7割オアシスと束の間の憩い

「うーん、まだ復活しないなあ」


 自動販売機には、赤く「売り切れ」の文字が点々と。そして、飲料メーカーからのお知らせとして「この猛暑で品薄になっちゃって、自販機までなかなか回らなくてゴメンね」というような張り紙がされている。

 俺が飲みたかったのはデカビタCの缶。だけど、これはずーっと前から売り切れのまま。前までは3列で展開されてたんだけど、いつの間にか自販機自体がコーヒーに埋め尽くされちゃって、デカビタも1列に縮小された挙句この猛暑での品薄。

 元々スーパーかドラックストアで500ミリのペットボトルで買って来てるからいいんだけど、残業になると心許ない。いつになったら自販機の品物がちゃんと埋まるのかなって思っちゃうよね。


「おい千景、買わねえのか。買わねえなら先いいか」

「あっ、すみません塩見さん。先どうぞ」

「ふー……グリーンダ・カ・ラはまだ入らねえのか」

「前に1回入りましたけど、瞬殺でしたもんね。でもドラッグストアなんかには戻りつつありますよね」

「俺が飲むのは基本水だからいいんだけどよ、たまに味のあるモンを飲みたくなることがあるじゃねえか」


 ちなみに、今日も例に漏れず残業中。時間にして夕方の6時。とりあえず15分間の休憩をとって、また頑張りましょうというスケジュール。7時か7時半かはわからないけどその頃に夕飯。メニューの希望はもう取られていて、俺はカツ丼大盛りをお願いした。

 水のペットボトルを買った塩見さんと一緒に、売り切れの数と品物を数えていた。2列展開のグリーンダ・カ・ラのペットボトルもずーっと売り切れ。それからデカビタの缶。こないだ売り切れたのは自販機限定の缶コーヒー。

 今年の夏は異常なほど暑かった。40度超えの日もあった中で、蒸して大変なことになる倉庫の中で誰も倒れなかったのが奇跡だとみんな言っている。ピークはもう過ぎたけど、まだまだ暑さは抜けない。それに動いてるしね。飲み物に関しては本当に死活問題だ。


「いつまで品薄なんですかねー。外の自販も売り切れ多いですもん」

「いや、外の自販に補充されないのはトラックが確保出来ないっつー理由だから、こっちの自販とは問題が違う」

「あー、トラックですか」

「災害のあった場所の物流がどうしても優先だしな」

「そうですよね」


 地震に豪雨、台風。いろんな災害がどうしても起こる国だから仕方ないことなのかもしれない。向島も災害級の暑さだったけど住む家が無くなったワケじゃないし、電気が止まったとかでもない。不自由なく暮らせているのだから、俺はこれ以上何を望むんだろう。


「ま、俺らが出してる荷物が無事に届くことを願うのみだな」

「そうですね」


 そしてここは物流倉庫。今は出荷最盛期。しんみりしている暇はない。


「わりィ、飲むモン買うんだったよな」

「デカビタがないんで、何を飲もうかなーって」

「ここの自販コーヒーばっかなんだよな。利きコーヒーでもやるってか?」

「あはは。でも、宮本主任なら出来そうですよね」

「つかこの売り切れになってるの絶対あの人がすっからかんにしたんだろ」

「何だオミ、俺の話か?」

「ここの自販がコーヒーばっかなの、宮さんの陰謀じゃないかっつー話っす」


 やってきた主任に道を譲ると、案の定主任はいつものように缶コーヒーを買って行った。朝も早くから来てるし休み時間の度に買ってるもんなあ。でもって今は残業もしてるから1日の缶コーヒー消費量がとんでもないことになっていそうだ。


「休憩ももうちょいか」

「早くご飯の時間にならないですかね。カツ丼(大)楽しみです」

「ホントだな。俺今日牛丼特盛だ」

「えっ、特盛なんてあるんですか?」

「裏メニューみたいなモンだ。圭佑に注文の時こっそり頼んでもらってんだ」

「えー! 塩見さんずるっ! 俺も高沢さんに掛け合って大丈夫ですかねー?」

「圭佑に話つけといてやるよ。次から千景も大盛りでって」

「特盛です」

「素で間違えた。疲れてんだな。肉食わねえと」

「え、牛丼頼んでるんですよね」

「バカ野郎、肉と言えば焼肉に決まってんだろうが。牛丼なんか米だ」


 相変わらず塩見さんの食に関するこだわりは強いし、理論はムチャクチャだ。だけど、しんどい時にはお肉を食べると回復するような気がするっていうのは前に塩見さん流の焼肉に連れられた時に実感したし、疲れたときこそ肉っていうのは本当なんだろうなあ。


「さ、現場戻るぞ。5時半以降はチャイム鳴らねえからな」

「はーい」

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