マルチプレイヤーたちの72時間戦争

 山口から電話がかかってきた。今月の定例会は実家の方で用事が出来て行けなくなったから、山口に代理出席を頼んでいたのだ。向舞祭と夏合宿の報告、それから次の作品出展についての話がメインだった。

 次の作品出展こそが俺にとって大事な話。次が星ヶ丘の順番であることは4月に割り振りを決めたときからわかっていたし、向舞祭が終わった瞬間から考え始めていたから何の問題もない。山口からは改めて次ですよというお知らせと、細かい要項が知らされた。

 電車を乗り継ぎ星港に戻って来てからも、ひたすらラジオドラマのことばかり考えていた。電車の中ではネタ帳に思いついたことをメモしながらのUターン。地下鉄で降りる駅をとっくに過ぎてたっつって焦ったり。

 レッドブルを飲みながら台本を上げれば、それを監査である宇部に提出してゴーサインをもらう。部の上層部は自分がやらないクセして台本にいちゃもんつけて来るのがめんどくせえと思いつつも、守るべき品位とやらに見合う本を出す。


「――というワケで、さっそく作品出展用のラジオドラマの制作に入る」

「朝霞サン、これが頼まれてたSEね。確認しといて」

「了解。源、お前はラジオドラマの制作は初めてだし、ミキサーの仕事に関しては戸田に聞きながらやってくれ」

「わかりました」

「戸田、源を頼む」

「了解でーす」


 返事をするより先に立ち上がっていた戸田は、源を引き連れてさっそく機材の置いてある部室へと向かって行った。ちなみに、機材の使用手続きは俺が宇部に予め済ませてある。今の時期は誰も来ないだろうから後始末さえちゃんとすれば好きに使っていいとのこと。


「でだ、山口」

「はいは~い」

「お前の本格的な仕事は明日からだ。それまでに台本を読んで雰囲気を掴んでほしいのと、今回お前が担当するキャラクターは3人だから、各キャラクターの声を合わせる作業に入る」


 如何せん朝霞班は動かせる人員が少ない。女キャラクターは精々1人しか使えないし、他に制約がないことはない。ただ、制約がないと面白くないとも思う。俺も演者だし、ここでは山口の能力を如何なく発揮してもらうことを前提に本を書いている。

 山口には“ステージスター”に代表されるお調子者で明朗快活というキャラクターの他に、根暗でネガティブなクソ真面目というキャラクターがある。今は基本ステージスターの方の顔で人と接しているようだが、俺に対してはたまにステージスターでも、根暗でもない方の顔を見せるのだ。

 それは主にプロデューサーとアナウンサーとしての関係を逸脱して、俺を上から押さえつける必要がある場合に出て来る奴だ。あの“山口洋平”は顔つきからしてまずステージスターの面影はないし、声だって背筋が震えるような圧がある。


「ここの場面で7行目のセリフを、右と左で聞こえる声が違うみたいなことをしたい」

「それは機材の技術的な、と言うかつばちゃんとゲンゴローの管轄でしょ~」

「戸田に確認したら出来るって言ってたぞ」

「あ、確認は済んでるのね~」

「だから左がステージスターのチャラい声で、右がガチな声。あと1人は太く低く作る声で」

「了解でしょでしょ~」


 ヘッドホンで聞かなきゃわからないかもしれないけど、これは話を通す時には必須になる効果だから戸田にはしっかり念押ししてある。

 こう、話の上とは言え、ゾワゾワっとした物が背筋を駆け上っていく感覚と言うか、恐怖感? そんなものをスピーカー越しに伝えたい。それはガチった山口の声でなきゃ出来ないんだ。それをステージスターと合わせることで、より際立たせる。

 それから、俺には台本の確認の他にやるべきことがもうひとつ。先述の通りこの作品での俺はプロデューサーでありながら演者だ。向舞祭からはもうひと月程が経っていて、マイクを通して話す感覚もすっかり抜けていることだろう。


「そっか、朝霞クンの発声練習も必要だったね~」

「明日から収録だから、発声と読み合わせにも少し付き合って欲しい」

「って言うか、制作期間は何日間なの?」

「今日込みで精々3日だな。次の班長会議までに出来れば上げて欲しいって言われてるから」

「マジで!? 3日で完パケってしんどくない?」

「事前に準備はある程度済んでるし、収録は実質俺らの出来次第だ。編集に関しては半日もあれば出来るっつって戸田が」

「つばちゃん様様でしょでしょ~……でも、3日ねえ」

「そこで大学祭の枠についての話があるそうだ」

「もうそんな季節なんだね~」

「ラジドラはラジドラ、ステージはステージだ。マルチタスクにするのはあまり面白くない。出遅れてもいけないし。さ、そういうことだから、読み合わせやるぞ山口」

「は~い」


 1秒でも早くステージに向かいたい心を抑え、今は目の前のラジドラに集中する。これはこれで大事な作品だし、表現したいことだから。3色ボールペンを握りつつ、台本と山口の声に向き合って。

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