第60話 氷室辰巳の選択~宣戦布告~

「そうは言っても、俺が有利な勝負方法なんて、そうそうねぇんだよな…」


 あれから何時間経っただろうか。

 葛西が教室を出ていった後、一人ひたすらと酒々井に勝てそうな勝負方法を考えてみたものの、全くいい考えが出てこない。


「まぁ、一応“あの方法”が成功すればアイツを出し抜けるんだが…」


 一応思いついたものの、俺一人では実施不可能な上、協力者による事前準備の段階での失敗も十分あり得る。

 さらに成功率はそこまで高くないのに、失敗した時のリスクはかなりデカイ。正直、名案とは言えない。


「そもそも、そんな簡単に思い付くなら既に実行してるっつーの」


 そんな風に一人で嘆き、半分投げやり気味な頭に鞭を打ち、再度思考を巡らせる。


 俺が酒々井より勝っているところ…

 とりあえず人数だろう。酒々井は俺に対して、葛西や習志野、市川と協力していいと言ってきた。

 1対4。勝負内容にもよるが、このアドバンテージは大きい。

 しかし…


「あいつのことだ。何か仕組んでる可能性が高い」


 例えば、裏で俺達以上の協力者を集めているとか、

 4人の中の誰かをスパイとして抱き込んでいるとか…。

 後者はあまり考えたくないが、酒々井ならこれくらいはやる。故にこのリスクを完全に除外するわけにはいかない。


「こんなんじゃ、何時間考え込んでても無駄だな…」


 思わずため息がこぼれる。

 いろいろ考えたが、結局どの方法を用いてもこんな調子で、酒々井の術中のような気がしてしまう。

 さらに…


「それに、どの道、仮に酒々井に勝てそうな方法が見つかったところで、アイツの了承を得ないとダメなんだけどな」


 勝負内容を決めるのは挑まれた側。

 つまり、いくら酒々井に確実に勝てそうな方法を思い付いても、奴を納得させられなければ無意味なのだ。

 酒々井に勝てて、尚且つ勝負を受けさせることのできる方法…。

 果たして、そんな都合の良い方法があるのだろうか…。


「今日はこれ以上考えてもいい考えは浮かびそうにないな。とりあえず、今日は帰るか」


 完全に集中力が切れた俺は、問題を先送りにして部屋に戻ることにした。

 そう思い、自分の席から立ち上がろうとすると…


ピリリ、ピリリリ


「…もしもし」


 同時に習志野から着信が入った。

 先程思いっきり見捨てる発言をしたこともあり、若干後ろめたさを感じながらも、とりあえず出てみた。


「たっくん!大変なんです!!」


 俺の微かな悩み等余所に、習志野は切羽詰まった様子。


「お、おい!どうしたんだ!?」


 その焦りぶりに、思わず俺まで焦って大声を出してしまった。


「か、葛西さんが…とにかくすぐに体育館まで来てください!!――あっ!ちょっと待ってください!!」


 余程焦ったのか、通話はそこでプツリと切れてしまった。


「おいおい、マジで何事だよ…」


 習志野の様子に、嫌な予感を覚えながら、体育館へと走った。


※※※※


「ちっ!なんだ、この人だかりは!?」


 体育館に着くと、そこには大勢の人だかりがてきていた。

 その人だかりをかき分け、ようやくその中心まで辿り着くと、


「おい…葛西…お前なにやってんだよ…?」


 俺は目の前の光景に自分の目を疑った。


「ん?ああ!誰かと思えば辰己君じゃないか!いやぁ、君の言う通りだったよ!いくら策を弄したところで酒々井君に勝とうなんて無理あるよね!」

「葛西…お前、まさか…」

「いやぁ、さっきは生意気なこと言ってごめんね。一度対戦してみて分かったよ。――これ、酒々井君側についた方が面白いよね」

「!!!」


 目の前には、向かい合い、がっしりと握手する二人――酒々井と葛西が立っていた。

 そして、その傍らで泣き崩れる市川。


「それじゃあ葛西君、約束通り市川さんを一時的に僕のパートナーに貰うよ」

「そうだね!じゃあ、さっさとやっちゃおっか」


「ごめんね、凛ちゃん。君と居てもこれ以上面白くならなさそうだし、何より君が居ても足手まといだからさ」

「う、嘘でしょ?どうせいつもの冗談なんでしょ!?」

「ははっ、僕が冗談でこんなこと言うわけないじゃん♪」


 葛西はそう言って、笑顔で自分の生徒端末を操作した。


「この裏切り者!!」


 目に涙を溜めながら、叫ぶ市川。

 そして、直後。

 その場にいる生徒の生徒端末が一斉に鳴り出した。

 俺も、恐る恐る自分の端末を確認してみると、


『葛西寛人は市川凛とのペアを解消しました』


 そして…


「市川さんもご機嫌斜めなところ悪いけど、約束通りさっさとやってくれないかな?やることやってくれれば後は自由だからさ」

「…くっ!!」


 酒々井に促され、市川は歯を食いしばり、酒々井と葛西を睨みつけたまま自分の生徒端末を操作した。

 市川が操作を終えると、今度は酒々井が操作を始める。

 すると、再びその場の全員の生徒端末が鳴りだした。

 画面を確認してみると…


『市川凛と酒々井秀はペアになりました』


 直後、三度全員の端末が鳴った。


『市川凛と酒々井秀はペアを解消しました』


「ふー。これであと一週間は退学にならずに済むね。良かった良かった」


 どうやら葛西は『8日以上ペアがいなければ退学』という校則を利用して取引したらしい。


「それじゃあ、葛西君。これからよろしくね」

「うん、こちらこそよろしく」


 改めて手を握り合う葛西と酒々井。

 味方の裏切り…。中学時代、味方だと思っていた奴に裏切られた悪夢が蘇ってくる。


「葛西!てめぇ、自分が何やってるのか分かってんのか!!」


 気付けば俺は葛西に掴みかかっていた。


「えっ?何って、凛ちゃんとのペアを解消して酒々井君側についただけだよ?」


 そんな俺に対して、葛西はいつもと同じ軽薄な笑顔を向けてくる。

 葛西が酒々井の方に寝返った!?

 ついさっきまで俺にあれだけ偉そうなこと言ってた奴が?

 一体、俺がいなかった間に、何が起こったんだ……?


(葛西に限ってとは思っていたが…やっぱりこいつに上手く唆されたのか!?)


 俺は少し離れた場所で笑顔を浮かべる酒々井を睨みつける。


「何を怒ってるのか分からないけど、別に僕は嘘をついた覚えはないよ」

「なんだと…?」


 しかし、葛西はそんな俺の様子などお構いなし。

 胸ぐらを掴んでいる俺の手を、ぱっと振り払うと、


「前から言ってるだろ?僕は面白い方に着いていくって。――今回は君側につくより酒々井君側についた方が面白いと思っただけだよ。それと――」


 悪びれることなく言い放った。

 そして最後に耳元で小さく囁くと、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、背を向けた。

 葛西の言葉に思わず目を見開いた。

 そして、俺は何も言い返すことができず、ただ黙って俯き、拳を握りしめる。

 ここで俺が動かなければ、もう勝負を挑む機会すらないだろう。

 何となく、そんな気がした。

 そして、習志野とはベア解消…もう一緒に帰ることも、どうでもいいことを話すことも、あいつの作った弁当を食べることも、あいつから焼きもちを焼かれることもない…。

 葛西は勿論、市川とも今まで通り接することはなくなるだろう…。


「ま、どの道、自分のパートナーを見捨てて相手に挑むことすらできないビビリ君には言われたくないけどね。それじゃあ行こうか。酒々井君」

「そうだね。――あ、そうだ!なんか氷室君も戦意喪失気味だし、習志野さんもさっさとそんな奴見限っちゃいなよ」


 それに、ここで酒々井に噛みついたからって勝てる保証はどこにもない。

 むしろ負ける可能性の方が高い。

 それでも…


「…待てよ」

「ん?」


 気付けば今度は、酒々井の肩を掴み、呼び止めていた。


「何だい、氷室君?正直、僕はもう、君にあんまり興味ないんだけど」

「安心しろ。俺もお前に興味なんてねぇよ。ちょっと用があるだけだ」


 俺は敵意の籠った目で真正面から酒々井を睨み付ける。

 それを見て、酒々井はニヤリと笑みを浮かべて真っ直ぐこちらを見返してくる。

 過去の嫌な思い出が頭を過り、身体中から嫌な汗が噴き出してくる。

 思わず顔を背けたくなるが、何とかぐっと堪える。


「へぇー。何だい、僕に用って?」

「俺の用件は一つだ。――酒々井、習志野のパートナーの座を賭けて、俺と勝負しろ!」


 俺の宣戦布告に周囲かざわつく。


「どうしたんだい、急に?葛西君の話だと、君は僕にビビって勝負を投げ出したみたいだけど…。もしかして僕に勝つ方法でも思いついたのかい?」


 俺の突然の心変わりに訝しむ酒々井。

 しかし、そんな酒々井や周りの様子を気遣ってやってる程、今の俺は心穏やかじゃない。


「別に。生憎そんなもん思いついちゃいねぇよ。ただ、何もせずに“今の学校生活”を諦めるのが勿体ないと思っただけだよ」

「ふーん。まぁ、いいや。ただ、負けた時のペナルティは覚えてるよね?」

「当たり前だ。『勝った方が負けた方の進路を決められる』って奴だろ?」

「そうそう。あと、負けた時に『やっぱりなし』とかはなしだからね。」

「ああ」


 一通り確認を終えると、酒々井は、まっすぐ自分を見据える俺を品定めでもするようにじっくり眺める。

 そして、


「ふーん、なるほど。やっと面白くなってきたよ。――OK!じゃあ、勝負しよう。ちなみにこの学校では勝負内容は挑まれた側が決められることになってるけど、それでいいかな?」

「どうせ決めさせるつもりもねぇんだろ?さっさと決めろよ」


 結局こいつに勝てる勝負なんて思いつかなかったしな。

 中途半端な勝負内容を提案したところで何の意味もない。


「へぇ、さすが中学校からの友達だ。よく僕のこと分かってるじゃないか」

「おい、いつ俺がお前の友達なんかになったんだよ」

「まぁまぁ、細かいことは良いじゃない。――ちなみに勝負内容はもう準備してあるんだ。一応ハンデとして君が有利になるゲームにしておいたよ。僕って優しいね~」


 とりあえず、後は出たとこ勝負だ。

 俺は黙って、酒々井から勝負内容が告げられるのを待つ。

 周りの生徒達もまた、ただ、黙って酒々井の言葉を待つ。

 そして、そんな空気を察してか、酒々井はニヤリと笑うと、


「それじゃあ、発表するよ!勝負内容は――『期間限定生徒ポイント収集』!!」


 高らかに勝負内容を宣言した。

 そして、パートナー、将来、プライド…俺の賭けられる全てを賭けた大一番が、今始まった。

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