何をするにも絶え間なく

 4限の授業が終われば、今日も部活が始まる。星ヶ丘大学の部活棟は高く聳える黒いビル。その中に部活の拠点や大学祭実行委員、それから体育会だの文化会だののお偉いさんらが一堂に居を構えている。

 星ヶ丘大学の文化部で一番規模が大きい放送部は、部室に部員が入りきらないからミーティングルームを実質乗っ取って活動をしている。狭くてきったない部室は物置またはイカれた部内カップルのヤリ部屋として活用中。


「ふう」


 ミーティングルームの扉は開け放たれている。開け放たれたままの扉の裏へ潜り、パーテーションで仕切られた狭く暗い空間に身を滑らせて。物で溢れてごちゃっとしている2畳あるかないかのこの空間が、アタシ、戸田つばめが籍を置いてる朝霞班のブースだ。

 放送部ではいくつかの班があって、班の規模や部内での立ち位置とかでその扱いが大きく変わる。クソかよ。で、朝霞班の扱いはご覧のような感じなのでお察しだよね。班長は隅っこを好きな人で、居心地は悪くないって言ってるけどアタシはもう少し広い方がいい。

 腰につけたウエストポーチの中身をザーッと広げて中身の確認をする。ディレクター道具を切らしてはいけない。班長からのムチャ振りはいつ飛んでくるかわからないから。ステージに熱くて、バカ真っ直ぐ。ハードルはなぎ倒し、壁はぶっ壊してでも前に進む、そんな人だ。


「でもさ~、次のステージって丸の池でしょ~? その頃になったら流行りなんて移り変わってるジャない? でしょでしょ~」

「だから、常にアンテナは張るんだろ」

「あ、つばちゃんおはよ~」

「ああ、戸田、来てたのか。留守にしてて悪い」

「べっつにぃー」

「そうだつばちゃん、これ、お土産~」

「なにこれ」

「プリンだよ~。今朝霞クンと映画見て~、その帰りに寄ったお店の~。美味しかったよ~」

「あんがと」


 アタシにプリンを渡してくれた金メッシュのチャラい方がアナウンサーの山口洋平、それからカーディガンを肩にかけて巻いてるいかにもなのがプロデューサーの朝霞サン。名は薫。この2人とアタシで構成されているのがはみ出し者の流刑地・朝霞班だ。

 部活的に気に入らないことがあると、その当該人物をこう、押し込めとく器がいるじゃん? 流刑地ってそういうこと。まあ、朝霞サンと洋平は別に何か悪いことをしたとかじゃなくて、部の幹部連中じゃ手に負えない変人枠でここにいるんだけどさ。

 だけど、アタシは違う。アタシは去年、幹部に楯突いてここに流されてきた。パートの間にある暗黙の階級みたいな物がどうしても納得いかなくて噛みついたら、この結果ですよ。当時、ここは越谷班という名前だった。班長のこっしーもアタシと同じ荒くれ者のアウトローで、事実上幽閉されてた人だ。

 こっしーの代が終わって朝霞班になったらちょっとは部での扱いもマシになるかなと思ったら、今の部長の日高とかいうクソが朝霞サンに私怨を募らせててまーあもうクソ下らねー妨害ばっかりしてくるよね! まあ、朝霞サンは嫌がらせされてもステージのことしか考えてないし、それが余計日高の逆鱗に触れてるんだけど。


「あ~あ、朝霞サンと洋平は映画からのプリンなのにアタシは授業ですか」

「あのねつばちゃん、これが遊びだったら本当に良かったんだよ~?」

「どっからどう見ても遊びだろ」

「話題の映画を見ることも、ステージの引き出しを増やすための勉強なんだよ~。昨日もバイト上がってから朝霞クンの部屋で映画のDVDを3本マラソンしてるからね~、結構疲れてるでしょでしょ~」

「えっ、バカなの? 死ぬの?」

「本当はお前にも見てもらって、今後のステージの演出や小道具なんかのことを考えてもらえれば一番良かったんだけど」

「えっ、ヤだよそんなマラソン!」

「俺と山口の間で台本の意図の共有が出来てないとステージにならないし、そのためには定番から最新まで、いろんなことを持ってないといけないだろ」

「はー、ホントにステージのことしか考えてないね朝霞サン」


 朝霞サンはこんな調子の変人だから、部内では“鬼のプロデューサー”なんて呼ばれてドン引きされてるよね。台本を書いたりネタを集めるのに睡眠も食事も削るし。去年まではこっしーが無理矢理休ませてたけど、班長になってからは文字通りの不眠不休だよね。

 洋平は自称“ステージスター”とかいうふざけたヤツだ。アナウンサーとしての実力はまあ、部内でも指折りだとは思うけどステージ上での動きがD泣かせだし何より喋り方がウザい。でも人当たりはいいのか部内に敵がいない。

 何はともあれこれが今いる朝霞班の3人だ。こっしーがいなくなった分1年生が入って来てもらわないと何気にヤバい。だけど、今はまだ急いでもないから初心者講習会辺りで誰か釣って来れたらいいんだけど。


「そうだ、定例会からの連絡だけど」

「あっ、待ってました」

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