その舞台は誰がために

「あっ、裕貴ー。いたいた。あっ、雄平も一緒なんだ」

「お、水鈴。来たか。雄平とはたまたまそこで会ってな」


 遠くから声がするなと思ったら、水鈴だ。どうやら俺にではなく俺の向かいでお茶を飲むこの萩裕貴に用事があったらしい。俺と裕貴、それから水鈴は放送部の同期だ。尤も、その立場は月とすっぽんのような感じだけど。

 俺は流刑地と呼ばれたはみ出し者の班に事実上幽閉されていたけど、裕貴は前の監査として部を切り盛りしていた。今では星ヶ丘大学文化会の監査を務めている。水鈴は今も昔も自由気ままにやっている。


「え、お前ら待ち合わせてたのか」

「ああ。水鈴から俺に話と言うか、質問があるとのことで」

「じゃあ、俺は外してた方がいいか」

「水鈴、雄平がいても問題ない話か?」

「全っ然平気」

「――だ、そうだ。話の内容によっては雄平の方が客観的に聞けるかもしれないし、それならばいてもらった方がいい」


 新しいお茶を酌んで来れば、改めて水鈴の話が始まる。


「ねえ裕貴、こういうのって裕貴の管轄なのかどうかわかんないんだけどさ」


 そう言って水鈴はスマートフォンの画面を裕貴に差し出した。そこに写っていたのは、星ヶ丘大学の放送部がファンタジックフェスタでステージイベントをやりますよという内容のポスターだ。

 水鈴のスマホを片手に、裕貴は画面をくまなく睨み潰している。眉間の皺は10円玉を挿しても落ちて来なさそうなくらいには深い。そして溜め息をひとつ。スマホをスッと差し返したかと思うと、カバンからノートを取り出して何かを記す。


「これは俺の管轄だな。それで、質問とは」

「これ、多分事務所ホームページに載ってるアタシの宣材写真だけど、事務所通してるのかなこれ」

「まず通していないだろうな。このポスター自体、文化会印の押していない非認可広報物に当たる。このような物を掲示することがまず文化会規約に反する」


 水鈴は部活を引退する前から公募でステージMCの仕事をしていたけど、今ではちゃんとしたタレント事務所に所属して学業と仕事の両立をしている。仕事というのはステージMCであったりテレビのリポーターの仕事だったり、いろいろ。

 放送部の出しているファンフェスのポスターには、放送部の顔として水鈴の写真が堂々と使われていたのだ。所属していたことには間違いないけど、引退した人間の写真を使うのはどうかと思う。それに、水鈴が放送部のステージに立つ予定はない。


「裕貴、こういうのを掲示するときって部サイドでもチェックは入れるんじゃないのか」

「普通は監査がチェックを入れるはずだ。これを見逃すような監査なら、正直いる意味はないが」

「監査をパスして誰かが独断でやってる可能性は」

「その可能性が高いだろうな。水鈴、このポスターはどこに掲示されていた?」

「アタシが見たのは駅前のコンビニ。洋平は区立図書館前の寿さし屋でも見たって」

「わかった」


 言うが早いか、裕貴は自分のスマホを取り出して電話を始めてしまった。こんなとき、文化会のお偉いさんというのも大変だなと思う。それも、裕貴自身部長だったワケでもないのに部長会に出続けた結果の出世なのだから。


「……それを聞いた瞬間全てが見えた。早急に全てのポスターを撤去するように。明後日までになされない場合の処分は後日通達する。以上だ」

「裕貴、もしかして部活の子に電話かけてた?」

「監査にこういう事案が発生している旨を伝えてポスターの即時撤去を指示した」

「で、宇部は何て?」

「ポスターの存在を知らなかったようだ。それと、何か問題があったときは大抵朝霞の所為にしろというのが日高のやり口のようでな。今も恐らく部室にいるから表面上はそのように言っていたが、実際そうではないことは話し方でわかる」

「つーか謹慎食らってる奴が自分がやれもしないファンフェスのステージを宣伝するかね」


 裕貴は宇部から、水鈴も洋平から放送部とか朝霞班に関することは聞いていたらしい。流刑地の班がインターフェイスの側でファンフェスに出ることは例年通りとして、急に入って来た放送部としてのファンフェスステージや、それを巡る動きなんかを。


「雄平、朝霞はどうしてる? 怪我をしたと聞いたぞ」

「怪我はアイツの自滅だ、何てこたねーよ。しばらくはインターフェイスに集中して大人しくしてるんじゃないか?」

「元気ならいいのだが」

「あっそうだ雄平、裕貴、アタシね、仕事でファンフェスのステージには出るんだよ」

「放送部とは関係なくか」

「ファンフェスって公園の北と南に2つのステージがあって、放送部はアタシと反対側でやるんじゃないかな。あっ、良かったら見に来て」

「わかった。雄平、見に行かないか。ついでに放送部のステージも見ようと思う」

「それなら俺もインターフェイスのDJブースを冷やかすかね」

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