Serious trouble

 秋分の日の方の連休に向島大学のオープンキャンパスがあって、それに乗じて食堂で番組をやらせてもらうことになっているMMPであった。とりあえずは週1回を打ち合わせるなり練習するなりという活動日に設定した。

 実家に帰っている菜月さんこそ帰還はまだもう少し先だという風に聞いている。だけど、菜月さんは連絡も非常にマメにするし番組計画については全く問題ない。残る3ペアは果たしてどうなる。


「やァー、野坂とヒロは安定すね」

「うるせー律。菜月先輩と組んでるからって調子に乗りやがって」

「昼放送で菜月先輩と2期1年組んでた奴には言われたくないスわ」

「盛大なるブーメラン…!」


 ペアは厳正なるクジで決まったワケだけど、ヒロ・野坂ペアが予想を裏切らず苦戦しているようだった。そして菜月・りっちゃんペアは密な打ち合わせが出来ているのか、りっちゃんは余裕の様子。ん、それはいつもだったね。

 2年生ミキサーの3人に言わせれば、MMPのアナウンサーの中では菜月さんが最も楽をさせてくれるアナウンサーなんだそうだ。それと言うのも、打ち合わせを密にしてくれる、トークタイムは時間きっかり、曲を前もって準備してくれる、などなどの要素がその理由らしい。

 残る僕とヒロは自由気まま過ぎるところがミキサー泣かせだという。トークをしっかり練らないから飽きたり先が見えなくなったら逆キューで投げるところなどがそうらしい。三井はお小言が煩い上に、ふらふらしていて意外にサークル活動日にいなかったりもするのだ。


「何だかんだ言っても野坂さんはヒロさんと打ち合わせが出来るんですからいいじゃないですか。私なんて三井先輩が来てすらいないんですよ」

「これのどこが打ち合わせだ?」

「何やの、ノサカのクセに」

「ウルサイ! いいからお前は曲を考えろ。イントロを調べたりとかやることはたくさんあるんだぞ」

「はー……ホンマノサカはネチネチウルサイわ」


 ちなみに、僕は奈々と至極まったりとした打ち合わせをしているところだよ。夏合宿の時に野坂から「1年生を相手にするんだからいつものぐだぐだを何とかしてくれ」と釘を刺されていたんだけど、オープンキャンパスでペアを組む相手が奈々ならまだ適用だろうと。

 僕がぐだぐだなアナウンサーであるということは当然自覚している。だけど、こうも改めて2年ミキサーが男アナをめんどくさいと思っていたという事実を現実に突きつけられると反省しかないね。今更このスタンスを変えるつもりはないけれども。


「野坂野坂、ちッと自分のキューシート見てくだセーよ」

「ん? な、何だこれは! 事件だ!」

「野坂さん、どうしたんです?」

「見ろよこーた! 律のキューシートに線以外の記述があるぞ!」

「ナ、ナンデスッテー!? 本当じゃないですか! どうしたんですかこれは! 土田さんのキューシートに革命が起きてますよ」

「や、自分が本気出せばこれッくらいチョレーすわ」

「でもこれは凄いですよ」

「いつもは力を抜きまくっているということか…! 恐るべし律…!」

「つーか、野坂のキューシートが1秒単位に出来る理由と、今回野坂が苦戦してる理由を考えりャわかる話スね」


 野坂のキューシート、番組進行計画はとても緻密であることに定評がある。大体の人は大まかには10秒単位、いくら細かくても精々5秒単位くらいで書いているそうだけど、野坂のキューシートは、1秒単位で進行計画が練られているのだ。

 収録番組ならともかく、生放送でもそのスタンスは揺るがない。どうしてそんなことが出来るのかと言えば、トークタイムにブレのない菜月さんと長く番組を作っているからに他ならない。そして、今回のオープンキャンパスで緻密な計画が練れずに苦戦しているのも、そういうこと。

 りっちゃんのキューシートはMMP仕様であればそれこそ時間を示す横線しか引いてなく、文字も何も書いていないということがザラ。前述の通り、僕やヒロといった緩いアナと組むことの多いりっちゃんにとって、緻密な計画には意味がないんだね。反省するしかないね!


「自分はホントマジメに野坂はミキサーとしてのガチな苦労をするべきだと思ってンで?」

「まるで俺が普段から楽ばっかりしてるみたいに言いやがって」

「そりゃァー、菜月先輩と普段からやってりゃそれなりに技術は付きヤすし? いろいろ出来るとは思うンす? 夏合宿の時だって何やかんやマリンを野坂ナイズして上手~く扱ってヤした」

「何か棘があるな」

「でも、何が起こるかわからないっていう経験には乏しいンすよ」

「強く否定は出来ない」

「スよね? トークを1分でブチ切られたり、曲を持って来いっつってんのに曲を持って来なかったり、番組前に合わせたゲインが本番になって合わなかったり、その他諸々の当人たちにしてみりャ“気紛れ”で片付けられるようなミキサーへのムチャ振りっつーのも、野坂は知るべきス」

「土田さんの語り口から見るに、相当日頃から苦労してますよこれは」

「心なしかヒロと圭斗先輩がこそこそしているようにも見える……」


 ん、そりゃこそこそもするよね。寛大なりっちゃんがそこまで言うからには、普段から相当アレだったんですねと。反省はしてもスタンスをあまり変えるつもりはなかったんだけど、少しだけ改善してみようか?

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