エイプリルフールは誰のもの

那詩 ごはん

エイプリルフールは誰のもの

 今日、四月一日は気持ちのいい快晴が広がる日でした。通学路で一緒になった私の先輩は、朝の挨拶の後にエイプリルフールの話を持ちかけてきました。唐突に、だけど自然に。


「エイプリルフールってさ」


 先輩と合流すると、自然と自分の歩みが遅くなるのを実感します。先輩も私に合わせて歩幅を縮めてくれるため、私たち2人の朝の時間はゆったりと流れていきます。


「フールが愚か者って意味だから四月馬鹿とも呼ばれるけどさ、馬鹿なのは騙される方なのか、騙す方なのか、どっちだと思う?」

「一応正しい意味的には騙される方を指す言葉ですね。もっとも、騙される方が愚かだとしても、騙す方が正しくない行いをしていることに変わりはないですけど」


 騙される方が賢愚の問題だとしたら、騙す方は善悪の問題でしょう。もっとも、エイプリルフールという一種の娯楽にそこまでの話を持ち込むのはナンセンスではありますが。


「現実的かつ直球な意見だなあ。まあ確かに嘘は良くないけど。とはいえせっかく用意されたイベントがあると言うのにそれを見過ごすのもなんだかなあって思うんだよね。僕は」

「あれ、私に嘘を吐く気ですか?」

「うーん、嘘っていうか、軽いイタズラ的なっていうか、そういうのも面白いと思わない?」

「あんまり乗り気しないですねぇ……。騙されたりした後のなんとも言えない後味みたいな気分が好きじゃなくて……」

「あー、うん、それはわかるなあ。じゃあこうしよう、君が俺に嘘を吐く。それに対して俺が本気で驚いたり疑ったり騙されたりしたら負け。どう?」


 一般的に、騙す方と騙される方ならば後者の方が難しいのは道理です。騙す……言い換えれば詐欺とは話術の一種で、つまるところ技術のある頭の良い人間しかできないもので、騙されるというのは賢者ですら陥る可能性があるものですから。しかし、このゲームをしない理由というのも特にありません。というよりも……。


「メリットの方が大きいかもしれないし……」

「うん? なんか言った?」

「なんでもないですよ。受けて立ちましょう!」


 私がそう言うと先輩はどこか驚いたような顔をしながら笑いました。


「まさか受けてくるのは思わなかった」

「悪かったですね、色々と可愛げのない後輩で」

「えっ、いやぁ、可愛げがないっていうか、なんかあんまり乗り気じゃなさげだったし?」


 確かにさっきはそう見えたかもしれませんん。しかし、それはそれとしてやる時はやるのです。


「四月の陽気にあてられたってことにしときましょう。よし、それじゃあ行きますよ」

「おー、どーんとこい」


 騙されるとわかっていて騙される馬鹿はいない、とでも言わんばかりの顔をしている先輩に、まずは軽いジャブでも打ち込んでみましょうか。


「そう言えば先輩。同級生の女の子に告白されたって本当ですか?」


「え゛」


「本当ですか?」

「えっ、いや、ちょっとまって、いやいや今君が嘘を吐く場面だよねここ!?」

「何言ってるんですか、私が嘘を吐けるんですから、逆説的に言えば先輩は本当のことしか言えないに決まってるじゃないですか」


 詭弁もいいところだなあと、我ながら。


「え、えぇ……。あの……えっと、は、はい……」


 風の噂は本当だったようです。風と言うか電子データの噂というべきでしょうか。『女子にLINE』という諺が指す通り(類義語には鬼に金棒がある)、その手の話は爆速で広がりますからね。

 というか別に本当のことしか言えなかったとしても、黙秘権とかあるんですけどね。先輩って、もしかして、お馬鹿さんなのでしょうか? いえいえ、律儀なだけでしょう。きっと。


「それで、お付き合いを始めたんですか?」

「いや……、それはお断りしたというか、ナントイウカ……」


 先輩は俯きがちにぼそぼそと自白しました。


「付き合わなかったんですか? 可愛いって評判の人だったらしいじゃないですか?」

「あ、うん、はい……」

「そうですか。まあ私、付き合わなかったって知ってたんですけどね」

「は……?」


 一瞬の間が開いて、先輩が再起動しました。


「って知ってたんかーい! えぇ、じゃあなんでこんな尋問みたいな真似を!?」


 知ってなかったらこんなに平静にしてられるわけないじゃないですか。先輩はお馬鹿さんだなあ。


「軽いルール確認を、と思いまして」

「チュートリアルで死ぬかと思ったよ!」

「イタズラ的なやつですよ」

「心臓に悪いなあ!?」


 ふと横を見るとと、並木道には桜が咲き始めていました。薄ピンク色に色づいた花弁は、未だ一枚も落ちることなく、緩やかに満開へと近づいています。


「桜……春ですね」

「そうだね。そっか、もう桜が咲き始めたのかあ」

「まあ私桜嫌いなんですけど」

「そうなの?」

「落ちた花びらが無残に踏み散らかされてり雨でぐしょぐしょになってたりするのを見ると、無性に切なくなりません?」

「嫌なところ見てるなあ。僕なんか上の綺麗なところばっかり見てるけど」

「まあこれは嘘なんですけどね」

「あ゛」


 先輩はお馬鹿さんだなあ。


「先輩の負けですね。そう言えば罰ゲーム決めてませんでしたよね? どうしましょうか」


 脇を見ると先輩が頭を抱えてました。よほど悔しかったのでしょうか。


「最初にガツンとインパクトを出しつつ、落ち着いたと見せかけた自然な雑談の流れの中に嘘を混ぜる……。策士だな?」

「んふふ、女の子は嘘を吐く生き物ですからね。教室とか嘘吐き合戦ですよ。彼氏いないのにいるって言って見たり、まだシたことないのに……いやこの話はやめましょうか」

「何その話!? 女子ってそんな会話してるの!?」

「さあ……どうでしょう?」

「ああっ、嘘か真かどっちとも教えてもらえないのが一番もどかしい……」


 知らない方がいいこともありますから、仕方ないです。


「ちなみに私は彼氏……ふふっ、どっちだと思います?」

「なんだその魔性の女的なセリフ……。なんかもう嘘怖いし女子怖い……」


 先輩は若干怯えたように震えています。そんな様子に私は思わず笑いをこぼしました。


「まあ私は彼氏いませんよ。絶賛募集中です」

「それは嘘だね」

「それどういう意味ですか!?」

「確か一週間前ぐらいに『彼氏なんていらないです』って言ってなかった?」


 狼少年のごとく先輩に疑心を植え付けてしまったかと思ったのですが、確たる根拠があったご様子。ああ……そんなことも言ったっけ……。


「それ嘘です。というかこの年齢になって恋人募集してない人なんていなくないですか? どんなに気取ってても心の奥底には獣としての本能の血が流れてますからね」


 私がそう言ったのにはいくつか理由があったのですが、まあそれは置いておくことにしましょう。嘘は良くないですね。


「女子怖い嘘怖い……」

「実はなんですけど、意外と彼氏募集してないっていうか、興味なさそうな感じの方がモテるらしいんですよね。やりすぎるとかまととぶりっ子扱いされる可能性とかはありますけど」

「それホントの話?」

「嘘だといいですね。ふふっ」


 先輩は大きくどうやら疲れてしまったのか、大きく溜息を吐きました。


「いやぁ、というか、本当に嘘上手いね。というか完敗だよ。まさか自分がこんなに騙されるとは思わなかったなあ」

「四月馬鹿とは先輩のためにある称号でしたね。おめでとうございます」

「辛辣だな!? まあ甘んじて受けよう……」

「とは言え騙されるということは純粋って事ですからね。何も悪いことばっかりではないですよ。将来詐欺に引っかからないといいですね」

「世の中は嘘と欺瞞だらけなのか……」

「世間に出たらまさに毎日がエイプリルフール、ですよ。楽しみですね先輩」

「もう鬱になりそうだぁ……」


 そうこうしてるうちに、もうすぐ学校に着きそうです。名残惜しいですがここら辺で朝の時間は終わりです。


「あ、そう言えば罰ゲームだっけ。どうする?」

「そうですね。じゃあ嘘にちなんだものにしましょうか。いきますよ先輩」

「よーし、なんでもこい!」


 先輩がこちらを向くのを確認して、私は歩くのをやめました。学校の側に咲く桜の下、私たちは立ち止まります。このまま時間も止まってしまえばいいのにと、そう思いながら、私は小さく息を吸い込みました。


「好きです」


「……えっ?」


「これが嘘か本当か悩んで悶々と一日を過ごすのが罰ゲームってことで! それじゃあお先です!」


 桜並木の下を、放心してるような先輩を置いて私は校門へと走り出しました。色づいた花弁と、きっと同じ色をしている頬を見られないように。


 エイプリルフール。

 愚か者は、果たしてどちらだったのでしょう。

 私は少しにやけながら、そんなことを思いました。

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