美味しい恵みが押し寄せる
「うーい、リンー」
「何ですか」
「1、2高飛びすっからあとよろしく」
「わかりました。報酬は弾んでくださいね」
ゴールデンウィークを抜ければセンターの忙しさも一段落するとかで、ここが踏ん張り時。センターで繰り広げられる謎のやりとり。春山さんと林原さんだというのが怖さを増幅させるけど、言ってることは何てこたないと信じていたい年頃。
「林原さん、高飛びって、春山さんは悪いことをして逃げるワケでは……」
「ああ、この人はとうとうこの場にいられなくなるほどの罪を犯して逃亡をだな」
「ナーニ言ってやがんだこの野郎。ただの帰省じゃねーか」
「オレなりのユーモアのつもりでしたが何か問題が」
「問題大有りだ。爆買いしてこねーぞ」
「それとこれとは別件じゃないですか」
ゴールデンウィークの頃は飛行機も高くなるけど、それでも帰りたいから帰るのだと春山さんは言う。1、2は高飛び、というのは「北辰の実家にいるから平日のセンターはよろしく」ということだったらしい。
ところで林原さんなりのユーモアと言うか、そういう冗談を言う人だったんだという驚きもちょっとありますよね。冗談の通じない人なんだろうなっていうイメージがちょっと強かったから。
「ああ、ところで春山さん、爆買いの件ですが」
「何だ、催促か」
「ええ、催促です」
「聞くだけ聞いてやるよ、何だ」
「先日、川北が北辰の物産展でいつものメロンゼリーを買って来たんです。みんなで分けて食おうとここの冷蔵庫に入れていたら、春山さんからだと思った土田にほぼ全部食われたということがありまして」
「そうか川北ァー、ゼリーを買ってくればいいんだなー」
「えっ、でもそんな」
「気にするな。春山さんが帰省する度空港で爆買いするのは定期イベントだ。頼めるうちに頼んでおけ」
「それじゃあゼリーをお願いしますー!」
「よーし、気合い入れて買ってくるぞー! わーしゃわしゃわしゃ」
「あはははっ」
春山さんの差し入れだと思われてほぼ全部食べられてしまったゼリー。林原さんが残り1コだったそれを俺に譲ってくれたのはこういうことだったのかと理解したところで春山さんの爆買いの勢いとは、ってなってる。
林原さんはあれとこれとって食べたい物を注文しているし、春山さんもテメーも何かよこせよって言いながらメモしている。北辰って食べ物がおいしいって言うよね。北の大地のおいしい恵み~なんて言ってさ。
「北辰だったらお菓子ばかりじゃなくてじゃがいもなんかもきっとおいしいんですよねー! ほくほく~ってして」
「……川北、この人にじゃがいもの話題は厳禁だ」
「えっ?」
「南で芋農園をやってる親戚がよォ、送ってくるっつってんだよなァー。季節はもう始まってんだよなァー。ちなみに北辰の芋の季節は7月から8月なんだよなァー」
「芋を送ってこられても、オレは知らんぞ」
「川北、お前、芋は好きか?」
「えっと、好き……ですけど、えっとー……」
「哀れ、川北。芋に埋もれて死ぬ運命を辿るのか」
何が起こるのかわからなくて怖すぎる。目の前にクエスチョンマークばっかり浮かんでぐるぐるーって混乱してる。とりあえず、じゃがいもの季節に何かが起こってしまうんだろうなーって。
林原さんに説明と助けを求めても、オレは知らんの一点張り。きっと林原さんは去年とんでもない目に遭ってるんだろうな! 一言、お前が思っているようなスケールの話ではない、とだけ忠告をもらえたけれど。
「まあ、一人暮らしであれば芋が降っても困るばかりではなかろう。今のうちにじゃがいもの保存法や調理法を学んでおけばある程度ダメージは軽減されるだろう。最良の手段は芋に需要のある友人を作ることだ」
「川北、ゼリーと芋以外の注文も今なら受け付けるぞ」
「えっと、お土産の話ですよね?」
「だな」
ゴールデンウィークの終わった後が本格的に怖くなってきたところで、この話はおしまい。あのゼリーを買ってきてもらえそうなのは本当に楽しみだ。でも、俺は帰省する予定はないしもらうばっかりになりそうなのはいいのかなあ。
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