理解するから動き出す

「おーい、朝霞。……朝霞! あーさーか!」

「あっ、おう、鳴尾浜」

「何ボーっとしてんだ。隣いいか?」

「ああ。と言うか、ボーっとはしてなかった。ステージのことを考えてただけで」

「はー、お前安定の鬼っぷりだな」


 社会言語学の講義前、ステージのことを考えていたら突然思考を止められる。隣の席に陣取ったのは、俺と同じ人間学部の鳴尾浜茂虎。放送部では幹部寄りでもなく、反体制派というわけでもない永世中立班・鎌ヶ谷班の班長のミキサーだ。

 鳴尾浜は誰の肩を持つでもなく、その時々で己の意志を貫きながら行動する。インターフェイスの活動にも出ているし、幹部とも、反体制派とも必要があれば手を取っている。それで上手く回るのは、鳴尾浜の考えと鎌ヶ谷班の担う緩衝地帯としての役割を部の全員が理解しているからだろう。

 俺とは同じ人間学部ということもあって授業でも顔を合わせるし、テスト前にはノートだプリントだと泣きつかれたりもする。放送部には何割か、ステージに熱を入れすぎるあまり学業が疎かになる奴が出る。その1人がこの鳴尾浜だ。


「つーか次のステージって丸の池じゃんな。8月のことを今からもう考えてるのか」

「常に考えてなきゃ台本なんて書けないからな。引き出しは多いに越したことはない」

「それもそうか。枠が出てからじゃ遅いな」

「そうだ。そのためにはインプットも欠かせないし、山口のことを完璧に理解しておく必要もある」

「俺はミキだから台本書きのことはよくわかんないけど、完璧に理解するって、どれくらいの完璧さで?」

「突き詰めればキリはないけど、何文字喋るのに何秒かかるとか、どの感情でどの顔になるとか、テンションとリアクションの関係もある。思考パターンもわかっておいた方が、完成度は高くなるよな。MCはあくまでMCであって主役ではないんだけど、人格も必要だろ。俺は一応一言一句台本に書くけど、実際は山口の裁量に任せてるところも多々ある。俺と山口の間に認識のズレがあり過ぎるとアドリブの意図を汲み取ることも出来ないし、それから」

「うわ、めんどくさっ」


 人に聞いておいてめんどくさいとは何だ。そうは思うけど、それ以上は言わない。コイツは最初に自分はミキサーだから台本執筆についてはよくわからないと前置きをしている。これ以上深く突っ込んだところで理解を得られるとも思わない。


「いや、でもステージの端から端まで移動するのに何秒かかるとか、歩幅がどれくらいかってのも知ってた方が計算はしやすくなるだろ」

「えっ、お前洋平マニアか何か? ストーカーではないだろ?」

「マニアでもストーカーでもないぞ。ただのプロデューサーだ」

「いや? ただのPじゃないよなあ。えっ、じゃあ何か最近映画行ったとかっていうのは?」

「ネタ元の共有とか、こういうアイディアもあるよなって。まあ、内容も純粋に楽しんではいるけど」


 とにかく、何をやるにもステージにはどう生かそうかと考えてしまうのは、俺のいいところであり悪いところでもあるのは理解している。バイトが日雇いの派遣で仕事を選ばないのもステージに生かすためだ。

 行く現場が多くなれば、いろんな人と接する機会も増えるし現場ごとの知見も増える。広く浅く触れた中途半端な知識には違いないけど、家にこもったまま何も見聞きせず、体で稼ぎもしないよりずっといい。

 少ない人数と予算で、いかに見ている人に楽しんでもらえるようなステージにするのか。アナウンサーとディレクターの能力を活かしきるためには、まずは台本を書く俺が限界まで伸びなければならない。寝る間も、飯を食ってる時間も惜しい。時間が少なすぎる。


「鳴尾浜、鎌ヶ谷はどういう感じの作業スタイルなんだ」

「アイツは遅筆だって自覚があるから準備自体は早い段階からやってくれてるよ。でも書いたモンに自信がなかなか出ないみたくてさ。それを俺がフォローしてって感じ。お前は書いたモンに自信は」

「なきゃ書いてられないだろ」

「だろうな」

「書いてる段階で俺の頭の中じゃ山口がめっちゃ動いてるからな。アイツが空気を盛り上げて、その場にいる人をみんな笑顔にしてる。俺はそれをミキサーを触りながらなり、後ろから見てるし、戸田は隙のないケーブル捌きをしてくれてる。書きながらそういうイメージが降って来ると、あれもこれもってなって手が止まらない」

「ああ~、そうか、イメージか。ほら、響人は書いた物がどうなるのかのイメージが出来ないって言ってたんだよ」


 そんなことを話しているとチャイムが鳴って、そう言えば授業前だったなと思い出す。はあ、これが現実か。この講義の内容も、何かステージに生かせればいいんだけど。それと、何か浮かんだ時のためにメモは忘れずに。

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