第67話 氷室の決意

「――というわけで、今回の勝負は俺が勝つ可能性も大いにある。そして、この方法ならリスクも最小限でリターンは同じ。――どうする?」


 ポイント収集勝負開始から3日目。

 俺は習志野と共に、一人の男子生徒と交渉していた。

 とは言っても、習志野は俺の隣で黙って立っているだけで、交渉はほぼ一対一だ。


「へ、へぇ。確かにお前の言う方法なら俺は退学のリスクなく賭けができる。だが、別に俺はどうしても賭けに出なきゃいけない状況でもないし、同じ方法を使って酒々井に賭けるっていう選択肢だってある。そこのところを考えた上で、“リターン”の再提示をお願いしたいんだけど?」


 向かいに立つ男はニヤついた笑みでふっかけてきた。


(あー、またこういうやつか…)


 勝負開始から多くの生徒と交渉してきたが、そのうちのほとんどがこういうやり方で俺からより良い条件を引き出そうとしてきた。

 そんな、俺の中でテンプレ化してきたやり方を自慢気に披露する目の前の男を見て、内心ため息をつく。


 ポイントを譲渡する側と譲渡してもらう側。

 譲渡してもらう側の俺はどうしても相手より弱い立場になってしまう。

 そのため、この立場の差を利用して相手側は強気な態度を取る。

 これは交渉事において有効な方法の一つである。

 しかし、それは“交渉の上手い人間がやれば”の話だ。


「そうか。じゃあ無理に俺にポイントを渡さなくてもいい。別にお前のポイントが勝敗を左右するわけでもないしな。賭けるのを辞めるなり、酒々井に賭けるなりすればいい」

「な!?」

「但し――俺はお前を“敵”としてみなす。それだけだ」


 俺は相手の男に対し、必要以上に睨みを利かせる。

 相手の男はといえば、先程までの余裕の表情は一切なく、焦りを感じている。

 そんな男の変化を確認すると、俺は、


「じゃあな。今のうちにこの学校での思い出でも作っとけよ。――いつまでこの学校にいられるか分からないんだからな」


 そう言い残し、教室の出口の方へと向かう。

 そんな俺に苦笑を浮かべながら習志野も追従する。

 すると、


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

「ん?なんだ?」


 俺の予想外の対応に、慌てて呼びとめる男の声。

 俺は内心ニヤつくのを抑えて、面倒くさそうに振り返る。


「…すまん。お前の言うとおりにする。だから、今回は見逃してくれ」

「ああ。構わんぜ」


 こうして俺は、また一人協力者を得た。


※※※※


「あー、疲れた。やっと2000ポイントかよ……」


 交渉を終え、自室に戻ってきた俺はベッドの上でくつろいでいた。


「お疲れ様です。それにしても、今日もたっくんの作戦通りでしたね。さすがです!」


 そんなだらけまくっている俺に目を輝かせながら持ち上げる習志野。


「そりゃあ、上手くいきそうな奴ばっかり選んで交渉してるんだ。上手く言って当然だろ」

「ええー、それでも凄いですよ!そんなに謙遜しなくても」


 俺が今回交渉相手に選んだのは、弱い者相手には強気だが強い者相手には弱い。ポイントランキングは下位の方だが最下位争いまではしていない。――そんな相手だ。

 彼らは何が何でもポイントを増やさなければいけないといった焦りはないが、無難に卒業するため、“リスクなしで”ポイントを増やしていきたいといった考え方だ。

 その考えに加え、“弱い者に強く強い者には弱い”という性格はこちら側としてはかなり交渉しやすく、正直楽勝な相手だ。


「別に特別なことなんてやってねぇよ。ただ要所でこっちが格上だってところを見せつけただけだ」


 そう、彼ら相手に特別なことは何もしなくていい。

“威嚇”するだけで勝手に降参してくれるのだから。


「ふふ。やっぱり、たっくんは凄いです。この後も同じ作戦でいくんですか?」

「ああ、交渉相手の幅は広げるつもりだが、基本的には同じだ。まぁ、最終的には明日の中間発表の結果次第だがな」



 俺が自力で集めたポイントが2000ポイント。

 それに加え、俺は既に、習志野から最低限のポイントを残して、ペアポイントのほとんどを受け取っている。

 その結果、これまでの学校生活で稼いだ約1万5千ポイントプラス2000ポイントが俺の手元にある。


(まず追い付かれてることはないと思うが……。“作戦”がどの程度上手くいっているかが気になるところだな)


 俺はこの場にはいない協力者の顔を思い浮かべる。


(頼むぞ、葛西…!)


 正直、葛西がどれだけ裏でポイントを稼いでくれるかで勝敗は大きく変わってくる。

 なぜなら、今回の勝負で賭けに出る可能性が高いであろう、最下位争いをしている生徒――今回最大の稼ぎどころ――は葛西に任せてあるからだ。


(まぁ、最悪失敗しても立て直せるように作戦は組んであるし、一応最終手段もあるにはあるが……)


 相手はあの酒々井だ。最悪失敗も想定してはいる。

 それに、極力使いたくはないが、“最終手段”というのも一応あるにはある。(本当にに使いたくはないが…)

 だが、それでも不安はつきない。


「それにしても、市川さん、今日も来ませんでしたね…」


 習志野がしょんぼりした声で呟く。

 そう。俺の不安もまさに市川だ。

 彼女には、万が一葛西の方が上手くいかなかった場合のリカバーをしてもらおうと考えていたのだが…。


「結局、初日以来俺達のところに来てないしな。まぁ、絶対に参加しなきゃいけないものでもないし、責められんだろ」

「そ、そうですね…」


 巻き込んでしまった責任を感じているのか、習志野が力なく俯く。

 俺は、そんな彼女の頭をくしゃっと少々乱暴に撫で、


「責任なんて感じる必要ねぇよ。みんな自分の意思で行動してるんだからな。――少なくとも俺はやりたいからお前の助けをしてる」


 ぶっきらぼうに励ます。


「はい、ありがとうございます!」


 俺の言葉を受け、ぱあっと表情を明るくする習志野。

 そして、満面の笑みを向ける習志野に、俺は思わず目を反らしてしまった。

 自分の顔が熱くなっているのが分かる。


(何を照れてんだ、俺は。こいつの顔なんて見慣れてるはずなのに……)


「ま、まぁ、安心しろ。一応こういう場合も想定はしてある」

「はい!」


 習志野を見てドキドキしている自分自身に動揺しながらも、俺は改めて思う。


(まぁ、どっちにしてもこいつを助けたい、こいつを酒々井何かに渡したくないって気持ちは同じだ)


「習志野、この勝負、絶対勝つぞ!」


 俺は習志野の方を向き直り、まっすぐ見据えて告げる。


「はい、勝って一緒に卒業しましょう!」


 そう返した習志野の表情は、この日一番の笑顔だった。

 相手は中学時代にトラウマ級の惨敗の思い出を植え付けられた酒々井秀。

 頭の回転、交渉力、度胸等など…。どれをとっても俺より格上だ。

 簡単に勝てるとは思っていない。だけど……


「この勝負だけは譲れねぇ!どんな手を使っても……」


 俺は習志野の笑顔を見て、改めてそう決意した。

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