アフター・トーキング

「え……ズルい……」

「ごめん、わざとじゃないんだよ、本当だよ」

「呼んでくれれば、すぐに駆けつけた……」

「うん、次は美奈にも声をかけるよ」


 大学祭に向けて準備が進むサークルに、久し振りに顔を出してみた。いつものように大石君が「おはよー」と迎え入れてくれて、これまでのあらすじを説明してくれる。UHBCでは大学祭のブースでベビーカステラ風ホットケーキを出すそう。たこ焼き器でホットケーキの生地を丸めるとのこと。

 これまで準備に関わっていない私や徹がいた方が都合がよいのは、試食会でのこと。何も知らずにそれを食べて、何がいい、何を直した方がいいと率直に意見してくれと頼まれた。味と食品の取り扱いに厳しい徹が2年生以下に指導を始めたところで、私は大石君と近況報告のような雑談をしていたのだけれど……。


「菜月から、私の名前が出ていた…?」

「あ、うん。靴のヒールの話になって。ヒールの高さがなっちと美奈で同じくらいなんだーって」

「菜月は、何か…?」

「美奈はスラリとしてて、立ち振る舞いが凛としてて、少ない言葉できちんと考えてることを伝えられて、料理が上手で頭も良くて優しくて家庭的で本当にいい子だよねって」

「……そう、言われると恥ずかしい……私は、そこまで出来た人間では……」

「え? そんなことないと思うよ。俺もなっちの話にはそうだよねーって同意したもん」


 面と向かってそういうことを言われると、本当に恥ずかしさばかりがこみ上げてくる。私は菜月が思うような出来た人間ではないのだけれど、少なくとも、嫌われてはいないということがわかって嬉しさも同時にある。


「でも、菜月こそ本当に、いい子……面倒見がいいし、優しい……それに、かわいい……表情豊かだし、運動神経抜群……」

「うん、なっちも本当にいい子だと思うよ」

「……まさか、恋愛対象に……」

「ううんううん! まさかそんな! いい子だとは思うけどいい友達だよ! まさか美奈もなっちのモンペ…!?」

「菜月に、モンスターペアレントが…?」

「麻里さんが、なっちに手を出したら殺すって」

「……ああ……」


 そのモンスターペアレントの存在と強さを考えれば、大石君の怯え方にある種の納得が出来る。私も、いい友人だとわかっていながら聞いてしまったのは我ながら性格が悪いなと思う。菜月と大石君は、適度な距離感でお互いに話しやすいいい友人。


「ところで、どうして菜月と…?」

「元を辿れば俺の幼馴染みの子がミッツに付きまとわれてるっていう話なんだ」

「……そう言えば、ベティさんも心配していた……」

「あ、そうなんだ。で、みちゃこさんと向島の先輩と圭斗とそんな話をしてて。そしたら、ミッツの恋愛事情を一番知ってるのはなっちだから、なっちに話を聞いてみたらってことになって会ってたんだ。でも、結局自分たちの話ばっかりになっちゃった」

「なるほど……」

「うん。美奈と兄さんが一緒に買い物してるって話をしたら、ついて行ってみたいなあとも言ってたし」

「……!! 大歓迎……」


 次の買い物は菜月にも声をかけてみよう。菜月は人見知りだけどベティさんは優しいし、何より仲のいい大石君のお兄さんだからきっと心を開いてくれるはず。菜月とベティさんと買い物……絶対楽しい……今度ベティさんにも話してみよう。


「一緒に会っていると、菜月の可愛さは本当に爆発する……インターフェイスの現場では肩に力が入っていることの方が多い……だから、あまり見られないけれど、素の菜月の可愛さが……」

「へえ、美奈の前じゃなっちの素が出るんだね。そりゃそうだよね。なっち、美奈は一番の友達って言ってたもん」

「……大石君、さては私を殺す気で……」

「そんなことないってば!」

「私を殺すと、もれなく徹が出てくる……」

「美奈にもモンペが…?」

「強ち、間違いではない……」


 ただ、話を聞いていると、菜月は大石君に対してあまり肩肘を張っていないという印象を抱く。いくら私と大石君に星大という共通点があったとしても、普段の……インターフェイスでよく見る菜月であればそういうことを堂々と言わないと思うから。自分の内心に迫られそうになれば、話を「バカなんじゃないのか」で切るし。


「大石、俺がどうしたって?」

「何でもないよ」

「美奈、本当か」

「私を殺すと、もれなく徹が出てくる……という話……大石君が、嬉しいことばかり言って私を殺そうとしてくる、だから……」

「大石、お前を殺すかどうかは嬉しいことの内容にもよるぞ」

「ええっ!?」

「菜月の話……大石君が、菜月の話をしてくれて……」

「ああ、奥村さんの話か。それならいい。むしろもっとしてあげてくれ」

「なるほど、これがモンペ……」


 大石君によれば、菜月と近々もう1回会う予定があるとのこと。私がよろしく言っていたと伝えてもらうことにして、菜月の思う私像に少しでも近付けるよう、自分磨きをする誓いを立てた。

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