第10話 10年越しの恋 2
「どういうことだ、と言われても…私はたっくんのことが好きだから告白したとしか…」
習志野は困ったような顔でこちらを見上げる。
「いやいや、そんなわけないだろ!この学校で『告白』がどういう意味を持つのか、お前も説明は受けたんだろ?フラれたら即退学なんだぞ?それにそもそも俺達は初対面だ!お前に好かれる覚えもない!!」
そう。こいつの行動はあり得ないことだらけだ。
フラれたら退学の学校で初日から告白。
しかも相手は初対面。
どう考えても裏があるに決まっている。
しかし…
「初対面…もしかして私のこと覚えてないんですか…?」
習志野が信じられないものを見るような目でこちらを見ている。
「いや、悪いが全然覚えがない…」
「あんなに一緒に遊んだのに…結婚の約束までしたのに…本当にタッくんは覚えてないの…?」
習志野が目に涙を浮かべて問いかける。いつの間にかしゃべり方も変わっている…。
そして、その目はとても冗談とは思えない。
だが、残念ながら俺にはこいつに全く覚えがないし、ましてや結婚の約束なんか今まで一回もした覚えがない。
…いや、待て…!結婚の約束…そして『たっくん』という呼び方…こいつもしかして…
「お前、もしかして小学校の時に隣に住んでた“しおり”か…?」
「は、はい!!私のこと思い出してくれたんですね!?たっくん!!」
習志野は表情をぱぁっと明るくさせて、嬉しそうに笑った。
“しおり”…俺が小学校低学年の時に俺の家の隣に引っ越してきた少女である。
…まぁ仲が良くても名字なんか気にしてなかったからな…忘れていたのは 仕方がない!!…ということにしておこう。むしろほとんど人の名前を覚えないこの俺が呼び名だけでも覚えていたことが奇跡だ。
当時の俺達は確かに毎日のように一緒に遊んで――いや、どちらかというとこいつが毎日俺の家に押し掛けてきたため、俺がその相手をしていた。
「ひどいじゃないですか!!あんなに仲が良くて、結婚の約束までしたのに忘れるなんて!!」
習志野は頬を膨らませて睨んでくる…子供っぽい容姿のせいか、全く怖くない。
「仕方ないだろ。いくらよく遊んでても半年だけの付き合いだったしな」
そう。こいつが引っ越してきて半年後、今度は俺が転校することになり、“しおり”とはそれっきりになっていたのだ。
「半年とはいえ、それはそれは濃密な半年間だったじゃないですか!ラブラブの日々だったじゃないですか!」
「いや、勝手に思い出を脚色すんなよ!そもそも結婚の約束なんてしてねぇだろ!あれはお前が一方的に宣言しただけだろ!!」
「し、しし、したじゃないですか…」
ようやくはっきりと思い出してきた。
俺が指摘すると、習志野はこれでもか、というほど目が泳ぎまくっている。
凄まじく嘘を付く才能がないな…
「あれは『結婚の約束』じゃなくてお前の勝手な『結婚宣言』だろ!!」
「うぐっ…そこは別に思いださなくてもいいのに…」
習志野は露骨に悔しさを露わにする。
…こいつ、あわよくばこのまま結婚まで強引に持っていこうとしてやがったな!まぁ、俺がそう簡単に流されない奴だということはこいつも知っているだろう。
なにせ子供のころの結婚の約束すら流されずに断った男だからな。
「結婚ならあの時も断ったはずだが?」
小学生の頃、確かに俺はこいつから「大きくなったら結婚しよう」と言われた。
だが、その当時から本能で今日のような事態を察知していたのか、即座に断ったはずだ。
「はい、当時はそれはもうはっきりと断られました。しかし、私はその後にこうも言ったはずです。」
『絶対に大人になるまでにたっくんをメロメロにして結婚してやる!』
確かにそれも覚えている。
「そして、私は約束通りたっくんと結婚するため、この学校に来たのです。」
習志野はそう言いきると、腰に手を当て、満足気な表情でこちらを見据えている。
…マジか…っていうことは…
「…じゃあ、お前がこの学校を選んだ理由って…」
「もちろん、たっくんがこの学校を受験するのを知ったからです。」
「なんで俺がこの学校を受験することを知ってた?」
「そんなの事前に調べたからに決まってるじゃないですか。さすがに焦りましたよ。まさか中3の秋まで志望校を決めないなんて。」
「…ちなみにお前が主席で卒業した時の願いって何だ…?」
「決まってるじゃないですか。たっくんとの結婚にかかる費用の援助です。」
「……」
最早言葉も出なかった。
こいつ…ヤバい!!
どうやって俺の志望校を調べた!?こいつ探偵の才能とかあるんじゃねぇの?むしろマジでストーカーなんじゃね!?っていうかこいつの「卒業時の願い」…結婚費用の援助って、やけに現実的じゃねぇかよ!!ただ単に「結婚する!」とかじゃない分、本気度が半端じゃないぞ!!
「だから、たっくんと結婚できないならこの学校にいる意味はないんです!――たっくん、結婚を前提に私と付き合ってください!!」
習志野はまっすぐこちらを見据え、真剣な表情でもう一度「告白」をしてきた。
その顔は赤く染まっている。彼女の全てから覚悟と想いの本気さが伝わってくる。
しかし…信じられない。
もし、仮にこいつの願いが本当に俺との結婚だとしても、今ここで俺に「告白」する必要はない。まずは脈があるか調べたり、自分をアピールしてからでも遅くない。もっと言うなら、まずは別の誰かとペアを組んで、十分に勝算が上がるまで待つという選択肢だってあるはずだ。いや、むしろそれこそがベストな選択だろう。
そんな駆け引きを全て捨てて今告白するというリスクだらけの愚行を取る意味がない。
そんな奴、警戒しないわけがない!!
そして、なにより俺は知っている。人間誰しも最終的には自分の損得でしか行動することができないということを…。
「悪いが、俺はお前を信じられない。」
俺がそう告げると習志野の表情が揺らぐ。
「そ、そんな…」
習志野の表情がみるみる絶望に染まっていき、そのまま俯いてしまう。
そんな習志野の様子を見て、罪悪感が俺の心を支配する。
しかし、それでも俺の中の「これは演技かもしれない」「俺を利用しようとしているかもしれない」という疑念がそれを上回る。
「お前の告白を、俺は正式に――」
習志野の「告白」をはっきりと断ろうと口を開くが、どうしても後が続かない。
幼少の頃の楽しい思い出が頭をよぎる。
そして、なにより目の前で泣きそうな顔をして力なく俯いている少女を放っておけない、という感情が渦巻く。
――俺は何を躊躇してんだよ!俺が断ればこいつは退学になるからか…?そもそも俺は「泣いてる女は見過ごせない」とかほざくような善人じゃないはずだ!現に今までだって、いろんな奴が不幸になるのを見過ごしてきた。なのに……。
「……お前の告白に対する返事は一旦保留にする。」
結局俺はこいつを捨てきることができず、中途半端な答えを出す。
「……え?」
完全に断られると思ったのだろう。習志野は何が起こったのかわからない、といった表情で俺を見上げる。
「だから!一旦保留だ!「告白」の返事は2日間以内っていうルールに従っただけだ。」
俺は自分の生徒端末の「ルール詳細」というページの一文を指さし、習志野に付きつける。
『告白された生徒は2日以内に告白してきた生徒に答えを告げなければならない。期限を過ぎれば自動的に「断った」と判断され、告白した生徒は退学となる』
「言っとくけど、これはただの気まぐれだからな!2日後にはきっちり返事するから、覚悟しとけよ」
「はい!でも、まだ2日間はチャンスアリってことですよね!?私、諦めませんから!」
俺の話し等ろくに聞きもせず、習志野はヤル気に満ちた表情を見せる。…こいつ切り替え早ぇな…
「それでは、私はたっくんを振り向かせる作戦を考えるので、先に教室にもどります!」
そう言い残して、習志野は笑顔を浮かべて、走って屋上を出ていった。
まぁ、ちょっと延期しただけの話だ。3日後だろうと俺の答えは変わらない。
そんなことを考えながら、俺は習志野の後ろ姿を見送った。
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