カフカ的でない変身

ポムサイ

カフカ的でない変身

 朝目覚めると高田純次になっていた。


 高田純次本人になった訳ではなく私の姿形が高田純次になったと言った方が正確であろう。


 見馴れたいつもの部屋で朝の身仕度をする。高田純次になったとはいえ、バイトを休む訳にはいかない。


 バイト先であるコンビニまでの道中、道行く人々の視線が痛い。理由は言うまでもなく私が高田純次だからだ。大抵の人は遠巻きに見、連れのある者はヒソヒソと話した。


 そんな中、話し掛けてくる者がいた。髪を染めたアホそうな男子高校生だった。「高田純次さんですよね?」と彼は言った。敬語だったのが意外で人を見た目で判断してしまった自分をほんの少し責めた。違うと言おうとしたがオリジナルの高田純次のイメージが悪くなるのが申し訳なくて高田純次を演じる事にした。「はい。高田純次です」と答えると高校生は残念そうな顔をした。握手を求められ握手をして再び歩き出した。


 さっきの高校生がなぜ残念そうな顔をしたのか疑問に思い少々考えを巡らす。その結果、一つの答えを導き出した。

 

 オリジナルの高田純次は自分を「高田純次です」とは言わない。必ずと言って良い程男前のハリウッドスターやその時の扮装のオリジナルキャラクター名を言うのだ。次に聞かれたらそうしようと思うが早いかその機会はすぐに訪れた。


 向かいから歩いて来た中年…いや初老の女性が「あんた高田純次よね?」と言うのだ。

 

 初対面の相手に「あんた」しかもタメ口とは先程の男子高校生の方がよっぽど常識と礼節をわきまえている。イラッとしたが、やはりオリジナルの高田純次のイメージを悪くしてはいけないと思い対応しようと思った。


 先程の反省から「どうもジョニーデップです」と言おうとしたが、どうした事だろう…声を出すことが出来ない。私の身体がそれを言う事を拒否している様だった。世間一般でそれを『恥ずかしい』という。

 結局「あ…はい」としか答えられず握手をした。


 「どうもジョニーデップです」小さく呟いてみた。こんなに勇気のいるものだとは思わなかった。自分の名前を男前ハリウッドスターに差し換える、たったそれだけの事なのに…。

 オリジナル高田純次はそれをいとも簡単にやってのけているのだ。オリジナル高田純次の凄さが骨身に沁みた。


 バイト先のコンビニに着くと店長がひどく驚いた。私は本来の名を告げ今朝からの顛末を説明すると心底から信じてくれた訳ではなさそうだが分かってくれた。


 いつものように真面目に仕事をしているとバイト仲間の女子大生が不満気な顔でこちらを見ている。「何か問題でもあるか?」と聞くと高田純次なのに真面目に働いているのが不自然だと言う。


 確かに高田純次は言動がいい加減なイメージがある。しかし皆が高田純次に求める物…それがいい加減な言動である事に他ならない。つまり、高田純次がいい加減な言動をするのはそういった皆の期待に応える為ではないのだろうか?だとするならば、高田純次は真面目に期待に応える仕事をしていると言えるのだ。

 もし高田純次がコンビニのバイトをしたならば私の様に真面目に棚出しやレジ打ちをやるに違いない。


 バイトを終え家に帰った。今日は大忙しだった。あそこのコンビニに高田純次がいると口コミで広がり人が押し寄せたのだ。いつものように帰りがけにファミレスに寄ろうと思ったのだが、高田純次でいると落ち着いて食事が出来そうにないのでコンビニ弁当で済ます事にした。

 テレビをつけるとタイミング良くオリジナル高田純次が出ていた。私の高田純次を見る目が変わっている事に気付いた。適当な相づち、いい加減な言動も有り余る勇気と皆が求める高田純次を演じている真面目さに感じられる。

 食事を終えシャワーを浴びると一日の疲れが溢れ出し早目にベッドに潜り込んだ。



 翌朝起きるといつもの私に戻っていた。昨日の出来事が夢だったのではないかと思ったがテーブルに置いたままになっているコンビニ弁当のゴミが夢ではなかった事を語っていた。

 部屋のチャイムが鳴る。今日は彼女と出掛ける約束していた事を思い出した。

 

 彼女を部屋に上げると何の準備もしていない私に彼女は一言二言文句を言った。謝り急いで仕度をする。

 待つ間彼女はテレビをつけた。またしても高田純次が出ている。私が高田純次は勇気があって真面目だよねと言うと彼女は絶対違うと言った。

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