今の自分にできること

 ステージの上では沙都子が着ぐるみと一緒に歌い踊っていて、子供たちがそれを真似しながら歌って、踊っている。ここは星港市の植物園。ここでは毎年青女のサークルが子供向けのイベントをやっていて、今日がその当日。

 青女の植物園ステージは、2年生がメインになって企画している。学年が上がる前から準備や練習をして今日に至っているのだ。そう考えると、同じ2年生なのに凄いなあと、素直にそう思うのだ。

 定例会で顔を合わせている直から、良かったら見に来てほしいと言われていた。カズ先輩からも定例会学じゃないけど、いろいろ見とけとは言われていたから足を運んでみる。その結果、圧倒されているのだ。


「あ、L。来てたのか」

「野坂。お前は」

「俺らは大道具の搬入とかの手伝い。俺個人はこれから昼放送の収録があるから大学に行くんだけど」

「ああ、そうなのか。でも、青女は凄いよな。実際にこんなイベントをやってるし」

「それな」


 野坂の他にはヒロとこーたが手伝いという体で来ているらしい。2人は辺りを回っているのか休んでいるのか、都合で一足早く解散している野坂とは別行動をしているそうだ。ただ、俺が来てからヒロとこーたは見てないし、ステージを見てるのは野坂だけだなこりゃ。


「お前は何でまた」

「俺は直から良かったら見に来てほしいって言われてたし、後はあれ」

「あれ?」

「定例会でさ、カズ先輩から現実を突きつけられて。で、俺には何が出来るのかっていうのを少しずつ考えなきゃなーと」

「現実とは」

「今の定例会って2年が3人しかいないだろ。だから、今いる3人が次の三役に自動で繰り上がる可能性が極めて高いっていうな」

「ファー! そう言われりゃそうだな!」

「俺にはまだ何も出来ないにしても、いろいろ見て、知っとくことって大事だと思うんだ。多分来年に生きる」


 MBCCではたまに音声作品のコンクールなんかに作品を出したりしているけど、こうやって青女のステージみたく、一般の人の前で何かをやるということはそうそうない。精々やって学祭のDJブースくらいで、こないだのファンフェスが実質初めてのようなもの。

 技術的にもまだまだペーペーだし、意識もまだまだひよっこだ。だけど、1年の猶予を持たせてもらっている。自分のこと、MBCCのこと、インターフェイスのこと……それぞれをどう見て、どうしていくのかを考えながら。

 ――という話を野坂にすると、「はえ~」と間抜けな顔をして感心している様子だった。と言うか野坂も今は対策委員の議長としてバリバリやってるんだから、「はえ~」なんて他人事のような声を発している場合ではないと思うけど、どうなんだ。


「野坂、対策委員はどうなんだ」

「……いや、なかなかにしんどい。L、お前は身近にいる先輩に恵まれている」

「まるで向島が恵まれてないみたいな言い方じゃないか。なっち先輩もいるし、圭斗先輩だって」

「ここだけの話、対策委員の会議に三井先輩が乱入して来てて、最近めっちゃ空気がヒリヒリしてんの」

「マジか」

「何か、初心者講習会のことで指図してきて。つばめとなんて一触即発だしさ、マジでヤバい。会議の場でケンカをしに来てるワケじゃないしさ、場を荒れさせないようにするだけで精一杯だ。議長の仕事って、何なんだろうな。自分の非力さを日々痛感してる」

「お前も大変だったんだな」


 野坂は野坂で日々戦っているようだった。緑ヶ丘では果林がよく沸騰しているのを見ていたけど、果林がわーわー言ってるのなんていつものことだから、そんな大変なことになってるとは思いもよらなかったワケで。


「わっ、いっけね。そろそろ大学に行かないと」

「あー、もう行くのか。えっ、誰との番組?」

「菜月先輩」

「そうか。なっち先輩によろしく」

「ああ。なあL、ここからだったら向島大学にってどうやって行くのが早くて安い?」

「いや、普通に地下鉄で定期の範囲に入れよ。何でわざわざ環状線使おうとした」

「あ、そっか。サンキュー。じゃ、俺は行きます」

「じゃあな。対策頑張れ、応援してる」


 バタバタと駆けて行った野坂を見送り改めてステージに目をやれば、MCはKちゃんに変わっているけど着ぐるみは相変わらず。何気に重労働なんだろうなと思う。それに今日は暑い。大丈夫かな、ちゃんと水分とってんのかな。

 今の俺にはきっとまだ何も出来ない。だけど、来年の今頃には誰かの力になれるようになっているだろうか。それを少しずつ考えるための1年間。知識や経験、実際の力も積み上げながら。とりあえず、直には後でスポーツドリンクを差し入れよう。

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