ショート・インスピレーション

 バイトの休憩時間にゼミ室に戻ると、美奈が来ていた。朝にはいなかったように思うが、どうやらここに来るまでの間に買い物をしてきたらしい。美奈は買い物が趣味のような感じで、季節が変わる度に服などを買い漁っている。

 女子としての感覚ではそれが一般的なのかもしれん。しかし、服を選ぶのが面倒だからと夏以外は同じ物を何枚も揃えた黒のタートルネックを着回すオレからすれば異次元の感覚だ。着飾るのを否定しているということではない。


「また買い物をして来たのか」

「綺麗な柄だった……つい……」


 そう言ってパチン、パチンと切るタグは、オレでも見たことのあるスポーツブランドのものだった。正直に言えば美奈とスポーツという事柄がまるで結びつかない。典型的文化系な上に、スポーツブランドの服をファッションに取り入れる訳でもない。

 美奈が買ったのは、鮮やかなピンクを基調とした花柄のウエストポーチだった。美奈が好きそうな色柄であるということはわかるが、恐らく使うシチュエーションはない。オレの中で、こういうのはランニングなどをするときに持ち歩くイメージだ。


「いつ使うつもりだ」

「……使うシチュエーションは、作る必要がある……」

「買い物の目的がどこかへ行っているではないか」

「……必要だから買うと言うよりは、買ってからどうするか……そういうパターンが多い……」

「ほう」


 服飾雑貨などの分野では特に言えるだろう。オレなどは劣化が激しくなったなど、本当に必要になってから買い物に出るかと考えるが、美奈の場合はとりあえず買いに出て、買った物で日々のコーディネートを組み立てていくのだ。

 このウエストポーチにしても同じで、色柄が好みだからというだけの理由で買った。買った物をどう活用するかはそれから考えるとのこと。しかし、何度でも言うが美奈にスポーツのイメージは皆無だ。


「たすき掛けのようにしても使える……だけど、そうする必要のある場所に出かける機会も少ない……」

「ランニングなどを始めればどうだ」

「いきなりランニングは、続かない……」

「学内にもトレーニング施設などがあるだろう。そこで筋トレなども出来るが」

「本格的な器具を使う……少し、ハードルが高い……」

「お前は本当に体を動かしてこなかったのだな」

「根っからの文化系……体育は、いつも憂鬱だった……」


 今でこそ大学に引き籠もってはいるが、オレは高校ではテニスをやっていたし元々体育会系だ。石川にしても中学では剣道、高校でも弓道をやっていたということで体を動かすことには今でも割と抵抗がない。

 しかし根っからの文化系の美奈はちょっとしたことでも苦手意識があるのか尻込みをしてしまうようだった。それならば、スポーツ以外でウエストポーチを使うシチュエーションを考える必要が出て来るのだが。


「買い物のときなどは、両手が空いている方が便利ではないか」

「それは、そう……」

「そういう時に使えばよかろう。お前が普段しているような買い物ではなくゼミの非常食を買いに出るような、ちょっとした買い物だ。現に今ラーメンが枯渇している」

「え……もう無くなった…?」

「まあ、こういう時間にオレが食ったのだが」

「補充しないと……」


 言うが早いか、美奈はスマートフォンと財布をポーチに移し替え、出掛ける支度を始めた。本来非常食のラーメンなどは買いに出るのも当番制だが、今回はオレがほぼほぼ食い尽したためバレないうちに実費で補填するのだ。

 向かうのはいつものスーパーセンター。何でも売っていて、見ているだけでも面白い場所だ。もしかすると、オレですら使うシチュエーションを後から考えることになるであろう物との出会いがあるかもしれん恐ろしい場所だ。


「食べたのは、ラーメンだけ…?」

「ああ。ラーメンだけだ」

「それなら、1ケースで証拠は隠滅出来る……。でも、こんなに早く無くなるなんて……」

「手の届くところにあったからな」

「車は……」

「オレが出そう」


 ごちゃごちゃとしたゼミ室から出れば、無機質な建物に鮮やかな花柄が映える。美奈らしい趣味だと改めて思うし似合ってはいるのだが、やはり使い道が迷走している感が否めん。


「今思ったのだが」

「……うん」

「美奈が飼っているのが猫ではなく犬であれば、日頃の散歩などでそのポーチも日常的に使えたのではないかとな。お前のウォーキングも兼ねて」

「……つまり……マリーを連れて、徹の家まで散歩を…?」

「はっはっは。それはいい。たまにはあの性悪を脅しておかんとな」

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