クラムチャウダーはまた今度

「――っていうわけなんだけど」

「そうか、それは大変だったな」

「話の腰を折るようで悪いんだけど、本当にクラムチャウダーはよかったの? あれだけ悩んでたのに」

「いや、いいんだ。ドーナツだけでも十分うまーだから。それに、三井以外の人間を財布にするなと圭斗からこっぴどく説教をされてしまったんだ、してないのに」


 大石から連絡があった。ファンフェス以来だなあと思いつつ話を聞いていくと、三井が惚れているあずさちゃんのことについてだという。ファンフェスの打ち合わせで使っていたドーナツ店で落ち合い、現在に至る。

 相変わらず大石はよく食べるなあと思う。高崎だとか、ノサカにも引けを取らない大飯喰らいだけはあって。皿の上にはドーナツが3つとカフェオレ、それからミネストローネ。うちはドーナツ2個とカフェオレだ。

 本当はクラムチャウダーが食べたいなあと思ってたんだけど、安いものでもないし、でも食べたいしと延々悩んでいて。大石が「今日は話を聞いてもらうし出そうか」と申し出てくれたけど、気持ちは有り難く受け取りつつ遠慮しておいた。どうだ圭斗、うちだって成長するんだぞ。


「三井はあずさちゃんが上目遣いで自分を見てくるからこの子は自分のことが好きなのに違いないとか言ってたんだ」

「え、ミッツって俺より背が高いじゃない。普通の女の子がちゃんと顔を見て話そうとしたら」

「まあ、見上げることになるのは当然だな。ヒール装備のうちと大石でだって見上げるのに、あずさちゃんはうちより小さい上に三井は181だぞ。バカなんじゃないのかと。え、大石って身長いくつだっけ」

「179だよ」

「そっか、ヒール履いてても大きいワケだな」


 ノサカで身長が174だから、それより5センチも大きければそりゃあいつもより見上げる形になるよなあと思う。大石は圭斗みたくひょろひょろもしてないし、体つきから滲み出る逞しさとか、スウェットの袖をちょっと捲って露出してる腕のラインも筋肉質で本当に素晴らしい。あ、うちの趣味です、どうも。


「なっちってヒール履くとどれくらいになるの?」

「元々の身長が159で、ヒールを履くと166、7くらいかな」

「えっ、すごい高いヒールなんだね」

「ヒールだけで言えば美奈も同じくらいだぞ。でも、美奈はスラリとしてて、立ち振る舞いが凛としてて、少ない言葉できちんと考えてることを伝えられて、料理が上手で頭も良くて優しくて家庭的で……本当にいい子だよなあ」

「うん。美奈は本当にいい子だと思うし、兄さんもそう言ってるよ。あ、俺の兄さんと美奈はラジオ局で一緒になるんだけど」

「あれっ、大石のお兄さんてバーやってるんじゃなかったっけ」

「本業はね。週に1回西海のコミュニティラジオで番組持ってるんだ。美奈とは化粧とかファッションのことで意気投合して、たまに一緒に買い物に出かけてるんだよ」

「えー、いいなあ。うちは何も買えないだろうけどちょっとついてってみたい。洗練されてそうだなあ」


 そしたら大石がすかさず「兄さんに話してみようか?」なんて言うもんだから、うちは間髪置かずに「そこまでしなくて大丈夫です!」と止めるのだ。だって恥ずかしいじゃないか、買い物の光景には興味あるけど、マルの数が違うだろう世界を何も買いもせずに歩くだけなんて。


「バイトをしてないと、やっぱり財政状況が」

「バイトしないの?」

「出来ないんだ。電話が苦手で面談まで行けないから。それから、接客業が本当に出来ない」

「申し込みはWebフォームもあるし、接客業じゃない仕事があればいいんだけどね」

「だから引っ越し業とかになる。実家の方では短期でオードブルの盛りつけとか、製品の吊り札付けなんかを――」

「それ、本当にウチの倉庫に来て欲しい経歴だよ!」

「ええっ!?」

「だって、引っ越しやってたってことは荷物の梱包もある程度出来るし体力もあるでしょ? 製品の吊り札付けの仕事も結構あるし。なっち、ウチの倉庫に来ない?」


 と言うか大石のテンションに驚く。と言うかなぜうちは倉庫業にスカウトされているのか。


「足がないし。それに、お前のバイト先ってことは西海だろ? うちからじゃ遠すぎる」

「あ、そうだよね。ごめん、ついテンション上がっちゃって」

「でも、倉庫自体に興味はあるんだよなあ。吊り札付けとかは1人で黙々とやってられるから得意だったし」

「あの、そういう話があったこと、頭の片隅に置いといてもらっていい? 吊り札付けの仕事とかだったら単発でもあるし、いくらでも俺が足になるから」


 気がつけば、三井があずさちゃんにどうしたとかいう話はどこかへ行ってしまって、うちらはずっと自分たちの話をしていた。クラムチャウダーをご馳走になっていたら申し訳なさばかりが先に来る展開だっただろう。ただ、たまにはこういうお喋りもいいなと思った。


「カフェオレおかわりもらおう」

「俺はドーナツ買い足そうかなあ」

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