ピン留めメモリー

 ファンフェスが近いということで、定例会の回数も地味に増えていた。忙しくないときは月1のそれが、今は週に1回集まっているような感じ。今日も今日とて会議は開かれていて、各班の状況や当日の動きなどを確認していた。

 俺はカズ先輩から言われたように、自分でももう少しちゃんと考えながら会議の様子を見ていた。言ってしまえば2年生は3年生の様子を見て勉強するのが仕事のようなもので、今は意味が分からなくても来年の今頃理解出来ていればいい。


「それじゃあ、今日はこれで解散します。また来週」

「お疲れっしたー」

「伊東、来週はちゃんと定刻通りに来てくれないと困るよ」

「来週は迷わないように頑張る」

「そろそろナビを信用したらどうだい?」


 ――などと、会議が終わればみんな思い思いに動き始める。迷わず直帰する人やショッピングには間に合うだろうかと考える人、それから、ご飯に行こうという話になる人まで。パターンはいろいろある。

 俺はと言えば、定例会終わりは青女の直と飯を食いに行くのがお決まりのコースになりつつあった(先週はイレギュラーだったけど)。目的地は、ガラス張りのエレベーターが中会議室のある6階から1階に着くまでの間に考えるのだ。1のボタンを押しました。


「直、今日は何食おうか」

「先週がイタリアンだったし、ボクの都合で申し訳ないんだけどお昼がうどんだったから麺類はちょっと」

「あ、そう言えば来るときに気になってたんだけど、この近くにチーズの店があるんだって」

「チーズの料理が食べられるような感じなのかな。いいよ、行ってみよう」

「じゃ、決まりで」


 ちょうど1階に着いて、扉が開く。駅の方に歩いて行けば店は見つかるはずだ。


「カズ先輩がさ、道に迷いながら良さそうな店を結構見つけてるんだよ」

「へえ、道に迷うのも悪いことばかりじゃないんだね」

「でもさ、迷ってるから良さそうな店を見つけても二度と辿り着けないっていうな」

「あはは。見つけた瞬間調べるかマップにピンを刺さなきゃね」

「それな。で、大学近くの場合は大体高崎先輩が道を網羅してるから、今度先導して~って泣きついてんのな」

「高崎先輩、道に詳しいんだ」

「あの人、バイトがピザの配達だし1回走ったらもう覚えるんだよ」

「1回走ったら覚えるのは凄いね。ヒビキ先輩は1回食べた物の味を正確に覚えて他の子に説明したりしてるけど」

「それはそれで凄いって。冒険する前に教えてもらえたら心の準備も出来るし失敗を防げるじゃんな」


 気付いたらその洒落たチーズの店の真ん前。2人ですと店員に言えば、そのように案内してもらえる。で、席に着いてからもお喋りは絶え間なく続く。サークルじゃ存在感がないだの何だのと言われるけど、MBCCの連中が濃すぎるだけだし俺も喋るときは喋る。

 店の雰囲気はバーのようにも見えた。何か薄暗くておしゃれで。チーズ専門店だけあってワインのメニューが豊富だ。ああ、駅からアパートまで原付で帰らなきゃならないのが辛い。原付に乗らないなら絶対飲んでるのに。仕方ない、今度ムトーさんが帰って来たときに賭けよう。


「と言うか、学生がこんなラフな格好で来てもいいような店だったのかな」

「直は全然いいだろ、きれいなブラウスだしパンツも決まってんだから。俺なんてゆるいTシャツにサルエルだぜ?」

「ま、まあ……メニューの価格帯を見ればお呼びでないワケでもなさそう……だよ、ね?」

「そ、そうだよな…?」


 あはははは、と2人して空笑い。いやあ、マジでノリだけで行き先を提案したけど今度はビルの周りの店をざっと調べてからにしとこう、マジで。チェーン店以外はそれが怖いんだよなあ。良さそうだと思ったら何かすげー高いとか。

 ただ、今日の店もいつも行くような店と比べるとやっぱりちょっとばかし値段はお高めなので、頼むのは少し控えめに。い、いいんだ。パイとキッシュの盛り合わせなんてほら、めっちゃ美味そうじゃんな。


「あっ。って言うかさ直、見てこれ。ランチめっちゃ良さそうじゃね?」

「あ、本当だね。バゲットにサラダ、スープとコースごとにお惣菜だったりパイだったりするんだ」

「俺カレーのセットが気になる」

「モッツアレラカレーは美味しそうだね。ランチメニューは全部1000円なんだ。L、今度ランチのときに来てみる?」

「だな。そうしよう」


 ランチの時に来る約束になったところで、始めるのはスケジュールの擦り合わせとマップのピン留め。授業やバイト、その他諸々の都合を見ながら予定を考える。


「むしろ俺はチーズを買う方の専門店も探したい。星港ならどっかにあるだろ」

「あるとは思うけど、Lってチーズが大好きなの?」

「やっぱ、ワインと一緒にやりたいと思って」

「ああ、そっちか」

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