第66話 市川凛の葛藤3
「はぁ…。ますます決められなくなっちゃったじゃない…」
部屋に戻り、もう何度目かというため息をつく。
ただでさえ小さい頃からの夢である父の会社を継ぐことと、今現在の恋路、どちらを優先させるべきか悩んでいたのに、新たに”夢と恋どちらも優先する”という選択肢が生まれてしまった。
しかもこの第3の選択肢、考案者が言うには勝算はかなりあるらしい。
だけど、唯一にして最大の不安がその考案者が酒々井秀であることだ。
「どっちも上手くいくならそれに越したことはないし…だけど、酒々井君は信用できないし…でもどっちを優先すればいいかなんて決められないし…」
こんな調子で部屋に戻ってからもずっと同じような思考のループに陥っている。
ピリリ、ピリリ。
すると、不意に携帯メールを知らせる着信音が鳴る。
画面を確認すると、
「お父さん!?」
この学校に入学してから、私の方から連絡することはあってもお父さんから連絡が来ることは始めてだ。
(まぁ、最近はバタバタしていて私からの連絡もしていなかったのだけど…)
一体どうしたのだろうと思いながらメールの本文を開く。
すると、そこには、
『凛、元気にやっているか?最近連絡がなかったから少し心配で連絡してみた。元気で楽しくやっているのなら、お父さんからは何も言うことはない。これからも卒業目指して頑張れ。でも、凛。お前は他人に助けを求めるタイプじゃないし、自分から相談するような性格でもないことは分かってる。だから、ここから先は、もし、お前が悩むことが合った場合に読んでほしい』
私はそこから先も黙々と読む。
『凛、お父さんはお前に”ずる賢さ”が足りない、と言った。お前は真面目な子だ。恐らく入学してから”ずる賢さ”を身につけるために、”ずる賢そうな生徒”を見本にし、彼ら・彼女らのやり方に近づけられるように努力しているはずだ。勿論それも良いがそれだけでは不十分だ。本当の意味で”ずる賢く”なるためには、自己中になる必要がある』
お父さんからのメールはさらに続く。
『まず、自分の欲求に素直になり、自分が何をしたいのかを考え、どうすれば実現できるのかを考える。この時一番大事なのは、”他人のことを考えないこと”だ。優しくて真面目なお前には難しいかもしれないが、”他人のことなんて考えず、自分の利益だけを考える”そんな考え方もたまには必要なんだ。――だから、凛。お前はとにかく、もっと自分のことだけを考えなさい。そして、ずる賢くて優しい人間になりなさい』
読み終えた私は、少しの間携帯画面を見たまま固まっていた。
しばらくして、もう一度、改めて本文を最初から読んでみる。
そして、再び最後まで読み終えると、思わずフッと小さく笑ってしまった。
「まさか親から”自己中になれ”なんて言われるとはね。確かに納得できるけど」
苦笑交じりに一人呟く。
”私がやりたいこと””どうすれば私のやりたいことが実現できるか””他人がどうなろうと関係ない”
今回のケースをお父さんから貰ったアドバイスに従って、再度考えてみる。
すると、
「私がやりたいことは…決まった。だけど……」
しかし、どうやって実現させるかが思い浮かばない。
(自己中に……後もう少しで浮かびそうなんだけど……)
そんな風に私が再び頭を抱えていると、
ブーブー、ブーブー。
今度は生徒端末のバイブ音が鳴った。
(メール…?しかも、差出人は…学校!?)
私は差出人に疑問を覚えながらも、自分の端末を手早く操作してメールの内容を確認する。
「ああ、そういうことか」
メールの件名を見て、いきなりの学校からのメールに納得がいった。
メールにはこう記されていた。
件名:【警告】校則違反による退学について
本文:市川凛 殿。あなたは、現状下記校則を遵守できる環境にありません。
このまま期日が過ぎた場合、学校として退学勧告をせざるおえない状況です。
確認の上、校則遵守できるよう、頑張りましょう。
対象校則:8日以上恋人がいない生徒は退学(期日まで残り5日)
「学校もわざわざこんなメール送ってくれるなんて親切ね。まぁ、こんなメール送られなくても分かってるけどね。」
この親切なのかプレッシャーをかけるためのメールなのか良く分からないメールを見ながら独り愚痴をこぼす。
そして、何気なくメールにリンクが貼られていた『恋星高校校則一覧』のページをクリックして他の校則も眺める。
すると、
「!!ちょっと!もしかして、これ……」
ふと、一つの校則に目が止まった。
”自己中に、他人がどうなるかは考えない”
ついさっき、お父さんからアドバイスされた考え方を心がけ、思考を巡らせてからしばらく、一つの方法が浮かんだ。
(でも、この方法だと……)
この方法だと、どうしても犠牲者が出てしまう。
しかし、
”ずる賢く””自分の利益だけを考える””結果、相手がどうなろうと関係ない”
そんな普段の自分では考えられないアドバイスを思い出し、一つの決心をする。
「ごめんなさい、みんな。私は私のためだけにこの勝負を利用させてもらうわ」
そして、もうかなり夜も遅いことなどお構いなく、私は一人の男に電話をかけた。
『もしもし、こんな遅い時間にどうしたの?』
男は先程しゃべっていた時と同じような軽い声色で電話に出た。
「別に。大したことじゃないんだけど、あなたから誘われていた話しの返事をしようと思ってね」
『ああ、そうか。結構時間かかったんだね。――それで、返事は?』
「申し訳ないけど、あなたの味方になることはできないわ」
『へぇ、じゃあ君はこの勝負、どうするつもりなんだい?』
「あなたの味方にはならない。――でも、氷室君のことは諦めないことにしたわ」
私はさっき決めた”自分がやりたいこと”を告げた。
「勿論、卒業して父の会社を継ぐことも諦めないわ。――まぁ、あなたの言ってた『両獲り』を狙うってことね」
「…へぇ」
私の答えを聞き、酒々井君の表情からは先程までの軽い調子はなくなっていた。
そう。私は小さい頃からの夢も今現在の恋路も、どちらも手に入れることにしたのだ。
失敗のリスクは勿論あるし、私が考えた方法では成功したとしても犠牲になる人は出てしまう。
しかし、それでも、
「ごめんね。私は今回”ずる賢くなる”って決めたの。――そのために、あなたを利用させてもらうわ」
そう言って、私はニヤリと笑った。
葛西の奴や氷室君が良く浮かべるような不敵な笑みを…。
「なるほど。分かったよ。味方になってもらえないのは残念だけど、君と氷室君がくっつくだけで僕にとっては十分利益になるしね。僕にとって不利益にならない程度には協力してあげるよ。――それじゃあ」
そんな私に酒々井君は苦笑交じりに答え、簡単に挨拶すると通話を終了させた。
「さぁ、ここからが私の勝負だ」
電話を切った私は、一人呟きながら、自分の中でヤル気が漲ってくるのを感じていた。
※※※※
「やれやれ、まぁ、とりあえず成功かな」
市川さんからの電話を切った後、僕は一人呟いた。
予定通り、市川さんは氷室君のことも卒業することも諦めないらしい。
市川さんのお父さんの連絡先を調べ、お父さんに市川さんを励ますように促したり、学校側として校則違反の通知メールを送ったり……。
いろいろと手間はかかったけど、効果はあったようだ。
タイミング的に、市川さんに不審がられないか若干不安もあったが、とりあえず成功したみたいだ。
「まぁ、彼女は元々素直な性格だし、そこまで心配はいらなかったか…」
あまりに計画通りに進んだせいか、思わず笑みがこぼれてしまう。
「市川さん、酒々井秀という人間はそんなに甘くないよ。――申し訳ないけど、利用させてもらうのはこっちの方だよ」
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