サンライズ・アライズ

「では、改めて行くか」


 夜が明けてすぐ、私たちは西へ向けて走り出した。4時半に始まった今日という日を24時間過ごすことを目的に。まずは「そうだ、西京行こう」というノリで目的地を西京エリアに設定した。

 今日はリンの誕生日。リン本人はどう思っているかわからないけれど、少なくとも私にとってはいつもより少し特別な日。用意していた紅茶の茶葉は、いつでも渡せるようにしてある。


「しかし、勢いで西京へ行くことにしたのはいいが、西京で何をする」

「……お寺巡り…?」

「まあ、それが無難か」

「それと、買い物……」

「お前が買い物と言うと少し怖いぞ」

「……加減は、するつもり……」


 さすがにリンと一緒では普段しているようなファッションやコスメ中心の買い物は出来ないと思うし、しないと思いたい。それを断言出来ないのは、これと言う物を見つけてしまった場合に、我慢出来る気がしないから。

 そもそも、午前4時半にそういう話になるのも勢いだと思う。魂の解放ではないけれど、音に乗せて拡散した思念。少しだけ荷を降ろして軽くなった肩がそうさせたのかもしれないし、海岸という場所の効果もあったかもしれない。

 後部座席には、リンの相棒とも言えるキーボード。今日は眠れなかったようで、弾きに行っていたのだ。今頃、研究室の床では徹がまだ眠りの淵にいると思う。出かけますと書き置きはしてきたけれど、不安は残る。


「美術館や博物館があれば、それを見たい気持ちもある……」

「買い物よりはオレもついて行きやすそうだな」

「それじゃあ、お寺の後で、少し……」

「ああ、そうするか。どこに行くかはお前が決めておいてくれ。オレはハンドルを握ることに集中する」

「そうして……」


 法定速度よりいくらか速いリンの運転では、西京につくのもきっと時間の問題。何時に着くかによってコースは変わりそうだけど、商業施設や美術館などの施設は営業時間や開館時間の都合がある。お寺を最初にするのがよさそう。

 そこからどう巡るのが効率的なのかを考える。旅の中にある無駄を楽しむのも悪くない。だけど、やりたいことがあまりにも多すぎて。お寺も、買い物も、見学もとなると、効率を重視する必要も出てくる。

 私は時折リンにミントタブレットを渡しながら調べ物を続けた。めぼしい施設を見つけると、「ここはどう?」と訊ねて。芳しい返事があれば、その場所をマークする。現実的に回れそうであれば、ルートに組み込んで。

 まるで夢のよう。突如始まった現実からの逃避行のようにも思えた。6月29日という非現実は、私の魂をも解放しようというのか。尤も、何に縛られているでもないのだけれど、向島の外に出てリンと2人きりになったことで、普段と気持ちが違うことは確かだった。


「ところで、西京はパンが美味いそうだな」

「そう、なの…?」

「ああ、そうらしい。適当な店をピックアップしてくれ」

「わかった……」


 そう言えば、リンはパンが好きだったなと思い出す。普段は面倒なのか同じ菓子パンかバイト先でもらってくるロールパンばかり食べている印象がある。ご飯と言うよりは確かにパンだな、と思った。

 リンが好きそうなパンは、総菜パンよりは菓子パン。きっとそう。旅先で外れたたがが、普段よりもグレードの高いパンに手を伸ばさせるだろうか。私は自分が甘い物を食べられないことも忘れて甘い菓子パンのある店を調べ続けた。


「リン……通り道に、バターロールが評判の店が……」

「本当か。では、そこへ寄ろう」

「それと、私は一応、徹にお土産を買おうと思う……」

「アイツの機嫌など窺わんでもよかろう」

「でも、一応……有名なショコラティエのお店を見つけたから……」

「まあ、お前がそうしたいのであれば好きにすればいい」


 もうしばらく走らせれば西京が視野に入るぞ。そう言ってリンは周遊コースをまとめるように促した。貴方とならばどこへでもという一次的な欲求が、貴方と何がしたいかという欲求になったとき、現実と妄想がせめぎ合って取捨選択を迫ってくるのだ。

 要は、私はまだ周遊コースを決め切れていないということ。リンからのリクエストであるパン屋は外せないのだけど。もしかしたら後は場当たり的に変えていくこともあるかもしれない。よく言えば、柔軟な対応。


「美奈、オレのスマホにやたら着信が入っているようだが」

「……名前、読み上げる…?」

「いや、見ずともわかる。今日はこのまま無視し続けるつもりだが、この調子だと電池が切れるな」

「ケーブル、挿しておく……」

「悪いな」


 通信端末の電源は切っておかないと、否応なしに現実に引き戻されるのが……。

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