死神の鎌は収穫用に

「オープンファームは戦争やで! やっとメグも帰ってきたし、こっからスパートや!」


 星ヶ丘大学の大学祭も終わり、部活も引退して一段落……とはいかなかった。私が在籍している農学部では、今週末にオープンファームという収穫祭が開催されることになっているから。

 オープンファームでは農作物の売り出しや、それぞれが育てた物を使った模擬店などが目白押し。畜産関係なら鶏の唐揚げや酪農の分野のチーズが売られていたりする。果樹関係もあるし、コメなどの穀物、私たちのように野菜を扱うところまで様々。

 私が部活で忙しくしている間、オープンファームの模擬店のことは日野ひかりに任せていた。ひかりはプライベートでも畑を持つほど農業に入れ込んでいる。中学の頃はそうでもなかったと思うけど、私と別れてから農の道に目覚めたそう。

 ひかりは西京の高専を出て星ヶ丘大学に編入したのを機に向島に出てきた。私とは中学2年以来の再会になる。私はその間に名字が変わったりいろいろあったけれど、ひかりが変わっていなかったからとても安心したというのが第二印象。


「やっぱ漬け物はメグがおらな進まへん」

「あら、ToDoリストを渡さなかった?」

「もろたけど、うちは野菜を育てる専門みたいなモンやからな。加工はメグの担当やん」

「屁理屈言わないの」


 私たちはオープンファームで漬け物を出す予定で、前々からその準備を進めてきた。野菜を育てるのは主にひかりが、それを漬け物にするのは主に私の分担で行っていたのだけど、私が忙しくなってくるとひかりにかかる負担が大きくなっていて。

 部活で受けるストレスは(主に日高の所為で)本当に計り知れず、夜な夜な別件で研究している菌の様子を見ながら野菜をかじったり。暗い部屋の中でぼんやりとした光を受けながらストレス発散に人参をかじる私の姿は異様だったとは寝ぼけたひかり談。


「ホンマ、大学祭よりオープンファームやわ」

「とか言いながら大学祭は大学祭で楽しんでいたんでしょう? 高専の友達が来てたとかで」

「せやな! それはそれ、これはこれや! 友達も楽しんどったでオッケーやわ! メグは部活部活やし」

「もう部活は引退したからこっちに付きっきりで大丈夫よ」

「メグ~! メグがおらんと何も出来ひんのや~!」

「嘘おっしゃい」

「バレた!」

「バレバレよ」

「畑に行きたいんやけど」

「もうちょっと待ってなさい」


 研究室にいるときは基本的に白衣を着るのだけど、ひかりにとっては白衣よりも農作業用のつなぎの方が落ち着くらしい。私は久々に落ち着いて作業が出来て本当にホッとしているのだけど、この作業が落ち着かないのがひかりで。

 オープンファームは大学祭が行われていたキャンパスの方ではなく、農学部の畑の方で行われる。だから農学部以外の人にはあまり馴染みのない行事。だけど農産物などが安く売られたりするという事情で地域の人には一大イベントのようになっている。

 農学部には大学祭よりオープンファームという人も少なくないし、現にひかりがそういうタイプ。寧ろ大学祭で忙しくしていた私が少数派かもしれない。準備もより念入りに。これを戦争と表現するのもあらゆる面で間違いではないのだ。


「うちは高専でも畑作っとってんな。そんでな、寮のおばちゃんに採れたキュウリとかあげとったんよ」

「高専時代も自由だったのね」

「学祭に来とった友達もな、オープンファームが気になるってゆーとってんな」

「あら。来てくれそう?」

「どうやろか。来たいとはゆーとったけど。メグは誰かに声かけたりせんの? 友達とか」

「そうね、一応声だけはかけたわよ」


 農学部では今週末にこういう催しがあるのだと、朝霞と洋平に声をかけてみた。洋平は前向きに興味を示してくれたような感じだったけど、朝霞は私が少し大袈裟に話した“戦争”の情景に気圧されているようだった。

 朝霞はとても好戦的な性格だと思っていたけれど、それはあくまで放送部のプロデューサーとしての一面だったらしいということがわかった。そうまでして戦う理由がなければ戦渦に突撃する勇気はなかなか出ないようで。

 それと、テーマパークのような開場ダッシュがあると聞いたときに渋い顔をしていた。洋平はサッカー部のエースだったからそういうのも得意だけど、朝霞は根っからの文化系で走るのも速くない。開場ダッシュで振り落とされるのではという不安も大きいらしく。


「激安にかけるおばちゃんほど怖いモンはないで」

「必要以上に値切られないように私も頑張るわ。でも、接客がなかなか上手くできないのよ。接客業の経験がないからかしら」

「メグは愛想ないんがアカン。接客はうちに任しとき」

「本当に頼もしいわ」

「その代わり売り上げ計算は頼んだで」

「それは任せて。得意分野よ」


 私たちは刻一刻と近付くその日に向けて、準備を整えていく。大学祭がお祭だとするならオープンファームはそれこそ戦争だから。私たちがゆっくり楽しむ暇はなさそうだけど、忙しさの中に身を置くことの幸せもまた慌ただしさの中にあったりもする。


「というワケでそろそろ畑行ってええ?」

「ダメよ」

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