律儀・堅気・難儀

「おーい千景、そっち品番何だった」

「MAJ71812のGPですー」

「うーい。ミヤ、検品票貼っといて」

「はーい」


 フォークリフトに乗って颯爽と現れたのは、俺がバイトしてる倉庫の社員、塩見拓真さん。今日は出荷作業はないけど荷下ろしの作業があって、俺はトラックから延々と荷物を下ろしてはパレットに積みを繰り返している。

 塩見さんは今26歳で、社員としては5年目。アルバイトから社員登用されて、とにかく仕事が出来る人。あまりに仕事が出来るから、早く仕事が終わった日には「2時間有給もらいまーす」って言って帰ることもあるくらい。


「塩見さんあと何台分ですかー?」

「あと2台だけど、遅れてるっつーからお前ミヤと一緒に検品票貼っててくんね。終わったらお前は休んでていいし、ミヤは帰していいから」

「わかりましたー」


 ミヤと呼ばれたのは、人材派遣で来ている伊東さん。伊東さんは緑ヶ丘大学の4年生で――って言うかカズの姉さんで、この会社には俺がバイトを始めるより早く派遣で呼ばれてたベテランさん。

 バイトを始めたばかりの頃は従業員の人もそうだけど、現場の細かいことは伊東さんから教わったりもした。細やかな気配りみたいなことは特にね。倉庫にいる男の人に比べると、やっぱり女の人らしい目線だなと思うこともある。


「伊東さーん、検品票分けてくださーい」

「あっ、ちかちゃんも貼る?」

「はい。何か、次のトラックが遅れてるみたくて。これが終わったら伊東さんは帰っていいみたいですよ」

「あ、オミさんが言ってた?」

「ですね」


 オミさん、オミというのは塩見さんの愛称。主任さんが呼び始めたのを機に一部の人の間で使われるようになった。今もフォークリフトで構内を走り回る塩見さんを、主任が「オミー!」

と呼び止める声が響いている。


「塩見さんて謎に包まれてますよね。仕事が出来て筋を通す通さないにこだわる人なのは知ってるんですけど」

「律儀な人ではあるよね。ほら、オミさん普段ピアスしてるけど現場ではしてないじゃんね」

「えっ、ピアスですか?」

「ホール空いてるよ。こないだご飯行ったときに聞いたんだけど、現場でそんなのしてたら異物混入のリスクが高まるから外すって言ってたんだよね」

「プロだなあ」

「プロだね」


 今さっき荷下ろしした箱に品物の品番や何かが書かれた検品票のシールをペタリ、ペタリと貼って行く。箱にも品物の品番やカラー、それからサイズなんかは書いてあるから検品票と間違いがないように……って!


「わっ、危ない」

「どしたのちかちゃん」

「GPのパレットにGTのケースが混ざってました。ちょっとまずいなあ。伊東さん、今まで貼ったのも確認してもらっていいですか? 俺、塩見さんに報告してきます」

「お願いしまーす」


 塩見さんはどこかなー。フォークリフトの音がする方に行けばいると思うんだけどなー。あっ、いた。


「塩見さーん」

「おう、どうした千景。終わったか?」

「あ、いえ、GPのパレットにGTのケースが混ざってて」

「マジか。何ケースだ」

「あっ。えーと、全部で何ケース混ざったかは今から見ないとわかりません」

「……まあいい。俺も行くから全部確認するぞ。ったく、連中全然チェック出来てねえじゃねえか」


 ウィーンとフォークリフトを旋回して、検品票を貼っている現場に舞い戻る。俺はそれについて走る。

 検品票を貼る前には何が何ケース積まれていて、同一品番の同一カラー・サイズで統一するパレットの場合は違う物が混ざってないかを確認する。その確認作業は人材派遣のおじさんにお願いしていたんだけど。

 パレットの周りをぐるぐる回りながら、塩見さんはひとつひとつ間違いがないか確認していく。時折混ざる舌打ちがすごく怖い。目付きからして堅気じゃないもんなあ……そういう人、何人か知ってるけど塩見さんの怖さは三本の指に入るもん。


「チッ、この調子だとGTの側にもGPが混ざってんな。千景、検品票貼りは中断だ。ミヤ、GTに混ざってるGPを洗い出してくれ。千景、お前は見つかり次第積み直しだ。俺はあの人材シメてくる。挨拶もしやがらねえし勤務態度がなってねえ」

「了解でーす」

「わかりましたー」


 一瞬の沈黙の後に、伊東さんがポツリと「オミさんがシメるとか言うとシャレにならないよね」と。俺はそれに頷くことも否定することも出来ずに「あはは」と濁して笑うしか出来ず。だって怖いんだもん。えーと仕事仕事ーっと!

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