第21話 知力1
市川と葛西の宣戦布告から数日。あれから特に何もないままオリエンテーション当日の朝を迎えた。
クラスの連中の大半は無事にペアを組むことに成功し、今はオリエンテーション初日の『知力』対策のため、組んだばかりのペア同士で勉強を教え合っている。
しかし、残念ながら全員がペアを組むことができたわけではなく、クラス40人のうち8人がペアを組むことができず、志半ばで早くも退学していった。――まさか、本当にこうもあっさり退学させるとは…この学校も本気ってわけか…。
「い、いよいよ始まりますね。」
そんな空席が少し見受けられる教室で、俺と習志野はいつも通り俺の席で集まっていた。
習志野は緊張のせいか、さっきからそわそわしっぱなしだ。――とりあえず落ち着かせるか。ただでさえ今日は学力の日だってのに、このままじゃ自分の名前すら書き間違えかねん!!
「とりあえず落ち着け。」
「そ、そんなこと言われましてもぉ…。」
既に涙目の習志野が助けを求めるようにこちらを見つめてくる。
「じゃあ、周りを見てみろ。」
「周りですか…?」
言われた通り、習志野は軽く袖で涙を拭って周りを見渡す。
そして、そこには…
「やべー、もうすぐはじまっちまうよ!」
「最初のテスト何の教科だったっけ?」
「も、もう一回全教科復習しようよ!」
周りも習志野と同じように緊張で完全に浮足立っている。まぁ、高校初めてのテストで、しかもそのテストに自分の学校生き残りがかかっているとなってはこうなるのも当然だろう。
「…みんな緊張してる…。」
「そうだ。そして、緊張で縮こまってる奴は自分のベストなんてとてもじゃないが出せない。緊張の具合や個人差にもよるが、今のあいつらなら普段の7割くらいだろ。」
まぁ、全く根拠はないわけだが…。
「あいつらが普段大体5教科で350点くらい獲る学力だとしたら、その7割だから…今回は245点くらいになるってわけだ。お前の入試の成績は298点だから、入試当時の実力が出せればいいってことだ。さらにお前はここ最近の勉強でかなり学力もまし…いや伸びてきてる。――どうだ?あんな奴ら相手にまだ負けるのが心配か?」
「な、なるほど!そう言われると、なんだかイケるような気がしてきました!!」
俺の適当な理論を聞いた習志野は胸の前で拳を握り、すっかりヤル気になっていた。――っていうか、こいつこんな簡単に騙されてて大丈夫なのか…?なんか将来訪問販売でインチキグッズかわされそうだな。まぁ、とりあえず今はこいつが単純な奴で良かった…。
「いやぁ、もうすぐオリエンテーション開始だっていうのに、ラブラブだねぇ。」
習志野のあまりの素直さに一抹の不安を感じていると、不意に後ろから聞き覚えのある軽薄な声が聞こえてきた。
「…なんか用か?」
「相変わらず僕には冷たいなぁ。」
振り返ると、案の定そこに立っていたのは長身に茶髪のイケメン、葛西寛人と…
「なんだよ、そっちも十分ラブラブじゃねぇか。」
我がクラスの誇る巨乳美人、市川凛だった。
「葛西君とはペアだから仕方なく一緒にいるだけよ。――こんな奴とラブラブとか…次言ったら名誉棄損で訴えるわよ。」
「やだなぁ、凛ちゃんは相変わらずツンデレなんだから♪」
「殺すわよ。」
「痛いっ!!」
市川は軽口を叩く葛西の足を思いっきり踏みつけながら殺気のこもった目で睨んでいた。
一方の葛西は足を押さえて床に転がっている。――今後市川をイジるのは止めておこう…。
「お、お二人とも、私達に用があるんじゃないんですか?」
俺がしびれを切らして言おうと思ったセリフを、ほぼそのまま習志野が先に言った。
すると、足を踏まれて転がっていた葛西が起き上がり口を開く。
「まぁ、敵情視察ってやつかな。元々僕らがライバル視してるのは君達だけだからね。――まぁ、どうやら警戒する必要もなかったみたいだけどね。」
そう言ってニヤリと笑うと、市川と一緒にそのまま自分達の席に戻っていった。――何か策があるみたいだが…まぁ、とりあえずお手並み拝見といくか。
キンコーンカーンコーン
そんなことを考えているとチャイムが鳴り、教室の扉が開いた。
そして、
「お前ら、準備はいいな?さっそくオリエンテーションを始めるぞ。」
まっすぐ教卓まで登った大井先生が清々しい程の悪役じみた笑顔を湛えながら宣言した。
「お前らも分かってると思うが、今日は『知力』の日、つまり学力テストの日だ。――まず1時間目は英語だ!さっさと机の上片付けろ!!」
大井先生の号令と共に全員迅速に机の上を片付ける。
それを確認した大井先生は慣れた手つきでテストを配っていった。
テストが全員に配られ、しばし静寂が流れる。――習志野が得意なところだとありがたいんだが…。
そして…
「それでは、テスト開始!!」
先生の合図と同時に全員が問題用紙を開く。
「…もらったな!」
問題にざっと目を通した俺は心の中でガッツポーズをした。
このテストの問題はこの前、習志野に教えてやったところだ!これなら俺だけじゃなく習志野も高得点を獲れるはずだ!!
チラリと習志野の方を見ると、小さくガッツポーズをしていた。――これなら大丈夫そうだな。
自然と俺にも笑みがこぼれるのを感じた。
※※※※
「名門高校のテストといっても大したことありませんでしたね。」
昼休み。5教科のうち半分以上が終わり、昼飯の準備をしていると目の前にニヤニヤしながら習志野がやってきた。――完全に調子に乗ってんな、こいつ…。
「おい、まだ2教科残ってんだぞ?」
「う~。確かにそうですけど。いいじゃないですか、ちょっとくらいほめてくれても。」
冷静に返してやると、習志野は口を尖らせて拗ね始めた。――ホントガキだな…。
午前中のテストは俺が教えてやった範囲がかなり的中し、本人もかなり手応えを感じているらしい。
「褒めるのは結果が出てからだ。」
「えぇ~!いいじゃないですか!!たっくんのケチ!!」
しつこく食い下がる習志野をスル―し、俺は淡々と食事を済ませた。――まぁ、こいつの場合褒めた瞬間に調子落としそうだしな…。
――それにしても、あいつら全く動く気配がねぇよな…
俺は教室の端の方で昼食を食っている葛西と市川の方を見やる。
しつこく話しかける葛西を全スル―し、表情一つ崩さず弁当を食べる市川。一人しゃべり続ける葛西に返事一つ返さない徹底ぶり。……さすがに葛西が少し不憫に見えてきたな。
(もしかして、あいつら一日目の『知力』は何もせず普通に勝つつもりか?)
まぁ、なくはない話だ。元々入試学年一位の市川凛。そして、葛西の方も入試の順位は学年15位、クラスでは4位とかなり優秀な方らしい。つまり、普通にテストを受け、実力通りの結果が出せれば一位を獲ることくらい簡単なはずだ。
しかし…
(あの、葛西寛人って男がそんな普通なやり方で満足するか?)
葛西は別に勝つことを目的にしているわけではない。自分が楽しめればそれでいい、という異常者だ。そんな奴が正攻法で勝ったからって満足するもんなのか…?
(まぁ、とりあえず警戒だけはしておくか…)
ふと、葛西が俺の視線に気付き、ニヤリと不敵な笑みを投げかけてきた。
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