ご飯と恋愛の法則?

「いやあ、お待たせ」

「ん、三井も来たことだし、入ろうか?」


 MMPではサークルが終わりに希望者を募ってご飯に行くことがある。今日の参加者は3年生とノサカ。やってきたのは大学近くの食事処「たなべ」だ。学生に人気の店で、店内には店主が撮った学生の食事風景の写真が所狭しと貼られている。


「僕は今日も満腹に挑戦するよ」

「俺も満腹で」


 “満腹”というのは満腹セットのことだ。大きなチキンカツが2枚と山盛りのキャベツ、うどんまたはそばが2玉に大盛りのご飯の定食になる。それだけついて値段は890円。安くたくさん食べたい学生の味方メニューだ。

 MMPでは主に2コ上の先輩がいた頃までだろうか、ここに来て満腹セットを食べるのが登竜門のようになっていた。うちや圭斗も否応なく挑戦させられた思い出がある。今の2年生があまりサークル後のご飯に来ないからその文化は廃れたけど。


「三井、いい加減諦めたらどうだ」

「僕はそろそろ勝てると思うんだよね」

「満腹も恋愛も連敗記録だけが伸びる一方じゃないか」

「そ、そろそろ満腹も恋愛も勝つから…!」


 そもそも食事を勝ち負けで測ることがどうかと思う。ちなみに、うちも圭斗も1年の頃から数えて三井が満腹セットを完食しているのを見たことがない。いい加減諦めればいいのにというのは冷やかしでも何でもなく真面目なヤツだ。

 同じく満腹セットを注文したノサカは毎回余裕でそれを平らげる。ノサカの何がすごいって、うちが食べないご飯をさらにもらってくれる点にある。お前はどれだけ食べれば満足するのかと。同じような人種には緑ヶ丘に2人、星大に1人覚えがある。


「僕はカツ丼定食の温そばにしよう」

「うちはチキンカツ鍋定食、温うどんで」


 うちと圭斗が頼んだ定食にもごはんと味噌汁代わりのうどんまたはそばがついてくるのだ。うちは白いご飯が苦手だし、そんなに食べられないからノサカがいるときはノサカに譲っている。誰も困らないWIN-WINのやり取りだ。

 注文をすれば、出てくるまでしばし待つことになる。その間はくだらない話をしたりする。それはもう、本当にしょうもない話だ。三井の恋愛の武勇伝だとか、近くの弁当屋がどうしたとかそんな話を。


「はい、満腹2つ。カツ丼とカツ鍋も今持ってきますよ」

「はーい」


 各々の食事が揃ったところで、圭斗がいただきますの音頭を取る。これは、満腹セット勢にとっては勝負のゴングなのだ。そしてノサカには毎度お馴染みのハンデが与えられる。そもそもノサカにはこの程度、勝負ですらない。


「ノサカ、うちのご飯を食べてくれ」

「ありがとうございます! あ、よろしければ後ほどデザートのミカンを半分こしますか?」

「いや、どうせ三井が余らせるからそれをもらう」

「だから菜月、僕は今日こそ勝つって何回言えばわかってくれるの」

「じゃあ本当に勝ってみせればいいじゃないか。そんなに自信満々なんだ、負けたらうちの分は出してくれるんだろ?」

「じゃあ、負けたら菜月の分は出すよ」

「よし! 一食浮いた!」

「ん、菜月は相変わらず財布を叩くのが上手いね」

「これが菜月先輩の処世術…!」


 それからはごくごく普通の食事の風景だ。時折店主が三井を冷やかしに来たり、写真を撮りに来たり。お前たちの先輩を最近見ないなとかそんな話だ。店主に顔を覚えられているくらい来ていると、ここの味が舌に馴染んでしまっている。うどんのつゆがうまーなんだ。


「三井、ミカンはもらってくぞ」

「どうぞ~……」

「さすが菜月先輩、見通しが素晴らしいです!」

「ん、三井は今日も勝てなかったね。そして野坂の食べっぷりはいつ見ても素晴らしい。ハンデがあってもこれだしな」


 結局、三井は白いご飯とうどんが残ってしまって連敗記録がまた伸びた。デザートのミカンはうちがうまうましている。


「三井とノサカの格の違いが浮き彫りだな。まあ、三井は今後恋愛で勝てることもないということで」

「胃袋の容量は学習したし、恋愛はまだまだこれからだよ。野坂はきっと恋も余裕なんだろうなあ、羨ましい」

「な、何を言うんですか唐突に!」

「ん、珍しくカウンターが決まってるね」

「見苦しいぞ三井。あ、わかってるだろうけど」

「わかってま~す」

「ゴチでーす」


 サークル後の食事は時々戦いだ。いや、勝負を挑まなければごくごく普通の食事だけど。ご飯は美味しくうまうまして、出来るだけ残さないように。無理なく食べるのが一番うまーだ。


「よーし、790円は大きいぞ」

「菜月さんの節約術がさすがすぎるね。だけど、菜月さんに貢いでいる間は恋愛の勝利は訪れないだろう」

「さすが圭斗先輩です!」

「ん、何がかな?」

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