魔王、異世界から直帰しようとする
「……概ね、理解できましたわ。確かに、もしこの世界が平らなら、山脈は遠ざかると徐々に小さく見えるはずですが、麓から見えなくなりますね。つまり、この世界は丸いと…… 」
目の前で美しい金髪を弄りながら考え込むスカーレットを眺める。彼女が10歳の頃くらいまでしか知らないが、その頃から聡明な子だったと記憶している。随分と育ったものだな、主に胸が……いかんな、親友の娘に向ける視線ではない。
「それで、この世界は宙に見える星々と同じで、遠く星の海の向こうに地球があると?」
「あぁ、俺はそこに主観時間で35年程暮らしていた。お前に呼ばれるまでな」
「……申し訳ありません、この世界の何処を探してもおじ様の魂が在りませんでしたので、てっきり転生されていないのだと……恐らく、向こうの御身体は……」
「…………済んだことはもういい」
そう、魂が抜けて直ぐに死体になっているだろう。
最後のシステム復旧の仕事、完遂できなかったのが心残りだ……ッ!いかんな、魂に社畜根性が染みついてしまっている。
そんな事を考えるよりも今はやる事がある。
早くしなければ、時間経過とともに忘れてしまいそうだ。
「スカレ、紙はあるか?」
「はい、ここに」
スカーレットが部屋の隅にある机から紙を持ってきてくれる。その紙に猛烈な勢いで魔術式と計算式を書き込んで行く。
「おじ様、それは?」
「さっき、ここに魂が転移する際に通って来た次元回廊を開く術式と地球の座標だ」
それを聞いたスカーレットは悲しげな表情をする。
「……帰る、おつもりですか?」
「あぁ、帰る」
「ッ、どうか、私達をお救い下さい!もう私達には人に抗う力は残っていないのです!」
必死の形相でペンを握る俺の腕に縋ってくる彼女の頭をポフポフする。
昔はこうして褒めてやると喜んでくれたものだ。
「あっ」
「かつて命を懸けて護ろうとした同胞を見捨てるかよ、馬鹿」
思い出してしまったものは仕方がない。
今さら、見捨てても気分が悪いだけだ。
「ここは開戦前に万一を期して創ったダンジョンだろう?そこまで追い込まれている事は理解している。それに目覚めた時にスカレしかいないと言う事は、ブラドやエリザはもういないんだな……」
スカーレットは瞳を潤ませてコクコクと頷く。
「はい、父も母も……それに覚えておいでですか?」
「あぁ、最後まで一緒に戦ってくれたマルコの死に様は覚えている。とても勇敢だったよ、俺の知る誰よりも」
「奥方のメイア様も、数十年前に病死されました……」
「という事は今の人狼族の長はギリアム坊か?」
「……彼も先ほど逝きました」
「…………では、残っているのは妹のヴェレダか」
「はい、彼女が今後、人狼族をまとめるのでしょう」
「思ったよりも状況は悪いようだな、急ぐべきか」
素早く、術式構成を書き上げて、演算処理も終わらせる。
そして、部屋の大きな鏡に向かって手を翳す。
そこにはぼんやりと見慣れたビルのジャングルが映りだす。
さて、どこにゲートを開くべきか……
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