第20話 オリエンテーションと最凶のペア

「既に知っている奴もいるかもしれんが、来週の火曜日から第一回ペア対抗オリエンテーション大会を開催することとなった。」


 ホームルームの時間が始まってすぐ、大井先生の第一声はついさっき俺が知ったイベントの告知から始まった。


「は?何だよそれ!」

「来週の火曜ってもうすぐじゃない!!」

「まだペアも決まってねぇのにいきなりイベントとかありえねぇよ!」


 今知ったばかりの生徒達からは次々と不満が漏れる。――ざっとクラスの三分の二ってところか…。


「黙れ、カス共!!」


 そんな生徒達を見かねた大井先生の怒号で教室は一気に静かになった。


「イベントの告知なんて数時間前から端末のトップページに載ってんだろ!テメェらがチェック怠っただけのことだろうが!!」


 さっきまで不満をこぼしていた生徒達は納得できないといった顔で視線を反らす。

 ――おそらく彼らも俺と同じく朝一で確認をしてそれっきりだったのだろう。さすがにこんな頻繁に学校のHPが更新されるなんて思ってないもんな。


「まぁ、これに懲りたら今後はこまめに端末のチェックをしておくように気をつけろ。――とりあえず、静かになったところでオリエンテーション大会についての説明をしようと思う。」


 一喝した後、大井先生は慣れた様子で進行していく。


「イチイチ内容を板書すんのも面倒だな…。お前ら、端末の『ペア対抗オリエンテーション大会のお知らせ』ってページ開け!」


 言われた通り皆自分の端末を操作し、指示されたページをタッチする。――っていうか教師が板書すんのが面倒って…


「よし、全員開いたな。遅い奴は置いてくぞ。――まず、オリエンテーション大会ってのは新入生限定のイベントだ。入学して学校の校則を聞いたり、ペアを組むために四苦八苦したりして少しはこの恋星高校恋愛学科がどんなところか分かってきたところだろう。――そこで遂に実践ってわけだ。」


 ――実戦早過ぎねぇか…?。周りからはそんな声が聞こえてきそうな空気である。

 まぁ、まだペアすら組んでない奴らもいるくらいだからな…。


「このオリエンテーションではお前らがこれからこの学校でどんな風に生活して、どうやったら生き残れるのかを手っ取り早く学んでもらうためのイベントだ。――まぁ、どっちかというとエキシヴィジョンマッチに近いから気楽にやれ。」


 何がエキシヴィジョンだ。どうせ負けたら退学とか、そうでなくとも相当なペナルティがあるに決まってる。


「しかし、そうは言ってもただやるだけでは緊張感もないし、何より見ている私が面白くない。――よって、このクラスは特別に特典とペナルティを付けくわえた。感謝しろよ?」


 先生は不敵な笑みを湛えて生徒達を見渡す。――このクソ教師…!ホント性格悪いなっ!!


「なんだ、氷室?何か言いたいことでもあるのか?ん?」


 …完全にロックオンされてしまった…。俺としたことがついつい表情に出ちまったか…。っていうか俺より露骨に態度に出てる奴山ほどいるじゃねぇか!

 俺は抗議の意味を込めて怯まず再度睨みを利かせる。


「あ”?」

「すみません、なんでもないです」


 完全に人殺しの目だ…。多分『目で殺す』っていうのはこういう状態のことを言うのだろう…。


「…いえ、全然言いたいことなんてないですよ?」


 動揺したせいか、軽く声が裏返ってしまった…


「遠慮するな。特別に発言の機会を与えてやる。」

「いやいや、俺ごときが大井先生の貴重な説明の時間を邪魔するわけには――」

「早くしろ」

「はい…」


 どうやら逃げ場はないらしい…。とりあえずここは無難なことを聞いてさっさとやり過ごそう。


「あ、それじゃあ――」

「時間切れだ。さっさと説明を再開するぞ。」


 …コノヤロウッ!!


「開催期間は三日。その間に『知力』『体力』『親密度』を計るミニゲームが実施され、その成績に応じてポイントが与えられることになっている。三日間の間にペアでどれだけのポイントを獲得できるかで競ってもらう。――まぁ、この学校の基本ルールと同じようなもんだな。」


 確かに。このオリエンテーションとやらを簡単に言ってしまえば、これから俺達が行なうであろうサバイバルゲームを短期間でやってみよう、というものだ。まさに“オリエンテーション”という感じだ。

 ただ、気になるのは…


「先生」


 俺が手を挙げて先生への質問を試みる。


「なんだ、氷室?さっきは私なんかに聞きたいことは何もないって言ってたじゃないか?ん?」


 なんか悪意にまみれた受け取られ方してるんですけど…


「…す、すみません。どうしても偉大な大井先生にご教授願いたいことがありませて…」

「気持ち悪いからその話し方は止めろ。」

「はい…」

「今回だけは特別だ。聞きたいことがあるならさっさと言え。」


 大井は満足気な表情を見せながら質問を許可してくれた。…どうやら大井の中で俺いじめが流行り出しているらしい…実は俺のこと好きなんじゃねぇの?…いや、ないか…。


「それで、さっき言ってた特典とペナルティって何なんですか?」


 俺は他の連中も気になっているであろうことをクラスを代表して聞いてやった。――これだけの精神的ダメージを負ってまで聞いてやったんだ。クラスメート達にはしっかり感謝してほしいくらいだ!――みんな先生の回答に待ち構えるのに忙しいらしく、習志野を除いて誰も俺のことなんて気にしていない…。なんて薄情な奴らだ!まぁ、俺が逆の立場なら同じような態度を取っただろうが…。

 こっちに尊敬の眼差しを向けている習志野が今だけ天使のように見える…。


「あぁ。そういえば説明してなかったな。特典とは特定のペアから好きなだけポイントを奪うことができること。そして、ペナルティはトップに好きなだけポイントを奪われることだ。」


 大井先生はニヤリと笑みを浮かべた。


「ちなみに順位はこの3日間に得たポイントだけで競ってもらうが、奪うポイントはこの3日間で得たポイント+元々所持していたポイントの中で奪ってもらう。そして、好きなだけっていうのはそのままの意味だ。奪うのは0ポイントでもいいし、全てのポイントを奪っても構わん。――つまり、トップを獲った奴らの気分次第では、早速このクラスから退学者が出てしまう、ということになる。」


 クラス全員が一瞬、先生の言った意味を理解できずにフリーズしてしまう。

 しかし、次第にその意味を理解した者は動揺し、戸惑う。


「おい、俺達まだ入学して一週間も経ってないんだぞ…。」

「いきなり退学になる可能性もあるってことかよ…」

「これのどこがエキシヴィジョンなのよ!」


 皆、口ぐちに不安や不満を漏らす。まぁ、動揺するのも無理はない。各々苦労して入学したこのイベントの結果によってはあと一週間弱で退学になるかもしれない、と言われたんだからな…

 だが、彼らは分かっていない。このペナルティの最も恐ろしいところを。


「先生、トップに好きなだけポイントを奪われる“特定のペア”ってのは最下位のペアではないんですよね…?」


 俺は騒ぐクラスメートをよそに、真面目な口調で先生に再び問う。


「あぁ、そうだ。決定権はトップのペアにしかない。――つまり、トップ以外のペアは2位だろうが、最下位だろうが等しく退学の可能性があるってことだ。」


 やっぱりそういうことか…。こりゃあ相当ヤバいな…。

そして、クラスメート達は遂に我慢の限界に達したのだろう、不満を爆発させる。

 しかし…


「黙れっつってんだろ!カス共が!!」


やはり大井の一喝でその場は静けさを取り戻す。――とても教師の口から出た言葉とは思えん…。


「全ては勝者次第だ。文句があるなら勝者になれ!」


 大井はそれだけ言うと、「あとは自習だ。ペア探しやらオリエンテーションの対策やら好きにしてろ。」と付け加えて教室を去っていった…この教師ホント適当だな…。


「おい、これマジでヤバいんじゃねぇの?」

「私まだ退学になりたくないよ!」

「俺まだペアすら決まってねぇよ…」


 大井先生がいなくなったのを合図に再び教室が騒がしくなる。

とりあえず、今は対策を考えるのが先だ!


「やぁ、辰巳君。この学校もようやく面白くなりそうだね。」


 不意に聞き覚えのある軽い口調が背後から聞こえてきた。


「…なんだよ。」

「いやぁ、相変わらずツレナイねぇ。僕はぞんざいな扱いを受けて泣きそうだよ。」


 振り返ると、予想通りの人物――葛西寛人がわざとらしい泣きまねをしていた。


「お前もペアいねぇんだろ?余裕だな。」


 俺は皮肉を込めてジト目で睨みつける。

 しかし…


「まぁ、余裕と言われれば余裕かな。」

「は?」

「だって僕はもう、とっても頼りになる子とペアを組むことができたんだからね。」


 俺は葛西が発する次の言葉に驚愕した。


「紹介するよ。彼女が僕のペア――市川凛ちゃんだ。」


 そう言って、葛西は俺の後の席で無愛想な顔を浮かべる巨乳美少女の肩に手を回す。


「氷室君、宣言通りあなた達を潰してあげるわ。」


 市川は凍てつくような冷たい目でまっすぐ俺を見据えて宣言する。


「…マジかよ…」


 学年トップの学力を持つ美少女と恐らくこの学校一信用ならない男…俺にとって最悪の組み合わせだ…。

だが…


「しゃあねぇ。返り討ちにしてやるよ。」


 この程度で怯んでるわけにはいかない。要はトップになればいい話だ。

 こうして俺達はデビュー戦にしていきなりの大一番を迎えることとなった…。

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