新大陸には希望がある

「あっ、林原さんこんにちはー」

「どうした川北。今日は非番だろう」


 いつものように呑気な顔をした川北が、いつものようにのほほんとした様子で事務所にやってきた。事務所の扉の前には、背丈は川北程で黒いジャケットを着た黒縁眼鏡の男。センターではあまり見かけん感じの奴だ。

 今は粗方の授業が終わった放課の枠。先述の通り川北は非番だ。オレは春山さんによって無理矢理入れられている月に2~3回の受付の日で、正直川北にA番を変わってほしいという気持ちでいっぱいだ。


「後ろにいるのは」

「えっと、サークル関係の他校の友達なんですけどー」

「情報センターは他校の学生が来る場所ではないぞ」

「あのですね、あの子が要り様でジャガイモをもらいに来ました」

「そういうことならどうぞ持って行ってくれ。運ぶのにも人手が要るだろう、一時的になら足を踏み入れてもらっても構わんぞ」

「わー、ありがとうございまーす。タカティ、入っていいって。運ぶの手伝ってー」

「はーい。すみません、お邪魔します」


 情報センターは春山さんが持ち込んだ芋で埋め尽くされていた。各人が押し付けられてもまだ大量にある。オレのノルマはゼミでカレーの屋台を出すんだと無駄に気合を入れた高井が勝手に消費するだろうが。要はゼミ室に置いてある。

 癒し枠として春山さんに気に入られている川北でも、30個ほどは押し付けられていた。しかし、わざわざ取りに来るとは川北の30個では足りんほどに芋の需要があるのか。まあ、減るに越したことはないが。


「林原さーん、ジャガイモを運ぶのに台車使ってもいいですかー?」

「ああ。どう使っても構わんが、外を転がすなら車輪を拭いてから戻せよ」

「ありがとうございまーす。よっこいせ、っと!」

「……川北、もしやケースごと持っていくつもりか」

「えっ、ダメでした?」

「いや、もっとやれ」


 他所の大学の見知らぬ施設だからか、それともこういう場所にジャガイモの壁が築かれていることに唖然としているのか、川北の友人はきょろきょろと周りを見渡して挙動不審だ。それとも、川北が自分の需要以上に芋を押し付けようとしているのか。


「タカティ、とりあえず75個なんだよね」

「うん。とりあえず75個」

「林原さーん、1ケースって何個ぐらいですかー?」

「Lサイズとあるから……25個ほどではないか」

「じゃあ3ケース貰ってこうか」

「ミドリ、本当にもらっちゃっていいの?」

「林原さーん、持ってっちゃっていいんですよねー」

「これを持ち込んだ畜生曰く、持っていくことが人助けだそうだ」

「……とのことだから、遠慮なくどうぞ。むしろこれだけ減らしてもらえて情報センターを代表してお礼したい気持ちでいっぱいだよ」


 まったくだ。どのような事情かは知らんが、減る気配が一向になかった芋の壁の一角が崩れたのだから、オレたち情報センターのスタッフはこの川北の友人には盛大に感謝せねばならん。


「しかし、持って行ってもらう分には一向に構わんのだが、これだけの芋を何に使うつもりだ」

「えっと、近々オクトーバーフェストと称したサークルの先輩の誕生会があるんですけど、その先輩がどれだけ食べてもお腹がいっぱいにならない人で。調理担当の先輩がジャガイモ料理を極めるために練習をしたいとも言っていたので、いただけるなら助かるなと思って」

「ほう。まだ足りんならいつでも言ってくれて構わんぞ」

「その時はまたお願いします」

「って言うかタカティ、緑ヶ丘じゃ飲み会に調理担当の先輩なんているの」

「伊東先輩がね。ほら、伊東先輩あんまり飲めないし、料理自体が好きみたいだから。高崎先輩曰くすごい鍋を買ったんだって」

「へー、いいなー。俺もカズ先輩の料理食べてみたいなー」

「彼女さんは毎日伊東先輩のごはんを食べてるみたいだし、それは本当に羨ましいなって思う」


 ――と、ここまで聞いて少しピンと来た。噂によれば、オレの知っている伊東は趣味の料理のために電気圧力鍋と真空保温調理鍋というものを大枚叩いて買ったらしい。もしこの話に出ている伊東先輩とやらがオレの知る伊東と同一人物であるなら、もう1ケース積んでも奴の人脈でどうにでもなるのではないかと。


「おい、お前」

「俺ですか?」

「ああ、お前だ。お前が言っている調理担当の先輩というのは伊東一徳のことか」

「わ、そうです。お知り合いですか」

「高校の同級生だが、今はその話はいい。奴の元に行くならもう2ケースは積んでいけ」

「林原さんそれはさすがに鬼畜過ぎるんじゃ…!」

「問題ない。伊東に芋が行くならその彼女に芋が行くのと同義だ。あの女がいれば1ケース2ケース程度、一瞬で消す」

「え、伊東先輩の彼女さんももしや四次元胃袋…?」

「いや、消すアイディアと行動力があるということだ。そういうことだから積んでいけ」


 さすがに小さな台車では5ケースを一度に運ぶことは出来なかったようで、川北とその友人はセンターと駐車場までを2往復して芋を運搬して行った。しかし、随分広くなったな。やはり持つべきものは芋を消費する能力のある友人か。


「やァー、休憩休憩っとォー。えっ、何か無くなってないスか!? 広いンすけど!」

「ああ、土田か。お前が自習室に籠っている間に救世主が現れてな」

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