第五章、その二

 ………………………………はあ?

「……僕がすでに、この世界の神様的存在になっているだって?」


「ええ、むしろそのためにこその、私の未来操作を駆使しての、現実の事件とあなたの小説との完全なる一致シンクロ化だったのですよ。そちらのさんのお母様であられると同時に高名なSF的ミステリィ小説家でもあられるゆえに、当然我々予言の巫女や小説の現実化等についてもお詳しいと思われるりゅうすいカオル先生辺りからすでにお聞き及びかも知れませんが、あなたのように小説に書いたことを現実のものにできるのは、自作の中に登場させた『小説の中の自分』と現実と虚構とを超えての一対一でのシンクロ状態を構築し得るからなのです。これによってあなた自身は現実の存在でもあり小説の存在でもあり得るという、まさしくミクロレベルの量子同様の二重性を有することになりますが、当然あなたを内包している世界そのものも、現実世界でもあり小説の世界でもあり得るという二重性を有することになって、このいわゆる『多重的自己シンクロ』状態とも呼び得る状況下においては、たとえそれが『小説の世界』と『その小説を作成した現実の世界』との間であろうと、因果関係も時間的な前後関係も存在し得なくなるので、あなたはただ自分を主観にして現実の出来事をそのまま小説にしたためるだけで、自分では現実を基に小説を創っているつもりでも、まさにその時点であなた自身が現実世界を生み出していることになるのであり、よってあなたが夢で見たミステリィ小説そのままの出来事を小説にしたためたものが現実のものとなることも、何ら不思議ではなくなるのですよ。とはいえこれまた十分に御承知かと思いますがこの現実世界の未来には無限の可能性があり得るのですから、それこそおとぎ話や三流SF小説辺りに登場してくる『未来の予言書』みたいに、たとえ多重的自己シンクロ状態にあろうと小説に書いたことが何から何まですべてズバリそのまま現実化するわけがありません。そもそもあなたが夢の中で見た出来事は、あくまでも未来の無限の可能性のうちのほんの一例に過ぎないのですしね。それでは小説に書いた未来の出来事と実際にこれから先に起こり得る現実の出来事とを完全に一致させるにはどうすればいいのかと申しますと、もちろん何よりも現実のあなたと『小説の中のあなた』とをより強固に完全にシンクロさせればいいのであって、例えばいっそのことこれまでのように夢で見たことを予言書的に小説化するのではなく、むしろ現実に起こったことを後から忠実にしたためることで小説の記述の現実の出来事との一致シンクロ化を完璧なものとし、これにより現実世界と小説の世界との多重的自己シンクロ状態を完全化し、過去の部分の記述の書き換えによる現実の過去の改変はもとより、いまだ起こっていないことを書き加えれば将来現実のものにできるようにもなりますが、このやり方だと例えばたった今銃で撃たれた人を何らかの手段で助けるといった、ほぼリアルタイムの出来事の『修正』については非常に難しくなります。ということでもう一つのやり方の出番と相成るわけですが、実はこれぞまさに私自身が今回の事件において実際に行って見せた、人間量子コンピュータたる幸福な予言の巫女ならではの未来操作を駆使しての、現実の出来事のほうをあなたの自作の内容に合わせてといった、究極の裏技なのですよ」


 なっ⁉ 現実のほうを小説に合わせて変えてしまうだと?


「いやいやちょっと待って、何かもう今の段階で早くも頭がこんがらがってきたんだけど。僕が現実と小説とでシンクロしているから小説が現実化するのか、小説が現実化しているから僕が現実と小説とでシンクロするのか、いったいどっちが先でどっちが後なんだよ⁉」

 そんな今や大混乱に陥っている僕の問いかけに対して、むしろ我が意を得たりといった感じに表情を輝かせる目の前の少女。


「そう、そうなのです! まさにそのような『鶏が先か卵が先か』といった状態こそが、小説の現実化のメカニズムを一言で体現しているのですよ! 御安心ください、これについてもこれから詳しく御説明しますから。そもそもですね、先ほども申しましたように多重的自己シンクロ状態下においては、どちらが先か後かとか因果関係とかは、まったく考慮に入れる必要はなくなるのですよ。なぜならたとえ私がやったように人為的かつ後付け的に無理やりに現実と小説とを一致させようが、その結果あなたを現実と小説とを超えて完全に一致シンクロ化させることさえできれば、時系列を取っ払ってしまえば最初からあなたが夢で見たことを小説にしたためたからこそ、現実の出来事がまさにその小説の内容の通りに推移していったことになるのですしね。何せ多重的自己シンクロ状態において、現実世界のあなたが『小説家である自分を主役にして現実世界のありのままをしたためた小説』を作成しているとしたら、当然その小説の中の『あなた』もまた『小説家である自分を主役にして現実世界のありのままをしたためた小説』を作成していることになり、更にその小説の中の『あなた』も──といった具合に、現実と虚構を超えた無限の連鎖関係が生じることになるわけであり、よって先ほども申しましたようにこの状況下においては、あなた自身は現実の出来事を基に小説を作成しているつもりでも、今まさにあなた自身が世界を生み出していることになり、過去の事実と異なることを記せばすべての連鎖世界が書き換えられて最初からその過去のみが正しいことになり、更には予知夢的に出来事等のこれから先の未来で起こり得る事柄を思いのままに記せば、それが現実のものとなってしまうという次第なんですよ」


「過去や未来を好きなように変えたり決めたりできるだって? いやでも、たとえ集合的無意識を介して自他の強制的な『小説の中の自分』とのシンクロ能力を駆使しようと、あくまでも精神的にしか現実世界を改変できないはずじゃなかったのか⁉」

「だからそのための幸福な予言の巫女の全知の力を駆使しての未来操作であり、それによる現実と小説との多重的自己シンクロ状態の構築なのであって、現下の現実と小説とが完全にシンクロしてしまっている状況においては、今や真の『作者』とも呼び得るあなたは小説を書き換えることによって、精神的だけでなく物理的にも──つまり、この現実世界を現在過去未来にわたって意のままに改変することができるようになっているのですよ」

 な、何だってえ⁉


「それというのも多重的自己シンクロ状態にある現状においては、あなた自身は小説の中の『あなた』と、世界そのものは小説の中で描かれている『世界』と、完全にシンクロ状態にあり、時間的な前後関係を取っ払ってしまえば、あなたが小説の記述を書き換えれば同時にすべての連鎖世界の小説が書き換えられることになり、そしてそれはその小説内に記述されている者にとってのがみんな一斉に改変されるということなのだから、初めからすべての連鎖世界においては改変された過去のみしか存在していないことになって、何とSF小説等においては絶対に不可能だと見なされていた、すでに確定されていた過去の改変が実現できることになるのです。同様に未来の出来事についても、ただ自作の小説に将来実現させたい出来事を書き加えるだけで、同時にすべての連鎖世界の小説の中に同様の記述が書き加えられることになり、そしてそれはその小説内に記述されている者にとってのにおいて新たなる出来事が発生したということなのだから、本来なら無限の可能性のあり得るはずの未来を意のままにただ一つに決定してしまうという、全知なる本物の神様にだってなし得ない、まさに神をも超越したことすらも実現できることになるのです。──そう。つまり真の『作者』となれたならば、未来というものに無限の可能性があり得るこの現実世界においては、常に100%確実に的中させることのできないはずの『幸福の予言』を、常に100%確実に的中させることができるようになるというわけなのですよ」


 ──‼


「うふふ。これで幸福な予言の巫女である私があなたの描く物語の『ヒロイン』になりたいと申しました意味が、十分おわかりになられたことでしょう。何せあなたに私をヒロインとして小説に登場させていただき、作中において幸福な予言の巫女として幸福の予言を行いそれが見事的中するように書いてもらえれば、現実世界においても的中することになるのですからね。これぞすべての幸福な予言の巫女にとっての悲願である、幸福の予言を常に100%確実に的中させるための唯一の方法と申せましょう。ただしこう言うと一方的に幸福な予言の巫女である私が『作者』であるあなたに依存しているようでもありますが、実はこれはあくまでも『ギブアンドテイク』の関係にあるのです。何せそもそもあなたが真の『作者』となるために現実と小説とを超越して『小説の中のあなた』と完全に一致シンクロ化するためには、私の未来操作によるいわゆる『現実世界の小説化』が必要となるのですからね。それに先ほどは真の『作者』になりさえすれば過去の改変も未来の恣意的決定も思いのままであるかのように申しましたが、実現できるからこそむしろ落とし穴も多々存在しているのであって、例えば何ら考えなしに過去の改変なぞをやっていると、SF小説等でお馴染みのタイムパラドックス等の各種の矛盾点ドツボにはまりかねないのであり、これは未来の恣意的決定も同様で、何ら考えなしに実現したい未来を設定したところ、確かに『結果』自体は手に入れることができたものの、その『過程』において予想外のことが起こってしまうことによって、結局は多大なる不利益を被ることだってあり得るのですよ。これはひとえにこの世のことわりについて、いわゆる『全能』なる真の『作者』では、この現実世界における未来の無限の可能性のすべてを知り得ることができないからであり、だからこそまさにその未来の無限の可能性のすべてを予測シミュ計算レートできる『全知』なる幸福な予言の巫女である私がフォローしさえすれば、過去の改変であろうと未来の恣意的決定であろうと、その実現のための最も適切な『過程』を把握できるようになるのです。つまりあなたと私はお互いに補い合ってこそ、幸福の予言の100%確実なる的中はもとより、現実世界の現在過去未来にわたる恣意的な改変や決定といった、真の『全知全能』なる力を行使できるようになるわけなのですよ」


「へ? 全知と全能がお互いに補い合う関係にあるって? 全知と全能ってどっちにしろまさに神様であるかのように、『何でもできる』って意味じゃなかったのか?」

「そこら辺のところこそ、皆さん勘違いされているようなのですが、実は何と全知と全能とはお互いに矛盾した関係にあるのであって、『全知全能なる神』なんて言葉をよく聞きますけれど、厳密に言うと神や悪魔などといった存在は、別に何の根拠もなく何でもかんでも実現することのできる反則技的な超常の存在なんかではなく、言わば『意識を有する量子コンピュータ』みたいなもので、この世の森羅万象そのものやその無限の未来の可能性をデータにして計算処理を行うことで未来予測等を実現しているのであり、確かに全知ではあるけれど、けして全能でもあるわけではないのです。なぜなら何度も申しますようにすべての大前提として、『未来には無限の可能性があり得る』のですから。例えば仮に本物の神様にたった一日後の天気がどうなるかを問うたところで、確定的に晴れるのか雨が降るのか等を断言することなんかできないし、もちろん明日の天気を自由に定めるなんてこともできないのですよ。もしそんなことができたら、『未来には無限の可能性があり得る』という大前提と矛盾してしまいますからね。むしろ未来の無限の可能性を余すところなく予測計算シミュレートできる神様だからこそ、明日には晴れる可能性も雨が降る可能性も曇る可能性も天変地異に見舞われる可能性も、存在することをのであり、本当の意味での『全知』とはこういうことを言うのですよ。だからこそ神や悪魔は全知であるゆえに、明日の天気をただ一つだけピタリと当てたり自由自在に決定できたりするといった、『全能』ではあり得なくなるのです。言わば現行の天気予報はすでに完成された理想的な『未来予測システム』を実現できているとも言えて、本物の神様や量子コンピュータであればその的中率の精度を幾分か向上させられるかどうかの違いでしかないのですよ。それに対してあなたのような真の『作者』に代表される『全能』のほうは、本来なら力とも言い得るまさしく文字通りに全知なる神をも超越したこの上なき力なのです。あなたも御存じのことと思いますが、あくまでも全知のほうは現代物理学の根本原理たる量子論にちゃんと基づいたものなのであり、将来真に理想的な量子コンピュータが実用化されれば十分実現可能なのですが、それに対して全能のほうは、実は今や完全に時代遅れで非現実的な古典物理学で言うところの決定論に基づいているのであり、言わば『おとぎ話なんかに登場してくる完全に事実無根の何でもアリを標榜しているエセ神様』のようなものに過ぎず、本来ならこの現実世界においては実現できっこないところを、これまで詳細に述べてきたように、現実世界と小説の世界との多重的自己シンクロ状態化という七面倒な仕組みを構築し、世界そのものに『形ある現実世界でもあり形なき小説の中の世界でもある』という量子同様の二重性を無理やり与えることによって、いわゆる自作の小説に対する『作者カミサマ』的存在となることで全能の力を使えるようにしているのですからね。このような反則技でも弄しない限りは、ただ単に自作の小説の記述を書き換えたり書き加えたりするだけで、現実世界を現在過去未来にわたって思いのままにできるなんてことがなし得るわけがないのですよ。つまりは全知と全能はお互いに相容れない矛盾した関係にあるということなのであり、先ほど例に挙げた『明日の天気に対する未来予測』に即して述べれば、全知のほうは未来の無限の可能性をすべて予測計算シミュレートできるからこそ──すなわち、明日の天気には晴れる可能性も雨が降る可能性も曇る可能性も天変地異に見舞われる可能性も、それぞれの実現確率にはそれなりに差があるものの、すべて存在することを知っているからこそ、明日の天気をただ一つだけピタリと当てたりすることはもちろん、恣意的に一つに決定できたりするといった、全能の力なぞ持ち得ないのであり、それに対して全能のほうは明日の天気をただ一つだけピタリと当てたり恣意的に一つに決定できたりするからこそ、むしろ自分自身で他の無限の可能性が実現することを潰しているようなものなのであって、全知のように無限の未来の可能性を予測計算シミュレートすることなぞはまったく実現不可能ってことになるのです。つまり全知たる幸福な予言の巫女である私と全能たる『作者』であるあなたが真に手を携えてお互いに補い合っていけば、もはやできないことなぞ何もない文字通りの『全知全能』の力を思いのままに振るえるようになるのですよ。事実今や現実の事件と小説の中の事件とが完全に一致してしまっている状況下にある現時点においては、あなたは自作の記述を書き換えたり書き加えたりすることで現実世界を現在過去未来にわたって好きなだけ改変や決定をできるという、いわゆる『おとぎ話の神様』そのままの力をすでに手に入れているわけなのです。もちろんこれからだって私の全知なる幸福な予言の巫女としての力によるフォローさえあれば、あなたは全能の力を──すなわち、この物語セカイの『作者カミサマ』としての力を、存分に振るっていけるという次第なのですよ」


 そう言い終えるや、こちらにあたかも白魚のごとき繊手を差し出す、自称全知なる少女。

 その姿はまるで、文字通り幸運の女神のようでもありながら、また同時に、人を誘惑して地獄へと引きずり込もうとしている、災いの魔女のようにも見えたのであった。


 それでも、ただ目の前の手を取るだけですべてを手に入れることができると聞いてはとても抗いきれず、僕がもはや心ここにあらずといった体で、足を一歩踏み出した、


 まさにその刹那であった。


「──ふざけるんじゃない!」

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