第70話 勝利のための決断

 市川の告白を利用した酒々井の策略により、窮地に立たされた俺。

 しかし、心の底で、ある程度この状況を覚悟していたからだろうか。

 俺は不思議と冷静に現実を受け入れることができていた。


 ――だが、別にこの勝負を諦めたわけじゃない。


「どうするんだい?辰巳君」

「見ての通りだよ。この状況じゃ、何かを諦めるしかなさそうだ…」


 真面目な顔で問いかける葛西に、俺は苦笑交じりに返した…つもりだった。


「へぇ。何かまだ企んでそうな顔だね。まぁ、君が何をしようとしているのかは分からないけど……今の君からは面白そうな臭いしかしないよ」


 どうやら言葉と表情が一致していなかったらしい。

 葛西は、俺がまだこの勝負を諦めてないことを察すると、ニヤリと笑って返す。


「まぁ、面白いかは分からんが、少なくとも、最後まで見る価値はあると思うぜ」

「ははっ、十分だよ。それじゃあ、ここから僕は観戦者として楽しませてもらうよ」


 そう言って、葛西は満足気な表情を浮かべた。


 こういう状況だ。全てを勝ち取るのは最早不可能。

 だけど、全てを諦めるのはまだ早い。

 あとは何を“諦めるか”だが……既にそれは、俺の中で決まっている。


(入学当初の俺なら絶対に選ばない選択肢だろうな)


 つい、自分の中の優先順位に苦笑がこぼれる。


「たっくん、ちょっとお話してもいいですか?」


 不意に後ろから聞き慣れた声が聞こえ、

 振り返ると、思いつめたような表情をした習志野が立っていた。

 ――まぁ、話したいことの内容はおおよそ検討がつくが…。


「私は、たっくんのことが大好きです。勿論、その気持ちは市川さんにも負けているつもりはありません」


 習志野はそこで一旦言葉を切り、再び口を開く。

 話の内容も予想通りだ。


「たっくん、市川さんの告白を受けてくださ――」

「断る」

「えっ!?」


 俺は習志野の言葉を遮るように、食い気味に返事をする。


「ど、どうしてですか!?告白を受けないと、たっくん、負けちゃうんですよ!?」

「……」

「わ、私はたっくんの重荷にはなりたくないんです!だから――」

「習志野、お前に一つだけ聞きたいんだが…」


 俺は興奮気味に詰め寄ってくる習志野の言葉を遮り問いかける。


「習志野、お前は俺とペアを解消したいのか?」

「そんなわけないじゃないですか!私はたっくんのことが大好きで、できるならこれから先、一生一緒にいたいくらいで――」

「俺も同じだ」

「え…?」


 俺の言葉に、習志野はきょとんとしている。

 自分の顔が熱を帯びているのが分かる。


「え?た、たっくん…も、もしかして…」


 一瞬遅れて、習志野も俺が何を言おうとしているのか気付いたらしい。

 頬を赤らめ、オロオロしている。

 俺は照れ隠しに習志野の頭をくしゃっと撫で、


「まぁ、見とけ。お前を犠牲になんかさせねぇよ。――俺はお前を諦めねぇ!」


 そして、俺は改めて市川と向き合う。


「氷室君、答えは決まったの?」

「ああ」


 一旦そこで言葉を切り、心の中で深呼吸をする。

 そして、


「すまん、市川。俺は、お前とペアを組めない」

「!!」

「なっ!?」


 俺の答えに会場のほとんどが驚愕の表情を浮かべた。


 やれ「勝負は決まった!早く酒々井にポイント私に行かないと!」

 やれ「氷室!お前何してくれてんだ!!俺達の退学もかかってんだぞ!」

 やれ「お、俺達は大丈夫だよな?だって氷室に直接ポイントを譲渡したわけじゃないし…。」などなど。

 どいつもこいつも好き勝手騒ぎ始め、体育館はパニック状態になっている。

 そんな中…


「ど、どうして…?氷室君、あなたこの勝負に勝ちたいんじゃないの!?」


 断られるとは思ってなかったのか、市川が動揺しながら俺に問いかけてきた。


「ああ、勝ちたいね。だけど、習志野も諦められない」

「でも――」

「確かに、お前をフッたことで勝率は落ちた。だけど、まだ諦めるには早い」

「そんな!この状況で『勝利』も『習志野さん』も全部勝ち取ろうなんて不可能だわ!」

「ああ、確かに“全部”勝ち取るのは無理だ。――だから、俺は『勝利』と『習志野』以外のものを諦めた。ただそれだけだ。――悪いな、市川。お前のことも“諦めざるを得なかった”」

「そ、そんな…」


 俺の言葉にその場で崩れ落ちる市川。

 だが、俺は手を差し出さず、その光景をただ黙って見ていた。

 心が痛まないわけじゃない。

 こいつとはこの学校でも一緒にいることが多かったし、告白も嬉しかった。個人的に嫌いじゃない。…いや、むしろ一緒にこの勝負に勝って喜びあいたかった。

 だが、俺は決めた。――習志野とのペアとこの勝負に勝つこと以外、全て諦めると…。


ブーブーブー。


 自分の生徒端末が振動に気付き、画面を確認する。

 すると画面には…


『市川凛は氷室辰巳にフられたため、退学とする』

『氷室辰巳には市川凛の現時点での所持ポイント、マイナス7450ポイントが支払われる』


 という二つのメッセージが届いていた。

 これで、俺の生徒ポイントは17940ポイント。

 そして、酒々井は……26800ポイント。

 現時点で酒々井の9310ポイントリード…。


「いやぁ、まさか断るとは思わなかったよ、氷室君」

「酒々井……!」


 そんな中、全く悪びれることなく声をかけてくる酒々井。


「まぁ、でもこれで形勢逆転。この状況を見る限り、差は開く一方だろうね」

「……」

「どうする?もうここで終わりにするかい?」


 酒々井はニヤニヤと相変わらずムカつく顔で煽ってくる。

 しかし、俺は……


「……ふふ」

「ん?何だい?」

「はははははっ!」


 高笑いで返す。――先程、こいつ自身がしていたように、体育館中に響き渡るような大きな声で。

 そして、俺の笑い声に反応して、騒ぎまくっていた連中も徐々に俺の方を注目しはじめる。


「何の真似だい?もしかして本当に頭がおかしくなったのかな?」


 予想外の反応に、酒々井は怪訝そうな表情でこちらを窺う。


「いやぁ、悪い悪い。お前が突然勝ち誇ったように振る舞ってくるから、つい笑っちまったよ」

「下らない抵抗だね。最早そんなブラフが通用する段階じゃないことくらい君だって分かってるだろ?」

「は?くだらない抵抗?ブラフ?お前がどう思おうが勝ってだが、俺は本音しか言ってないぞ?」

「は?何を強がって――」

「宣言する!ポイントの譲渡を既にした奴も、これからしようと思ってる奴も、全員聞け!」


 俺は酒々井の言葉を遮り、体育館中の生徒達に向かって声高らかに宣言する。


「別に俺にポイントを譲渡しろとか言うつもりはねぇし、酒々井にポイント渡そうが好きにすればいい!だが!――このポイント収集勝負、必ず俺は勝つ!以上だ!」


 俺の突然の宣言に再びざわつきだす生徒達。


「いやぁ、残念だよ。まさか君がここまで引き際が分からない人間だとは」

「勝手に言ってろ。どの道、最後に勝つのは俺だ」


 俺はそれだけ言い残し、酒々井から離れた。


「ははっ、辰巳君、君は相変わらず面白いね」


 自分の味方の下へと帰ると、葛西は腹を抱えて笑っており、

 習志野は頬を赤らめながら俺の下へと駆け寄ってきた。

 そして、もじもじとしながら、チラチラとこちらを窺いながら訊ねてくる。


「た、たっくん…あ、あの……さっき言ってたことって……その…」

「多分お前が想像してる通りだよ。全部終わったらちゃんと話す」


 そんな習志野の態度に、つい俺も恥ずかしくなり、思わず目を反らしてしまう。

 しかし、そんないつもとは違う俺の様子を見て、習志野はくすりと笑う。


「ふふ、分かりました。それじゃあ、待ってますね」

「お、おう。待ってろ」


(これでもう後には引けない…)


「いやぁ、二人とも青春だねぇ」

「黙れ」

「はは、怖い怖い」


 そんなやり取りを見ていた葛西が茶化してくる。


「これはこれでごちそうさまなんだけど……勿論、本命の勝負の方もちゃんと面白くなるんだろうね?」

「当たり前だ。楽しみにしとけ、俺の最終手段ってやつをな」


 それだけ言い残し、俺は体育館を後にした。

 ――最終手段のカギを握る人物に会うために……。

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