第50話 男の強さ~戦闘力VS知力 7
「行徳のやつ…さっさと見つけて勝負決めちゃいなさいよ!」
私は逃亡中の敵、氷室と習志野を探しながら独り呟く。
いつもだったら、とっくに勝って家でのんびりしているはずなのに。
「行徳も役に立たないわね…。せっかく私があいつの強みを最大限活かせる完璧な作戦を考えてやってるってのに……。しっかりと働きなさいよね!」
思ったより勝負が長引いてしまっていることもあり、ついつい毒づいてしまう。
しかも、今回珍しく行徳が少々手こずっている理由が情けない。
「まさか、敵が自分の好きな娘だからって手加減してるんじゃないでしょうね!これだから喧嘩だけの単純男は…」
喧嘩だけなら恐らくこの学園で彼に勝てる生徒なんていない。
頭が良くないことが残念だが、それも私がいる以上全く問題ない。
私が学園最強である行徳の強さを活かした作戦を考えて、彼がそれを実行する…
この必勝法の前ではちょっと頭が良かったり、運動ができる奴も無力同然だ。
「それにしても氷室って言ったかしら?隣のクラスにかなり頭がキレる奴がいるって聞いたから少し楽しみにしてたのに…全然大したことなかったわね。」
いつもより勝負が長引いてはいるものの、別に苦戦しているわけじゃない。
少し冷静になると、なんとなく氷室達を探すのも面倒になってきて、近くの大きな石に腰かけ休憩することにした。
正直、今の必勝法を使いだしてから全戦圧勝が続いて、最近は内心飽き飽きしていたところだった。
ようやく他クラスとの勝負が解禁になって、少し楽しみにしていたのに……
「全く拍子抜けもいいところだわ。」
思わずため息がこぼれる。
そこへ…
「おいおい。勝手に人を雑魚認定すんなよ。」
不意に後ろから声を掛けられ、少し身構えながら振り返る。
すると、そこには…
「あら、逃げたかと思えば今度は自分から出てきて…雑魚な上に行動も理解できないのね。」
少し後ろに立っている氷室辰巳に皮肉で返す。
しかし、どこか彼の様子がおかしい…。
彼は私の皮肉を聞き、逆にニヤリと笑うと、
「まぁ、理解できないのも無理ないだろうな。――何せ自分達が負けたことすら理解できてないみたいだしな。」
…一瞬、体中から血がさぁっと引き、頭が真っ白になった。
しかし、すぐに思い直す。――これはハッタリに違いない。事前に調べた限り、この氷室という男、勝負の中でハッタリを使うのも上手いという情報もあった。そもそもあの状況から私達が負けるはずがない…。
「あらあら、いくら追い込まれているからってそんなすぐバレるような嘘をついても無駄よ。これ以上、醜態をさらす前にさっさと降参した方がいいんじゃない?」
一抹の不安を感じながらも、相手に勘付かれないように、平静を装いながら言い返す。
しかし…目の前の男は、私の言葉にわざとらしく大きなため息をつき……
「このまま言い合ってても俺の言うことなんて信じないっぽいし、自分の目で確かめてみろよ。論より証拠って言うしな。――生徒端末、確認してみろよ。」
そう言われ、すぐに自分の生徒端末を操作し、今行なわれている勝負の詳細ページを確認する。
内心ビクビクしながら操作し、恐る恐るページの内容に目を通すと……
「何よ!やっぱりハッタリじゃない!!ちゃんと対戦中になってるわよ!」
ページにはしっかりと、『船橋・行徳VS習志野・氷室…対戦中』という文字が記載されていた。
「悪いけど、私、あなたの下らないハッタリに付き合う程暇じゃないの。時間の無駄だし、さっさとギブアップしてくれない?」
少し安堵しながら強気に言い返す。
しかし…
「ああ、確かに正式にはまだ勝負は終わってないしな。それに俺が見せたかったのはそのページじゃないんだよ。――お前の生徒情報ページ、見てみろよ。」
それでも氷室の反応は変わらない。
私は、彼の言うとおり自分の生徒情報ページを開く。
すると……
「!?」
そこに表示された情報に思わず目を見開く。
その画面には…
『船橋舞……現在ペア:なし』
という文字が表示されていた。
――表示ミス、もしくは誰かに書き換えられたに違いない!
そんな考えが頭をよぎる。
「こんなの表示ミスに決まってるわ!私が行徳にペアを解消されているなんてあるわけないじゃない!」
そもそも、仮に行徳にペアを解消されていたとしても私が承認していなければペアは解消にならないはずだ。
しかし、そんな私の反論も予想していたのか、氷室は即座に言い返す。
「それじゃあ、行徳のページも見てみろよ。」
私はすぐさま生徒端末を操作し、行徳の個人ページを表示させる。
すると……
「そ、そんな……」
私の生徒端末に表示されていたのは……
『行徳拳……現在ペア:習志野栞』
「どういうこと!?あなた一体何をしたのよ!?」
気付けば私は叫んでいた。
あり得ない……。一体何が起きたの……?
「別に、お前が見たままだよ。行徳は習志野に告白されてそれをOKした。だからそれまでのペアだったお前とは自動的に『ペア解消』ってことになってんだよ。」
取り乱す私に対して、氷室の方は至って冷静に状況を説明してくる。
……いや、私も一旦冷静になろう…。そもそも生徒端末はこの学校のライフラインみたいなものだ。絶対に誤作動等がないように厳重に管理されているし、ハッキングなんかもまず不可能だ、とオリエンテーションで聞いたはず。
つまり、信じられないが、今現在この画面に表示されていることは全て事実だということだ。
――それなら、私はどうなる?
例え私がペアを解消されていたとしても、私が告白して振られたわけでもないし、即退学になることはないはずだ。
私達が既にこの勝負に負けているという、氷室の主張も当然あり得ない。
ということは……
「あなたがどうやってこの状況を作ったのかは分からないけど、結局無意味なことだわ。仮に本当にペアが解消されていたとしても私達が負けたわけじゃないし。―――恐らく私を動揺させて冷静な判断力を奪おうって計画だったのかもしれないけど、この通り私は既に落ち着いているわ。残念だったわね!」
恐らく、彼の狙いは動揺させること。その隙をつき形勢逆転を狙ったんでしょうけど、そんな子供騙し、私には通用しないわ。
敵の作戦を看破し、ようやく少し余裕を取り戻した私。
しかし……
「いやいや、何を悠長なこといってるのか知らんが、俺は事実を教えてやってるだけだぞ?最初に言っ通り、お前らの負けは既に確定してんだよ。――まぁ、現時点で厳密に言うと、負けが確定してるのは『お前だけ』なんだけどな。」
「……どういうこと?別にペアを解消されたら負けなんてルール作った覚えはないんだけど?」
「当たり前だ。そんなルールあったら俺も負け確定だしな。」
そうだ。良く考えれば現在行徳と習志野がペアを組んでいる以上、目の前の氷室もペアはいないはず。
「お前に残された選択肢は大きく二つしかない。自分から告白してフラれて退学するか、もしくはこの勝負に負けて退学するか、だ。」
「は?なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ!それにあなただって『ペアなし』の状態じゃない!?立場は私と同じはずよ!」
「まぁ、俺には秘策があるしな。」
的確な指摘をしているはずなのに、氷室は全く動じていない。
――秘策…?そんなの本当にあるの?…いや、ハッタリに決まってる。
「それに、この勝負のルールに『第三者の介入禁止』があったの忘れたのか?ペアがいない以上、告白されるか告白するかしてペアを組まなきゃ1週間後には退学だ。だが、『第三者の介入禁止』のせいで俺達4人以外に告白することはできないし、他にペアを組んでいない生徒がいない以上、告白を待つなんて論外だ。したがって、残された手段は俺達二人でペアを組むことだけだが…俺はお前と組むつもりはない。――いづれにせよ、どんな方法を使ってもお前を待っているのは退学だけだ。」
氷室が憎らしいくらいに平然と説明してくる。
確かにこいつのいうことは正論だ。
第三者に告白すれば反則負け…告白できるのは氷室だけ…。
氷室が本当に秘策を持っているかは分からないが、一見、私が追い詰められていることだけは確かだ…。しかし……
「残念だったわね。告白できるのがあなたしかいない、ですって?告白できる相手なら他にもいるわ!」
私は目の前の男にニヤリと笑って見せた。
その瞬間、氷室の表情が一瞬険しくなった気がした。
そう、告白出来る相手なら氷室以外にもう一人いる。
しかも、十分に勝算のある相手が……。
「それじゃあ、私は告白する相手のところに行かないといけないから!あなたも『秘策』とやらを頑張ってね。」
そう皮肉りながら、私はその場を走り去った。
「次裏切ったら一生後悔させてやるんだから!待ってなさいよ、行徳!!」
一人呟きながら、私は『元ペア』を探しに……。
※※※※
「ふー、とりあえずここまでは上手くいったみたいだ…。」
船橋がこの場を去り、俺は順調に進んでいる作戦に一安心していた。
今のところ、習志野の方も順調みたいだ。
「まぁ、でもここからが本番みたいなもんだからな…。」
すぐに表情を引き締め、集中し直す。
「さぁ、大勝負だ!」
ニヤリと不敵な笑みをこぼしながら、少し遅れて歩を進める…。
船橋が走り去って行った大勝負の舞台へと……。
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