第32話 リスクだらけの勝負1

「…あぁ、悪いがお断りだ。じゃあな」


 クラスメートからの突然の挑戦状に対し、俺は即答するとさっさと帰宅するため踵を返す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


 まさか断られると思ってなかったのか、東海という男は慌てた様子で引きとめてくる。


「あ?なんだよ?まだなんかあんのか?」

「いやいや、ここは勝負を受ける場面だろ!?なんであっさりと断ってるんだよ!?」

「いや、そんなの知らねぇよ。こっちはお前らに喧嘩売られる覚えも、引き受ける理由もねぇんだよ。そんなに勝負したいなら他を当たれ!」

「――あるよ」


 俺の言葉に東海の声色が急に変わった。


「理由ならある。君達が喧嘩を売られる理由も引き受ける理由もね」

「は?どういう――」

「中山君、羽田君、岡田君、原さん、朝岡さん、石原さん……。みんな君達のせいで退学になった人だ」

「……だからなんだよ」

「確かに君達は葛西君達との勝負で追い込まれていた。しかし、彼らはみんな“無関係”の人間だ。君はそんな生徒達を陥れて生き残り、彼らの無念さなど気にも留めずに今の地位で安寧の日々を送っている。――僕はそんな君達を許すことができない!」

「つまり、俺達に騙されて退学になった奴らの仇打ちってことか?」

「そうだ。彼らに代わって君達を叩き潰す!!」


 東海はより一層鋭い目付きで睨みつけてくる。

 そして、それに続くように彼のペアである浮島も敵意のこもった目を向けてくる。


「そ、そんなの言いがかりです!彼らだってリスクは承知の上だったはずです!」

「たとえそうだとしても彼らが君達の手で退学になったことは事実だ。――君達には彼らを退学にしなくても生き残る方法があったのに」

「そ、それは…」


 俺に代わって反論してくれた習志野だが、東海の前にあえなく口ごもってしまう。


「だ、だけど――」

「まぁ、待て」


 それでもなんとか反論しようとする習志野を制し、再び俺が東海に反論する。


「東海。一つ質問なんだが……お前退学した奴らとそんなに仲良かったのか?正直、あいつらの中の誰かとお前が特別仲が良かったようには見えなかったんだが…」


 正直、こいつと退学になった連中(名前は全く思い出せないが。)が仲良く行動していたところなんてほとんど印象に残ってない。――まぁ、俺が見てなかっただけかも知れんが。

 そして、俺の質問が少し予想外だったのか、東海は一瞬黙り、眉をひそめる。


「……仲がいいとかそういう問題じゃない。彼らはみんなクラスメート…仲間だ。仲間の無念を晴らそうと思うのは当然だろ?」


 俺の問いに少々表情をゆがめ、少し言葉に詰まりながらもなんとか切り返す東海。

 ――痛いところ突かれたみたいだな……。あと、こいつの言い分からしたら俺や習志野もこいつの『仲間』になるわけだが…まぁ、それは置いておこう。


「ふーん。じゃあ、もし今後、お前が俺達と同じような状況に陥ったら、お前はどうするんだ?」

「……当然、敵を倒すことに集中するさ。僕は他人を犠牲にしてまで自分が生き残ろうとするほど愚かな人間じゃない」


 またしても一瞬間が空いた後、俺を睨みつけながら皮肉を交えて答える。

――なるほど。こいつがどういう人間か、大体理解できた。


「そうか。――その勝負受けてやるよ」


 俺の急な心変わりに東海は少し驚くが、すぐに平静を取り戻す。


「ようやくヤル気になってくれたか」

「ああ。だけど、一つ条件がある。――この勝負お互いのペアの全生徒ポイントを懸ける」

「なっ!?」


 俺の申し出にさすがに平静ではいられなかったらしい。


「嫌ならこの勝負はなしだ。――その程度の覚悟しかない奴と勝負したって意味ないしな」


 まだ目を見開き驚いている東海にそう告げると、再び踵を返して帰ろうとする。


「ま、待て!!その条件飲もう!」

「あ?なんだ、やるのかよ」

「当然だ。その代わりルールは僕達が決める。それでいいだろ?」

「ああ。あまりにも不利なルール以外なら勝手に決めてくれていいぞ」

「分かった。それじゃあ詳しいルールは明日発表する」

「分かったよ――習志野、さっさと帰ろうぜ」


 さっさと話しを切り上げ、習志野に声をかける。


「は、はい!」


 習志野がこちらに来るのを確認すると、俺はさっさとドアの方へと歩いていく。


「ま、待って下さいよ~」


 先に教室を出た俺に、小走りの習志野が少し遅れて追い付く。

 習志野が隣に並んだことをチラリと横目で確認すると、少し歩く速度を落とす。

 そして、しばらく二人は無言のまま歩く。


「あ、あの…たっくん…」


 下駄箱を出たあたりで、習志野が数分続いた沈黙を破った。


「東海君達との勝負…受けちゃってよかったんですか?」


 習志野が心配そうな表情で見上げてくる。

 こいつが心配そうにするのも無理ない。なぜならこの勝負を受けるメリットが俺達にはないからだ。

 俺達はクラスでダントツのトップ。そのため他の生徒達のように現時点でどうしても生徒ポイントが必要だというわけではない。

 そして、さらに俺自身が付け加えた『お互い全ポイントを懸ける』という条件のせいで無駄に退学のリスクが出てしまったのだ。


「悪いな。勝手に決めちまって。まぁ、安心しろ。あんな奴に負ける程俺もバカじゃない」


 俺は冷静に、淡々と告げる。


「いえ…別にそういう意味ではなくて…。なんであんな勝負受けたんですか…?」


 習志野は足を止め、俺をまっすぐ見つめている。

 俺も立ち止り、習志野の方へと視線を向ける。

 その目は勝手に決めたことを責めるのではなく、俺に対する心配と不安が籠っていた。


「…なんとなく、あいつが気に入らなかった。ただそれだけだ。――悪いな。こんな勝手な理由でお前にまで無駄なリスク負わせて…」


 なんとなく嘘をついて誤魔化す気になれず、正直に理由を告げる。

 俺があの勝負を受けた理由…。それは俺達が主席で卒業するためにとか、今後東海達が俺達の妨げになるから今のうちに潰しておこうとか、戦略上の理由じゃない。ただ単にあいつが気に食わなかった。そんな単純で下らない理由からだった。

 習志野もこんな下らない理由だとは思ってもいなかっただろう…。

しかし…


「そうですか。それならいいんです」


 習志野は屈託ない笑顔でそう返してきた。


「は?…正直意味が分からないんだが…」

「いえ、私てっきりたっくんが退学した人達に責任を感じて自分を責めてるんじゃないかと思って…。そういう理由なら安心しました」

「いやいや、俺が退学した奴に責任感じるとか、あり得んだろ…。そんなこと気にするくらいなら最初からやらねぇよ」

「ふふっ、そうですね。たっくんが難しい顔して黙ってたのでもしかしたらと思って…。たっくんは優しい人ですから」


 ――いや、ただ単に東海の奴にイライラしてただけなんだが…


「まぁ、どっちにしても、私はたっくんについていきます。どんな時も夫に連れ添うのが妻の仕事ですから」


 そして、習志野は意気込む。……さり気なく夫とか妻という部分を強調して…。


「いや…別に夫婦じゃないからな」


 念のため訂正しておくが習志野の耳には届かなかった…。


「どういうつもりだい、辰巳君?」


 習志野とのどうでもいいやり取りをしていると、不意に後方から声をかけられた。

 振り向くと…


「なんだ、葛西か…。正直お前の相手してる程暇じゃないんだが」


 そこにはここまで走ってきたのか。いつもの余裕で軽薄な態度ではなく、珍しく慌てた様子で、肩で息をする葛西寛人が立っていた。


「あんな奴相手に、何のメリットもない勝負を引き受けるなんて…。しかも退学を懸けておいて、勝負内容を相手に決めさせるなんて…あまりにも油断が過ぎるんじゃないのかい?」


 俺の言葉等完全にスル―して真剣な表情で詰め寄ってくる。


「君があんな奴に負けるなんて思わないが、相手が勝負内容を決める以上、万が一ってこともあり得る。――今から勝負内容だけでも一緒に決めるように言いに行くべきだ」

「ペアの習志野は了承してるんだ。……別にお前には関係ねぇだろ?」

「関係あるさ!言っただろ?――僕の楽しみを無くさないでくれって」


 まっすぐこちらを見据えていつもとは違う真剣な声色で訴えかける。

 ――動機は不純だが、こいつなりに本気で俺達を心配してくれてるってことか…。


「安心しとけ。お前に心配されなくともあんな奴には負けねぇよ。どんな手段を使ってでもな。――それに、もし負けたらそれまでの奴だったってことだ。そんな奴生き残ってもお前の楽しみにはならねぇだろ?」


 俺は自信に満ちた表情で葛西に答える。強がりや嘘ではなく本心で。


「――まぁ、それもそうだね」


 少しの沈黙の後、納得したのか、葛西はフッと笑った。


「まぁ、今回は一視聴者として楽しませてもらうよ。――くれぐれもがっかりさせないでくれよ」


 葛西はそれだけ告げると、大人しく去っていった。


「まさかあいつにまで応援されるとはな」


 俺は葛西の背中を苦笑交じりに見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る