やりたい事とできる事のバランス

 隣の芝は青く見えるとはよく言ったもので、他人がやっている事はなんだかよく見えてしまうし、思わず自分もやってみたくなる。

 純文学書きを自称する俺ではあるのだけれど、エンタメ方面が盛り上がっているのを見ると、「たまにはエンタメでも書いとく?」なんて思っちゃうし、「どうせ書くなら、思い切ってファンタシーいっとく?」なんて調子に乗っちゃうし、そして実際に書いちゃってるし……。


 ファンタシーに限らず、「恋愛モノは永遠の定番だし押さえとかなきゃ!」と無難な路線をとりたがったり、「血みどろスプラッタなホラー書かなきゃ!」と変な使命感に燃えてみたり、「いやいやエンタメの王道はミステリーだろ!」とプロットもできないくせに推理モノを書きたくなったりもしている。


 悲しきかな、俺は筆が遅いのだ……次々と新たなジャンルに切り込んでいくほどの速度は、残念ながら持ち合わせていない。


     ◇


 とは言うものの、どんなジャンルの小説でも、器用に書き分けられるような気はしている。そしてそう思うって事は、きっと実際に書き分けられるのだろう。

 しかし、そうやって書き上げた小説が、恋愛小説っぽい形や、ミステリー小説っぽい形をしていたからといって、まがい物の様な小説で読み手を満足させられるのかと問われると……やはり疑問は残る。


 一つのジャンルに専念し一点突破を狙った方が、筆力も上がるし成功の確率がはるかに高いはずだ……などと、意識高すぎ高杉くんくずれの俺は思ってしまうのだけれど、でもまぁ、効率ばかりにこだわるのもおもむきに欠ける。


 すべての経験は小説を書く上でプラスに働く……無駄なインプットなんてないんだ……との観点に立てば、未知のジャンルでもどんどん執筆して、苦悩して、血反吐をはきながら、のたうち回って……結果、書いてきた物語が次の物語の糧となるのなら、それで良いのだろうとも思う。


     ◇


 小説の公募といえば、文芸誌や雑誌の新人賞だけだったのだが、いまではウエブ媒体でも数え切れないほどの公募がかかっている。その大半がエンターテイメント系の募集……特に、ライトノベル系が元気だ。


 正直、目移りする。

 こっちの投稿サイトの賞に出そうか、こっちのサイトにしようか、いやまて文芸誌の新人賞の締切も近かったんじゃないか……ここのコンテストなら、受賞すれば人気声優でラジオドラマ化してくれるだと!?

 ひっきりなしに賞レースが開催されているものだから、ひっきりなしに書き続けなければならない。だがしかし先ほども言ったとおり、俺は筆が遅いのだ。


     ◇


 無数の賞レースに対して、俺の執筆速度は有限。

 無駄な経験なんてないんだ、いろんなジャンルをドンドン書こう! とは言うものの、ある程度の絞り込み……つまりは集中と選択が必要になってくる。すべてをこなせるほど、俺は有能ではないのだから。


 でもね……

 書き上げた小説は、あちこちのサイトに登録しておこうと思う。一つの投稿サイトに絞るなんて、ナンセンスだ。ウエブみたいな不特定多数の目に触れる場所で公開しているのだから、目に触れる機会は多いに越したことはない。

 小説のジャンルによって、投稿サイトを使い分けることすらナンセンスだと思っている。恋愛小説がもてはやされるサイトだからといって、異世界モノを登録しないのはもったいない。恋愛小説が好きで、さらに異世界モノも好きな読者だって居ないとは限らない。


 でもね……

 そうやってアチコチの投稿サイトに転載するのは、けっこう大変なんだ。作品数が増えるに従って、手間も確実に増える。改稿なんてしようものなら、何箇所の原稿を直さなければならないのか……。

 ほら、ここでもまた、集中と選択が必要になってくる。どの作品を転載するのか、どの作品を切り捨てるのか……どのサイトに転載するのか、どのサイトを切り捨てるのか……。

 一人でできることには限りがある。どこまで行っても、集中と選択だ。やりたい事とできる事のバランスを、うまく折合いつけながら渡り歩いていくしかないのだ。

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