海沿いの洋食屋さん

「ここだ。バレーナ・ビアンカ(balena bianca)」

「ひゃーっ、すごい建物ですよ! えっと、もう少し眺めることって」

「そういうのは個人的に来てやってくれ。入るぞ」

「あっ、待ってくださーい!」


 今日は林原さんと一緒に出掛けている。世間ではゴールデンウィークに入ったけど俺は向島に出てきたばかりだから帰省をする予定はない。こっちにはどういう場所があるんだろうっていう探索もまだ出来ていなかったから、林原さんにいろいろ教えてもらうことになった。

 星港市の町なかを抜けて、海沿いの一本道を通ってやってきたのがここ、西海市にあるバレーナ・ビアンカという洋食屋さん。林原さんが情報センターとは別にアルバイトをしているという店で、お茶でもしようと連れて来てもらった。


「バレーナ・ビアンカってどういう意味なんですか?」

「イタリア語で直訳“白鯨”だ。昔は鯨肉なども扱っていたそうだが、今ではごく普通の洋食屋だ」

「へー。それにしても、中も凄いですよねー。時代を感じますー」

「建物ばかり見ていないで、メニューを見ろ」

「あっ、すみませーん。あっでも林原さんは」

「オレはもう決まっている。ベルのタイミングはお前次第だ」


 そっか、一応ここで働いてるからいちいちメニューを見なくたって何があるのか知ってるのか。慌ててメニューを開くと、目に飛び込んで来たのは美味しそうなカニクリームコロッケ。ツメがコロッケから出てる豪華なヤツ。

 ……じゃなくって。ご飯は先にカツ丼を食べてきたから、飲み物とデザートだよね。でもカニクリームコロッケが気になるな~! じゃなくってお茶とデザート! 何かさ、いちいちオシャレなんだよなあ。お砂糖もこれ、茶色いし。


「決めました! アイスカフェオレとコーヒーゼリーにします!」

「そうか。では呼ぶぞ」

「お願いしまーす」


 実は、お店に入る時からコーヒーゼリーが気になってたんだ。多分テイクアウトも出来るのかな、レジの前にケーキ屋さんみたいな感じでケーキやゼリーが並べられてたんだよね。コーヒーゼリーが美味しそうだなーって。今日もちょっと暑いしつるっと食べやすいだろうなーって。


「ご注文お伺い――って林原くん何やってんの!?」

「何とは。上野、見てわからんか」

「えっ今日ピアノじゃなかったっけ?」

「明日だ」

「あ、そう。まあいいか。ご注文は?」

「ロイヤルミルクティーとティラミス。で、川北」

「あっ、えっと、アイスカフェオレとコーヒーゼリーでお願いしますー」


 そう言えば林原さんはここでアルバイトをしているって言ってたんだから、働いてる店員さんとも顔見知りのはずだ。注文を取ってた女の人は林原さんが普通にお客さんとして来ていたことにかなりビックリしてたみたいだけど。

 ここで気になるのは、情報センターでも受付適性が皆無だと自他ともに認める林原さんが、こういう洋食屋さんでどんな仕事をしているのかということ。ホール? いやいやまさか。それとも厨房なのかな。


「林原さんて、ここでどういうことをしてるんですかー?」

「オレの仕事はアレだ」


 そう言って林原さんが指さした先には、大きくて、真っ黒でピカピカのグランドピアノ。その上には「ピアノ生演奏(19:00~21:00)」と書かれた看板が吊り下げられている。どうやらこの店にはディナータイムにピアニストさんが演奏をしてくれるそうで。


「――って、えーっ!?」

「うるさいぞ、店の中で叫ぶな」

「すみません。ビックリしちゃって。えっ、林原さんがディナータイムにピアノを弾いてるんですか?」

「週に1、2度だ。もちろんピアニストはオレだけではない。持ち回り制になっている」

「ひゃーっ、凄いですー」

「何故かこの店のオーナーに気に入られて拾われた結果だ」


 頼んだ物が出て来て、改めていただきます。あ~、コーヒーゼリーはコーヒーって感じだ。味が濃い。こういう店だから、きっとコーヒーも一杯一杯豆から挽いてるんだろうなあ、想像だけど。林原さんのティラミスも美味しそうだなあ。


「林原さん、ここってごはんも美味しいですか?」

「ああ。オレはまかないで食うことの方が多いが、付け合わせのポテトサラダが美味くてな。それと、パンが美味い」

「俺、カニクリームコロッケが気になっててー。ハサミがジャキンって出てて、ザ・洋食って感じじゃないですか」

「カニクリームコロッケは美味いぞ」

「あー、やっぱり。建物も気になりますしこれは改めて来いということですね。値段はちょっとしますけど、きっとその分美味しいんですよね! よーし、初任給で食べに来ます!」


 目標が出来たことで、またバイトも頑張れる。建物探訪にカニクリームコロッケ、それからディナータイムの演奏と。次からはちゃんと自分で来れるように場所と道をちゃんと覚えておかなきゃ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る