紫陽花に似ているといわれたから

谷川人鳥

紫陽花に似ている


 生きることは贈り物なのだと、とある詩人がうたっていた。

 贈り物は嬉しい。ふつう贈り物を受け取れば感謝をする。だから皆、生きることに喜びを感じ、なるべく必死に生きなければならないらしい。

 その贈り物を頼んでもいないのに押し付けてきた誰かのことを、人々は様々な名前で呼んでいる。

 たとえば天と呼んでみたり、ブラフマンと呼んでみたり、宇宙と呼んでみたり、ゼウスと呼んでみたり、仏と呼んでみたり、イエスと呼んでみたり、神と呼んでみたり、本当に沢山の呼び名をその誰かにつけていた。

 そして僕はその誰かを単純に贈り主と呼び、僕はその運び手だった。



「そろそろね、新しい贈り主を決めようと思うんだ」



 空白の世界で、そんな贈り主が僕に声をかける。

 僕は背中に生えた三対六枚の翼を羽ばたかせながら、静かに贈り主の話を聞く。


「……ボクはその候補者ですか?」

「察しがいいね。その通りだよ」


 いつかはこんな時がやってくると分かっていた。

 当代の贈り主が、次代の贈り主を決めるために運び手を何人か集め、彼らを候補者として競わせるという一種のゲームが催されるのはこれが初めてのことではない。


「せっかく栄えある候補者に選ばれたのに、嬉しくなさそうだね」

「はあ。すいません。なんというか、あまり実感がなくて」

「そうかい。まあ、べつにいいさ。それじゃあ具体的に何をやって貰うのか、簡単に説明するよ」

「はい。お願いします」


 贈り主は慣れた口調で説明を始める。おそらく他の候補者にはすでに説明を終えているのだろうと僕は思った。


「まず候補者は君を含めて四人。そして君たちは死の狭間を彷徨う人間三人をそれぞれ連れて、ちょっとしたレースをしてもらう。もっとも早くゴールに辿り着いた候補者が次の贈り主となる。どうだい。理解できたかな?」


 僕は数秒考え込んでから頷く。少し前から噂に聞いていた贈り主の後継者選びの方法と差異はほとんどなかった。


「ただし、君たち候補者には一つだけ制限を付けさせてもらう。それは彼らに君たちが運び手、つまりはこちら側の存在だと気づかれてはならないこと。いいかな?」

「わかりました。でもその制限にどんな意味があるのですか?」

「その問いの答えを君に贈ることはできないな。答えは自分たちで見つけてくれ。これから君たちは贈る側になるかもしれないんだからね」


 贈り主は僕の問いには答えない。しかし僕はそれで構わないと思った。


「これで説明は以上だ。まあべつに、途中で君が人間ではないと気づかれて失格になったり、レースに敗北してしまっても、特別なペナルティはない。ただ次の贈り主になれないだけだから、気楽にやるといいよ」

「わかりました。ほどほどに頑張ります」


 僕の気の抜けた返事が愉快だったのか、贈り主は小さく笑う。だがそれ以上は何も言うことなく、ただ薄い藍色の光で僕を包み込むだけ。

 そういえばこの咲き誇るように広がる藍色の光に似たものを知っている気がする。あれはなんて言ったっけ。



 ああ、そうだ。思い出した。



 この僕を包み込む光は、紫陽花アジサイに似ている。





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