Grind pepper

 ゴリゴリゴリ、と粗く挽かれた黒コショウがスープの上を埋め尽くす。最近のコショウは容器がペッパーミルのようになっているから挽きたてほやほやの風味が楽しめて……とかそんな呑気なことを言っていられる量じゃない。


「菜月先輩……どこまでコショウを挽かれるのでしょうか」

「え、まだまだこれからだろ」

「あの、一度手を止めていただいてよろしいでしょうか」


 鍋一杯に作られた中華風スープ。これは、大学祭でMMPが2日目と3日目に出展する食品ブースで売るものの試作品だ。俺と菜月先輩の予定が合いやすいということで、昼放送の収録後にでも作ってみてくれないかと圭斗先輩からの指令が出されている。

 肉団子と中華スープの素、それから申し訳程度の具だ。人参とモヤシ。菜月先輩の好みで言えばシイタケやタケノコが欲しいところだそうだけど、費用面などの事情で諦めざるを得なかった。ただ、季節が季節ならタケノコはその辺で掘っていたに違いない。

 それはそうとして、黒コショウの海になっている試作品である。とりあえず1杯目を味見した結果、「味にパンチが足りない」と菜月先輩の裁量でゴリゴリゴリと……ちなみに菜月先輩はカルボナーラを召し上がる時も黒コショウをゴリゴリゴリと……。

 とにかく、良くも悪くも極端な味覚をしている菜月先輩の基準で一般受けする味をどのように作っていくのかという話であった。逆に言えばコアなファンは付きそうだけど、赤字を出さないという方向性で行くなら広く一般受けする味が好ましいだろう。と言うかあまり極端だと圭斗先輩からゴーサインが出ないだろうし。


「正直うちは今スープの試作どころじゃないんだ」

「ええ、野球ですよね。それは重々承知しています。と言うかそれを見越してたこ焼きの材料とお酒も買って来たワケですし」

「ちなみにお前はコショウを挽かないスープで良かったのか」

「まあ、モヤシが多かったのか水分が出たようなので、もう少しスープの素の分量が多くてもいいかなという気はしました。ですが黒コショウをここまで挽く必要はなかったかと」

「そうか」

「あの、意識が完全に野球に行ってますが?」

「だってチェアーズが」

「わかりました、わかりましたが試合開始までにはもう少し時間があるのでスープの話を詰めましょう。このままだと即たこ焼きが始まりそうなので」


 現在時刻は夕方5時半。MMPでは俺を含めた何人かは野球が好きなのだけど、菜月先輩の応援しているチェアーズがクライマックスシリーズに進出したとのことでちょっと前からウッキウキですよね。ちなみに試合は今日からで、テレビでもやるらしい。

 菜月先輩が本腰を入れて野球をテレビで見るときには、たこ焼きとお酒があるといいなあということはよく知っている。と言うかその観戦ついでのたこ焼きには何回か巻き込まれたことがある。今日もスープの試作の後でたこ焼きを丸めることになってますよね。


「だけど、作り直すにはこの鍋の中身を何とかしなくちゃいけない」

「ええと……今回作ったスープの材料は記録してありますし、この結果こうなったというデータを取っておけば次回に活かせるかと。実際、菜月先輩は「パンチが足りない」と、俺も「もう少し濃くてもいい」という感想を抱いたワケですし、圭斗先輩にもきっと納得していただけるかと」

「やっぱさ、肉にはコショウじゃないか?」

「わからないでもありませんが、だからと言ってスープに大量投入するのはどうかと」

「前に、三井に焼肉奢ってもらった時にさ、うちタレとか使わない派だから塩コショウで食べてたんだけどさ、頭おかしいみたいな感じで言われたのは今でも捻り潰してやろうかと」

「と言うか、三井先輩に焼肉を奢らせたのですか…!?」

「うちが集ったんじゃないぞ。出してくれるって言うから。一番いいコースと飲み放題でさ」

「それ、5000円は軽くすると思うのですが……」

「出してくれるって言うから。実にうまーでした」

「ええー……」


 引くわー……そんなにも簡単に5000円奢る三井先輩にも引くけど、その三井先輩を完全に財布としてしか見てない菜月先輩にもちょっと引く。そういや圭斗先輩がこれまで総額何万貢がせたんだろうね的なことを言ってたけど確かに万単位になってそうですね!


「とりあえず、スープは感想も出たしこのくらいにしておくか? 残りはうちが責任を持って美味しくいただくし」

「明日以降のお食事ですね」

「まあそんなようなことだな。よし、たこ焼きの準備をしよう」

「はい」


 圭斗先輩の誤算は恐らく菜月先輩の中で野球がまだ続いていたことだろう。スープの試作は大分ぐだぐだになってしまったけれど、レシピと感想は記録したので大目に見ていただきたいところ。また全体の試食会で美味しく出来れば問題ないのだから。

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