ShowTime!

春夏冬

記憶の場所

何でもない日、何かの始まりの日

「おはよー!」

「……あ、おはよ」


 双子の弟、スカイが勢いよく扉を開けて、俺の少し力の抜けた背中に抱きついてくる。 そのまま、上から俺の顔を覗き込んできた。

 視界には、俺と同じ水色の長い髪の毛と、タレ目気味の水色と銀色の瞳が映る。

 夏真っ盛りだってのに暑苦しいやつ。


「ねーぇスキア! 今日はお休みだよ? てなわけで〜どっか出掛けようよ〜僕とデートしよーよぉ?」

「えー、暑いって……。お前今何℃だと思ってんの? 40だぞ40。溶けるわ」

「あ〜そりゃ溶けるわ〜」

「俺はまだ人の形を保っていたいから却下」

「じゃ僕も家に居よー」


 俺から身を離すと、台所へ向かいながらそうボヤく。スカイのくっついた背中は、さっきまでクーラーのおかげでサラリとしていたのに、一瞬で汗ばんでしまった。

 スカイは元気だ。いや、元気というか明るい。

 優しいし穏やかな性格で、どんなときも明るく振る舞う良い奴だ。俺とは双子でも正反対。


 スカイは台所から、2つに分けられるアイスを取ってくると、片方を差し出してくれた。


「ありがと」

「溶けちゃいたくないからね」

「そーだな」


 俺たち双子は、テレビの前のソファに座ってテレビをつけた。

 俺は白、スカイは黒のタンクトップに紺色のハーフパンツ、夏休み定番の中学生の格好そのまんまだと思う。ルックスを除けば。


 アイドルとして働くくらいの顔面はしてる俺ら双子は、今男性アイドルグループのランキングで1位のShowTime!というアイドルだ。8人で活動している。

 中学校に通いながらアイドルもする、ちょっと忙しい中学2年生だ。


「スカイ、宿題終わった?」

「昨日の夜終わったよ〜」

「俺は一昨日」

「え〜ちょっと一昨日サボったからな〜」

「てか、夏休み始まったの一昨日だけどな」

「あっはは、それもそうだね」


 俺たちは、アイスを食べながら、芸能界の友人が出るバラエティ番組を見て雑談をする、そんな平穏な昼下がりを過ごしている。


「ねー、そう言えばねー、お祖母様が、イギリスに来い、たまには顔を見せないか! だって」

「あーまじかー、てかお祖母様自体が今どこにいんの?」

「……わっかんない」

「だめじゃん」

「電話かかってきたけど、後ろからお爺様の声聞こえたよ」

「えー、とーさんの実家?」

「じゃないかなー」

「とーおーすーぎー、むりむり」


 お祖母様とお爺様の家はそれはそれはとても遠い所にあるから、ほんとごく稀にしか会えない。まぁ夏休み長いから行けないことは無いけどさ…?


「仕事がなけりゃな」


 全てはそこに尽きる。


「……ま、気が向いたらいこっか〜」

「そだなー」


 またアイスを吸いながらテレビに視線を向ける。


「……この人誰だっけ?」

「んー?アレだよ〜、この前楽屋に挨拶来た、あのちょっと元気の無い新人アイドルさん?」

「先輩って言われると凄い複雑じゃねー?年齢は俺らのが下なのに」

「だよね〜」


 そんな話をしながら、暇すぎる午後3時。そう言えば家族が起きてこないな…?


「スカイ、おじさんとおばさんは仕事だとして、リルとゼルクとまりは?」

「まだ寝てるんじゃない?起こす?」

「あー、や、可哀想だし寝かしとくか」

「うん」


 という事は起きてんのは俺らだけか…まぁいいけど。


 俺たちは、父親は日本人で母親はイギリス人なんだが、今暮らしてるのは本当の両親ではない。親戚だ。

 本当の父親の弟の家にお世話になっている。

 さっきの3人のうち、鞠がその親戚の夫婦の実の娘だ。


 ちょっと複雑ながら、楽しい日々を送っている。


「ねぇスキア、ひまー」

「曲でも作るか?」

「あ!いいねー!作ろー!そうだね、スキアあんまり最近体調良くないし、動けないもんね」

「んじゃ、防音室行くかー!」

「おー!」


 威勢よく返事をすると、ソファの弾力を利用して跳ねて立つ。


 防音室の扉を開けると、いつもは使っていないせいか、モワッとした暑さが広がる。


「クーラーつけっか」

「うん」


 タッチパネル式のリモコンでクーラーを付ける。涼しい風が一気に広がって、心地いい。


「ねぇスキア、ついでだしさ、ちょっと扉開けたままアレやろーよ」

「お、アレか」


 うちの家族が全員アラームに設定している「アレ」


 俺たちのアイドルグループのデビュー曲、「ShowTime!」だ。


 これをやれば、アイツらも1発で起きるだろ。


 スカイがピアノを弾き始める。俺がギターを鳴らす。

 そして歌い出す。

 8人揃っていれば完璧なんだが、アイツらは各々の収録とかで忙しい。


 しばらく歌いながら演奏していると、ドタドタ3人分の足音が聞こえてきた。


「び、びっっくりした!!!遅刻したかと思ったじゃないこの馬鹿!!!」

「お兄ちゃんたち、ひどいよー!」

「兄貴のバカ!心臓飛び出るかと思った!!」

「お、やっと起きたな。もう3時だぞ」

「寝すぎは体に良くないよ〜」


 やっと起きてきた兄妹たちは、その後口々にお腹がすいたと言い始める。


「おい鞠、ゼルクやリルは兎も角、お前は料理できるだろ……」

「嫌よ、あたしが作るよりもスキアとかスカイが作った方が美味しいもん。あたし、美味しいものが食べたいの!」

「うるせぇ、味の薄いフィッシュアンドチップス口の中に突っ込むぞ」

「脅しの程度がよく分からないわよ!」


 鞠はこういうやつだ。藤色のボブヘアー、勝気な赤い目、その割には潤った唇と、中2にしては発達のいい胸……。そんなスタイルが更に勝気さを上乗せしてくる。

 そんな言い合いをしていると、俺の腰に濃い紫の頭がふたつくっついた。


「お兄ちゃん、ごはん……」

「兄貴、腹減った……!」

「……はぁ、ったく、しゃーねーなぁ」


 妹と弟には勝てっこない。水色のつぶらな瞳で見上げられたら、甘やかしたくもなるってもんだ。

 弟のゼルクは小学6年生、小学生の癖になんちゃってウルフカットにして、カッコつけてる。

 妹のリルは小学4年生。胸ほどまで伸びた髪の毛を、毎回毎回、俺かスカイが結ってやる。


「何食べてーの?」

「うーん、オムライス!」

「俺もオムライスがいい!」

「はいはい。鞠は?」

「あたしもオムライス」


 満場一致のオムライス。スカイにも手伝ってもらって、5人分のオムライスを作る。

 オムライスを作っているあいだに、サラダや汁物も作る。


 出来上がったふわとろオムライスと、マセドアンサラダ、冷やしておいた、薬味が効いた味噌汁を食卓に並べ、みんなが席につく。

 手を合わせて、いただきますと言ってから食べ始める。


「やっぱりスキアのオムライスさいっこぉー!」

「鞠ちゃん、僕のも褒めてよー」

「スカイのサラダも最高よ〜!」

「このお味噌汁、誰が作ったのー?」

「僕だよ〜」

「スカイお兄ちゃんの!おいしーねー!」

「ありがとうリル〜」


 こうやって過ごしている平和な時間がずっと続けばいいのにな。と、ふと俺は思った。

 でも、物事にはいつか終わりがある。終わりがあるとわかっているから、終わらせないために必死に頑張る人がいるんだよな。


「ごちそーさま」


 俺はみんなより早く先に食べ終わり、後の洗い物たちを待ち受ける。

 皿をシンクに運ぼうとして席から立つと、脚になにか這った感覚がした。

 虫か?


 さほど気にせず、シンクに皿を置く。

 這う感覚は無くなったので、虫はどっかに行ったかな、と思っていた。


 シンクに立ち、自分のものを洗う。


「スキア、心臓の方はどう?調子いい?」

「え?あぁうん。まあ暑いのもあって体調はそんなに良くないけどな」

「あんまり無理したらダメだよ」

「うん」


 スカイにそう言われ、素直にうなづく。

 こうして洗い物をしていると、夢を思い出した。

 今日見た夢だ。忘れていた訳では無い、少し不鮮明だった。けど、今思い出した。


「……今日な、変な夢見たんだ」

「どんな夢?」

「小さい俺とスカイが、さらに小さいゼルクとリルを抱えて逃げる夢。イギリスの家の中だった。白いハットかぶった金髪の、同じくらい幼いやつが、銃で俺達を……」

「疲れてたんだよ。怖かったね」

「へ、ぁ、え……う、うん」


 半ば遮るように、スカイはそう言った。

 それは少し違和感で、でも、この時はすぐに気にならなくなった。


 次々に食べ終わった皿を洗っていくと、何だか胸が苦しくなってきた。

 ヤバい……そう思った時には、俺の足は耐えられず床についた。

 息が苦しくなってくる、動悸が激しくなってくる、焦点が定まらない、冷や汗が止まらない……。


「あっ……ぐ、ぅ……ゥ、あ゙ッ……」

「スキア!?」


 スカイの声が聞こえた瞬間に、俺の意識は途絶えた。

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