできちんと対処するってことかな。それにしては何か含みのあるっぽい言い方だったんだけど。
『腹芸美少女』ってのも何だかなあ。ライトノベル化して『女子高生自×党幹事長♡じんぐるちゃん』とか。あ、なんかいいかも。
そういえば、この前の陰陽師さんの死体はどうしたのかな。
いくら何でも医師や警察の許可なしに埋葬するわけにもいかないだろうし、だからといってこの夏場の気温の中で放ったらかしにしていたら、腐敗とか死臭とかがすごいことになるだろうし、電気が通っていないから冷凍保存とかはできないだろうし。もしかしたら実は天然の乾燥室とかがあって、今ごろ立派なミイラになっていたりして。
……『陰陽師のミイラ男』か。何か凄そうだな。某インディな冒険派考古学者もお手上げかも。
「お取り込みのところ大変申し訳ございませんが、皆様に重要なお知らせがございます」
混乱きわまる宴の場を制するように、凛とした女性の声が鳴り響いた。
ただ一人女性陣の中で立ち上がりにこやかな笑顔のまま周囲を睥睨しているのは、毎度おなじみの女中さんたちの代表格で、なぜか夕霞嬢と仲良しのあの女性であった。
「誠に申し上げにくいことであり皆様にはおわびのしようも無いのですが、実は本日確認したところこの夕餉に使用した分をもって食糧庫の在庫は、すべて尽きてしまったとのことです」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。何の反応も無いところを見ると、招待客全員がそうだったのだろう。
そんな中でどうにか口火を切ったのは、さすがは暴走スピーカーの『オタクの許斐さん』であった。(言いたい放題だな)
「……あの」
「はい」
「今のはいったい、どういうことで……」
「一言で申し上げれば、『もう食べるものはありません』ということでございます」
おしい。『もう食べられなーい』なら、微笑ましくてハッピー・エンドだったのに。
当然騒然となる大広間。口々に女中さんへの質問が飛んでいく。
「食べるものが無いって、保存食とかもかね?」
「はい、お口にできるようなものはすべて」
「在庫管理はどうしていたんだ!」
「すみません、計算違いをしてしまいまして」
「次の補給はいつなのですか?」
「早くとも二週間後、通常だと三週間後になります」
「特別に早く来てもらうことはできないのか!」
「この里からは、連絡手段がございませんので」
「じゃあ、我々はいったいどうすればいいのかね⁉」
キタキタキタキタキタキタキター! ─────なんてね♡
いくら何でも口に出したりしないんだけどさあ、密室殺人だとか謎の奇術トリックとかに頭を使うんじゃなく、こういうことにこそ知恵を絞るミステリィ小説なんかがあってもいいんじゃないの。いい歳したおっさんたちが、か弱き女性にくってかかったりせずにね。
今やすっかり『連続この肉殺人事件(仮称)』のほうは、ミステリィおたく連中の頭からすっぽりと抜けてしまっていた。
当然である。紙に書かれた架空の人物でもないかぎり、探偵であろうが犯人であろうがただの通行人であろうが、他人の生死よりも自分自身の生命の危機のほうがはるかに重大事なのだ。真の極限状態においては、ちんたら推理劇などをやっている余裕なぞはないのである。世のミステリィ小説の『密室状態』などは、しょせんフィクションならではの、登場人物にとことん甘く都合のいい書き割りの世界でしかないのだ。
「すべてはこの館の管理をまかされております、我々女どもの責任。申し開きようもございません。とはいえ無い袖は振ることはできませぬゆえ、皆様におかれましては何卒御理解と御協力をたまわりたく、ただ今を持ちましてこの里における、『
「いまーじぇんしー・ふぉーめーしょん?」
「何だね、そりゃ」
「一言で申し上げれば、これからこの里においては、『自給自足』こそがすべてにおける大原則になるということです。つまりは、御自分の食べ物は御自分で見繕っていただくということになるのです。もちろんこのような仕儀になった全責任は我々にございますので、食糧を確保するためにたとえどのような行為に及ばれようとも、里内に生存するいかなる動植物に手を出されようとも、すべて黙認いたします所存であります。どうぞこれよりは御自由に御存分に行動なさってください」
再び沈黙へと包み込まれる大広間。今度こそ明確に反応のできる者は、誰一人いなかった。
無理もなかろう。言われたことがあまりにも現実離れしすぎているのである。幸せなことにも大部分の人間が、現在自分がどんなに危険な状態に追い込まれているのか、実感できてはいないのだ。
これが仮に、実際に食糧が尽きたあとの状態である、明日の朝食の席にでも発表されていたのなら、まだ反応が違ったであろう。このようにいつもより多く夕餉を振る舞われた現段階では、満腹感で判断も鈍ろうというものだ。(わざとやっているのなら大した策略家である)
それに何よりも招待客を戸惑わせているのが、『
普通こういった場合、人々の権限を厳しく制限するのが通例であろう。特にミステリィであればそれこそが、アリバイやトリックや犯人そのものの絞り込みの鍵となる大原則であるはずなのだ。
なのにこのような極限状態において、各々のキャラの行動の自由を無制限に保証するルールを提示するなど、現実問題においてもミステリィ上においても考えられない仕儀であった。
はっきり言えば、「これからこの閉鎖空間は何でもありの無法地帯になるぞ」という、物騒きわまりない宣言とも受け取れるのだ。
──なんてカッコつけたりしているけど、それこそ僕は神様でも作者でも探偵役でも無いわけであり、これからどうやって食べ物を確保していくかは、当然僕にとっても最重要課題なのであった。……最終的には鞠緒を見習い、ナキウサギの踊り食いにチャレンジするのも辞さない腹積もりではあるが。(あ、踊り食いだと『ナキウ
そんなことを思いながら周囲を見渡してみると、喧々囂々とやり合っているのはミステリィおたくたちだけであり、その他の女中さんたち、鞠緒、夕霞嬢の各人は、立場こそ異なるもののおおむね微笑さえ浮かべながら、冷静な態度で沈黙を守っていた。
うがった見方をすれば女中さんたち館の人間が、自分たちの食糧だけを密かに確保している可能性は否定できない。
しかし事の重大性や危険性を考慮すれば、たとえ自分の分を切り詰めてでも全員になにがしかの食糧配分を行き渡らせて、この閉鎖空間において規律や協調性をできるだけ長期間にわたって維持していくほうが、結果的には有益なはずであった。
特に男性に比して身体的に脆弱である女性であるならなおのこと、自衛の意味でも何らかのルールを用いることによって集団全体の平和を保つことこそが、最終的には自分たちの身を守ることにもつながるのだ。
それなのに現在の彼女たちの余裕の表情は何なのであろうか。しかも
「うっくっくっくっくっくっくっくっ」
はっ、いかん。何まじめに解説者ぶってんだ僕は。探偵役はやらないんだったっけ。
「潮はやっぱり、悩ましくあれこれ考えている顔もそそるのう♡」
何だその、おやじ臭いコメントは。
一番解せないのは、目の前の少年の豹変ぶりである。
先ほどの泉での僕との会話の途中で、勝手に何かに納得したように妙に吹っ切れてしまい、それ以来子供っぽい言動はすっかりなりをひそめ、今ではむしろ自信満々の表情で、人々の慌てふためく
あたかも今の彼の姿こそ、本来の鞠緒自身であるかのように。
「まだまだこれからじゃ、これから面白くなっていくからな。楽しみにしておれよ」
まるで犯行声明のようなセリフを、僕の耳元で紡いでいく少年。
しかしその細められた青の瞳や笑みを絶やさない花の蕾の唇は、むしろ睦言をささやいているかのようであった。
たしかにそのときの巫女姫には、悪意に類するものはまったくなかったのである。
──少なくとも、この僕に対してだけは。
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