心に翳した神様を

「アヤちゃん見てー! じゃーん!」

「すごーい! さすがたまちゃん! いよっ! 雨宮先生!」


 手元には、燦然と輝く新刊。新刊と言ってもうちの個人サークルの物じゃなくて、ノリと勢いで立ち上がった盟友・片桐さんとの合同サークルの物。いやあ、本当にノリと勢いって怖いですよね。ひと月ちょっとでしっかりとした本が出来ちゃうんだから。

 Chocolate Soul Musicというかわいらしい名前のサークルに決まったところで、じゃあどのイベントに出ようと話した結果、明日からのコミティカ合わせにしましょうとなって。あんまり先延ばしにしすぎると企画が立ち消えになるからって。

 片桐さんはうちの扱い方をわかってますよね。常に締め切りを抱えてたいし、その締め切りに余裕がありすぎてもいけない。もしも余裕が出来てしまえば生まれた余裕でもう1冊作る? くらいのことは余裕ですとも。


「どうして片桐さんみたいな神絵師がうちと本を作ってくれるんだろう」

「これはあれですよ雨宮先生、たまちゃんの作る物のクオリティがいいのもあるけど、行動力の要素が一番大きいんじゃない?」

「あ、アヤちゃんもやっぱりそう思う?」

「もちろん! 言うだけ言ってやらない神よりも、言ったことは必ずやる凡人の方が付き合ってて楽しいし」

「うちは言霊ってちょっと信じててさ、「こういうことをやりたい」って言うより「こういうことをやります」って宣言した方が実際に出来る気がするんだよね。希望とか願望じゃなくて、確定しちゃうと言うか」

「うんうん」


 片桐さんとの合同誌を一言で言うならハートフル×ハードボイルドおにロリみたいなよくわからない世界観のお話。うちは小説と簡単なイラスト、片桐さんは表紙と挿し絵、それから漫画を描いてくれた。

 うちがイベントに出ると結構な率で売り子をしてくれるのが、さっきから売り子のお礼にと先に渡した本をパラパラ眺めている玉置アヤちゃん。もちろんそれはコスネームとかHNで、本名は別にある。

 アヤちゃんもその界隈では結構有名なコスプレイヤーだったりする。写真集などをいただいたりするんですけど、本当にスゴいとしか言えなくて。って言うかそんな神がどうしてうちなんかと以下略とはよく思います。


「私ホントにたまちゃん大好き」

「えっ、どうしたの急に」

「だって、出すって言った本が出なかったことがないんだもん。オフだって充実してるのにいつ書いてるんだろうって。この世を生きるエネルギーに満ち溢れてるよね。私そういう人本当に大好き」

「“先輩”さんがそういう人だったんだっけ?」

「先輩も凄かったけど、たまちゃんも同じくらい凄いの!」


 アヤちゃんには高校の頃から憧れている先輩という人がいるそうだ。何でも、うちと同等かそれ以上のワーカホリックで、何か創作をしていないと死んでしまうんじゃないかってくらい常にペンを動かしていたと。

 高校の時にアヤちゃんはその先輩と付き合っていたとか。それも蝶よ花よとチヤホヤされた演劇部の演者としてのアヤちゃんが、全然ダメだと初めて酷評された脚本の先輩。先輩と2人で本を読み込みながら近付いた距離。(本にしたい話ですね。)

 今も胸元に揺れる学ランのボタンは、その先輩から卒業式の時に貰った物。向島エリアの星ナントカ大学に進んだ先輩を、誰からの情報も得ずに探し出すためにアヤちゃんは向島の星ナントカ大学の最高峰、星港大学に入ったんだって。


「うちからすればアヤちゃんの行動力も相当だと思う」

「それもこれも全部先輩が培ってくれたの! 先輩がいなかったらどんな役でも綾瀬香菜子のままだったの! その人物になるということを教えてくれたのは他でもない先輩だし、つまり私がコスプレ趣味になったのもそういうところから通じていて――」

「アヤちゃんからしたら神様みたいな存在だねえ」

「神様なのかな」

「わかんないけどね。だけど、演劇でもコスプレでもずっと心にはあるんでしょ? 先輩に恥じない姿であるように的な感じで」

「そうだね。いつ先輩と会っても大丈夫なようにしておかないと、とは常に。読書や映画、それから外に出歩くことでのインプットも忘れない!」

「いよっ、アヤちゃん!」


 うちにとってアヤちゃんが心にかざすような神様のような存在はなかなかないけれど、自分自身を信じて突き進むだけ。一度口に出したりウェブに乗せたりした言葉は力を持つ。そしてそれに厚みを持たせた物が本になる。


「ところでたまちゃん、明日って片桐さんは来るの?」

「片桐さんは忙しいみたくてまるっとお願いされたよ」

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