物語のはじまりはじまり。

1.WHO?

 『篠原かさね』という名の馬鹿が現実と向き合うことになった、その夜。

 とある高層ビルの6階に、とある男がとある人物を連れて二日ぶりに出勤していた。


「――なんで、お前が一緒に来るんだよ。くそ伊吹、非番はどうした」

「許可はすでに取ってある。捜査の一環だ、文句を言われる筋合いはない」

「いや、意味わかんねぇし」


 地の底から湧いたような、疲れ果てた声が真っ白な廊下に響きわたった。

 ぶちぶちと文句を垂れる黒髪の、目が深くくぼんだ形相の男――風峰は、横を歩く朱殷しゅあん頭の男を睨みあげた。


「ふっざけんな。ドローン事件の捜査すんなら現場行けよ。なんで、先にセキュリティー会社こっち来んだよ。暇か、暇人なのかお前」

「他のところへは所轄が既に向かっている」

「いやだから、ここに来る意味がわかんないんですけど」

「つべこべ言わずにさっさと歩け陰険猫背。ありとあらゆる可能性を考えて調べるのが俺の仕事だ」

「――そう言って、最後には"ただの事故でした"ってことにならねぇと良いけどな」


 かつんかつんとタイル張りの床を踏んでいた二足の靴音が、ぴたりと止んだ。

 ポケットに手を突っ込みながら睨みあげるように自身を一瞥した風峰を、伊吹は冷然とした双眸で見つめた。


「何が言いたい」

「べっつにー。過去の経験を顧みて口にしただけですぅ」

「随分と穿った見方だな。お前――」


 眉根を歪めた伊吹が何かを言おうとしたその時、いつのまにか目的の扉の前に辿り着いていたことに気づく。

 一見巨大な液晶の壁にしか見えなかった扉に、一対の目が表示された。パチパチと今し方目を覚ました子供のように瞬きを二回繰り返すと、『SCANNING』の文字を展開する。

 伊吹が風峰から一歩離れ、距離を置いた。


『――認証完了。お疲れ様です風峰様、伊吹様。入室の許可は下りています』

「ああ、ありがとう」

「お疲れさん」

 

 風峰が一歩踏み出せば、音もなく扉が開いた。

 途端、風峰の眉間に二本の深い皺が寄る。

 

 NSOC――東京支局、第三係。

 東京都のサイバーセキュリティ、及び、サイバー問題への対処の一端を担う部局は常時五人以上の職員がモニターを監視しているはずなのだが、今日は妙に静かだ。

 一日、十二時間働き続ける職員が休憩や仮眠を取ったりする休憩室であり、荷物置き場でもある眼前の部屋には当然人の気配はない。

 仕事場へと続く奥の扉からも、雑音がほぼ聞こえてこない。微かにニュースや人工知能の声はするが、その中に人の声は混じっていない。

 ちらっと、壁に映る時刻を確認する。

 時刻は午後7時35分。もう少ししたら交代の時間だが、この静けさは一体どうしたのか。確かに会話の少ない職場ではあるが、今日は当局の監視下にある工事用ドローンが大きな暴走事件を起こしたのだ。原因究明のため、皆動いているはず。


(――仕事のしすぎで全員、過労死したか)


 空っぽの空間を前に、縁起のないことを風峰は思考の片隅で呟いてみた。

 クリーンを宣っているが、NSOCはブラック企業と大差ない仕事量を誇る職場だ。セキュリティーの監視をするだけの仕事だと思って侮るなかれ。毎日毎日アップデートされるマルウェアの情報集めや、世界各国から飛んでくるサイバー攻撃の対処を小さなものから大きなものまで、人工知能に任せているところもあるが、人間が自らの目で確認して動かなくてはいけないことが馬鹿みたいに沢山ある。

 おまけに他のセキュリティー会社と比べ、風峰が所属している此処は任されている仕事の数が圧倒的に多い。

 

「……静かだな」


 ふっと、伊吹が呟いた。

 どうやら風峰と同じように少しの違和感を抱いたらしい。

 

「忙しいんだよ」

「いいや。忙しくても、そうでなくても俺の記憶が正しければ、お前のところは他所と比べていつだって騒がしい」

「お前の耳が腐ってるだけだろ」


 そう言って風峰はさっとオフィスへ繋がる短い廊下を進んだ。

 高層ビル6階のフロアスペースをほぼ陣取っている無駄に広い調査課の空間に二つの靴音が普段より大きく鮮明に広がって、空気に溶ける。

 先程の入り口と同じ液晶扉のロックを解除して薄暗い室内へと踏み込む。

 「うわ……」と思わず、声をあげたのは伊吹だ。

 やっぱりな、と風峰は予測していたように心のうちで呟いた。

 薄暗い室内にズラリと並ぶモニタースクリーンは、目に悪いブルーライトを放ちながら、全て起動している。

 そのスクリーンを前に、屍のように突っ伏する職員が二人、眼の下に大きな隈を作りながら画面を仇のように睨む者が三人。どんよりとした、息苦しい空気が室内を満たしていた。


「――風峰さん。それと、伊吹さんも」


 掠れた声が、オフィスの隅から聞こえた。

 ふっと風峰が視線を其処に向ければ、大きなモニターの前で死んだような顔をしている後輩――長谷田の姿が見えた。

 眼の下の隈は相変わらずだが、キレイにリフレッシュされてお肌もつるつるになった風峰と反して、長谷田の顔はガサガサに見えた。げっそりと削げた頬に、ギョロリと充血した目が痛々しい。

 着替えてないのか、スーツの襟がよれよれだ。


「おー、お疲れ。って、すげぇ隈だな。どうした?」

「分かってて、それ聞きますか。これですよ、これ」


 くいくいと親指で長谷田が指し示すモニターを覗き見れば、見覚えのある工事用ドローンの姿が映っていた。

 今朝、ニュースでもやっていた『アメロバ商店街事件』の犯人だ。


「……ああ、うん。ニュースでも一応確認してたが、けっこう荒らしてるなコイツ」

「これで三件目ですよ……ちくしょう、前のヤツを必死こいて調べようとしている時にっ」

「けど、今回は捕獲できたんだろ。中身も全部ぶじで」

「それが不幸中の幸いですよね……前の二機は運悪くグッチャグチャになって復元も何もない状態でしたからね」

「で。何か、わかったか?」

「いえ、今回のやつを捕獲をしたのは先に到着した交通機動隊のドローンで、今はまだあちらが預かっている状態で、詳しいことはまだ……ただ、前の暴走事件と似てると思います」


 そう言って、長谷田がカタカタと液晶キーボードを弄れば、何かの記録が載ったウィンドウが幾つも展開された。

 黒いスクリーンに映る緑色の数字の羅列に、風峰と伊吹が目を細める。


「一応、交通機動隊の方が取り出したデータを先に送ってくれたので、確認したんですが………工事ドローンの監視課から届いた報告書通り、セキュリティーに何の問題も異変もなし。AIによる異常検知もなし。機体の記録ログにも、ざっと流し見たところ、不自然な点は見当たりませんでした」

「あんな派手で可笑しな行動を起こしてたのにか? データを改竄された可能性は?」

「まだ、ちゃんとフォレンジック出来てないので、そこら辺はなんとも……ただ監視課によるとここしばらく……事件が起きた当時も、ログに特に違和感は感じなかったそうです。システムも結局最後まで警報アラートを鳴らさなかったし……」


 風峰の問いに長谷田は首を振ると、疑心に満ちた顔で眉を顰めた。


「全て至って、普通です。普通過ぎて……逆に」

「不自然だな」


 明らかにあのドローンが起こした行動は可笑しかったのに、ドローンの内部に組み込まれたデータはその行動を、まるで「これは、自然なことだ」とでも言うかのように記録を残していた。

 その事実に、風峰は強い違和感を感じた。


「こいつの管理をしていた担当者の話によると、何の指示もしていないのに、工事現場から突然居なくなったらしいんすよ」


 ロボットは午前10時から12時まで、普通と変わらない様子で働いていたらしい。工事現場をモニタリングしていた担当者は、ドローンたちには一切の指示を出していない。実際、問題を起こしたドローンと同じ現場に居た他の機体にも、特に変わった記録は残っていなかったようだ。全機、最初に設定されたとおりの作業を行っていた。


「確認したところ、命令ミスの可能性はなし」


 ふう、と長谷田が疲れたように溜息を吐く。


「機体が、自ら動いたんです」


 ぽつりと彼が零した呟きに、伊吹は方眉を顰めた。


「AIの暴走……てか?」

「そうですね、可笑しな話ですよ。マルウェアも、マルウェアに感染した痕跡や経路らしきものも見当たらなくて、痕跡を残さないファイルレスの可能性も考えて、こちらでも渡されたデータから出来る限り色々調べましたけど、それも無さそうで……他の検査をちゃんと進めていけば、何か分かるかもしれませんが今のところ、何も見つかりそうにない」


 とんとん、と長谷田の指がデスクを叩く。

 ありえない。ありえてはいけない話だ。

 モニターに映る機体を見つめながら、長谷田は馬鹿みたいな想像をした。


「――これじゃあ、まるでの意思でこんな事件を起こしたことになる」

「ありえないな」


 風峰はハッキリと示唆された可能性を否定した。

 長谷田も同感のようで、眉尻を垂らしながら頷く。


「でしょう?」

「AIがその行動に至ったプロセスの記録はないのか? 外からの要因で、なんらかの事態に対応するために、AIが自分で判断を下してこんな行動を起こしたとか……」


 横から伊吹が口を挟んだ。

 AIは自ら思考し判断と決断を下すことはできても、基本的に何らかのインプットが無ければ、プロセスを行ったりはしない。

 特にこのような作業用ドローンは、自ら思考し、自己で判断を下すことは出来ても、他者からのアクションがなければ、設定された以外の行動は起こせないのだ。

 このドローンが自らの決断に基づいて行動を起こすのは、そうしなければならない緊急事態が起きた時だ。

 それを理解していた長谷田も、既に調べてはいたらしい。


「これです」


 すっと、モニターに機体の記録とは別に、AIの思考記録を伊吹たちに見せた。


「……」

「ね? 言ったでしょう?」


 沈黙する伊吹。長谷田はお手上げだと言うように肩を竦めた。


「外部から刺激された痕跡なし。何かに対応しようとした気配もなし」


 ウィルスによるものでもなければ、外部からの物理的な接触によるものでもない。


「これじゃあ、まるで――――本当にこのドローンが、何の脈絡もなく、自ら行動を起こしたみたいだ」


 ボーっと、物語の一節を棒読みするようなトーンで、繰り返すように長谷田は言った。

 いい加減疲れて思考が回らなくなったのか、魂が抜けたような表情で長谷田はデスクチェアにポスリと背中を預けた。

 それを横目に、立ったままでいる風峰は長谷田の言葉を否定するように口を開く。


「……けど、こいつがこうなる予兆は全く無かった」

「だから、何の脈絡もなく、って言ったでしょう」

「突然、故障したってか? メンテナンスは二日前に行われてたみたいだけど?」

「故障っていうより、突然変異?」


 ははっと、長谷田の空笑いが空気に溶けて消える。

 苦笑を浮かべたまま、長谷田は達観したような声で喋った。


「まあ、不可解な事件であることには変わりありませんよね」


 ぐしゃぐしゃとクルクルの茶髪を掻きむしり、あー! と唸る。


「もうホントに訳が分からないですよ。意味不明すぎます」


 ごつん、と机に突っ伏する姿を見るに、相当お疲れのようだ。ふう、と風峰も長谷田の疲れが移ったのか、今日はまだ何も仕事をしていないくせに溜息を吐いた。


「全部ありえない。ありえなさすぎる」


 ぶつぶつと呟く長谷田は精神病者のようだ。


「AIが勝手にこんな脈絡もなく……こんな行動を起こしたことも、人を傷つけたことも」


 どこか悔しそうに悲しそうに聞こえるのは、彼がどれだけロボットを愛しているのか、風峰たちも知っている故か。

 そのじめじめとした声を聴いていると、こちらの気も滅入りそうだった。

 どうしたものか、と風峰が後ろ頭を掻いたその時、誰かの端末が鳴り出した。

 ――伊吹だ。

 シャツの腕を捲って、腕輪型の端末を確認する。


「少し、席を外す。長谷田、悪いがデータの用意をしておいてくれないか」

「――分かりました。全てまとめておきます」

「わるいな」


 扉の向こうへ消えていく後ろ姿に長谷田はしっかりと頷いてみせると、じとりと風峰を睨み上げた。


「なんで、伊吹さんがここに居るんですか。介入が早すぎません?」

「しょうがねぇだろ。行きつけの店で非番だっていう奴に捕まったんだよ。俺だって好きで一緒に居たわけじゃねぇ。勝手についてきやがった」

「警察につけられるとか……風峰さん、何かしたんじゃ」

「してねぇよ。それより実際のところどうなんだよ――本当に何も無かったのか?」


 風峰の問いに、長谷田が深々と溜息を吐いた。


「警察に虚偽の報告をできるわけないでしょう? ありませんでしたよ、。もう少し時間が欲しいです。機体を実際に見て検査だってしたい」

「機体は警察あちらさんが預かってるっつってたよな」


 苦虫を嚙み潰したような表情が、長谷田の顔を覆った。諦めたように嘆息を吐いて、デスクチェアの背中に体重を預ける。


「同じことが三回起きて、原因が分からないとか……最悪ですよ、ほんとうに。今回もになるのか……」

「人為的に起きたことは間違いねぇよ。でなきゃ、こんなアホみたいな事件、そうそう起きねぇよ。だから、こっちに案件が回ってきたわけだし」


 ――また、警察が横から手を出してくるだろうけどな。

 ふっと、そんな思考が頭を掠めたが、長谷田をこれ以上落ち込ませたくないので今は黙っておく。

 かたりと、長谷田が座るデスクチェアの背凭れに肩肘を乗せながら、風峰はポンポンと長谷田の頭を叩いてやった。

 モニターに映る真っ黒な機体を眺めながら、率直に今回の事件に対して抱いた感想を口にする。


「三件とも、なんだ。明らかに、不自然だろ」


 そうだ。たった数日前に前回の事件も唐突に、前触れもなく普通はありえない、異常な光景を見せつけながら起きたのだ。

 機体の回収は出来ず、監視課へ自動送信された最後のデータしか調べることはできなかったが――今回の事件と比べてみると、残された行動記録も、AIの思考記録も、詳細は違えど全て似たようなものだった。

 明らかに不自然だ。

 こうも短い期間で似たような事件が偶然起きるはずがない。

 これは明らかに誰かによる人為的な事件だ。


「……、調査打ち切りになってしまうんですかね」


 危惧していたことをぽつりと、暗い影を落としながら長谷田が呟いた。沈んだ様子を見せる後輩に、風峰は喝を入れるように、彼が座るデスクチェアの背を叩く。


「そうなる前に、寝ずに調べてんだろ」


 長谷田の姿を見れば分かる。ぼさぼさの髪に、大きな隈が座った目元は――今回の事件だけではない――他の二件について情報を必死にかき集め、昨日から寝ずに調べた結果なのだろう。


「――大丈夫だ。掻っ攫われる前に、原因を突き止めよう」

「はい」


 立ち止まっている暇はないと口を開けば、長谷田も承知したように強く頷いた。

 風峰はまだ事件について、長谷田が今報告したこと以外詳しいことを知らない。

 他のことも知りたいと、風峰は事件に集中するように身を屈めた。

 モニターへと先ほどよりも顔を近づける。


「……被害は?」

「今回は怪我人一人、です」

「前の二件と比べればマシだな。当時の映像はあるか?」

裏袋スラムから出てきたんで、残念ながらそこら辺の映像はありませんが……商店街のものなら」

「それ――俺も見たい。見せてくれ」


 よく通る声が風峰たちの耳に滑り込んだ。

 振り返れば通信が終わったのか、伊吹が扉を開けてモニター室に戻ってきたところだった。


「なんだよ、確認してないのかよ。お前は現場からデータ送られてきてるはずだろ」

「お前と一緒にコーヒー飲んでる時に突然連絡が来て、そのまま此処に向かうように言われたんだよ。流し見する時間しかなかった」


 風峰の言葉に、伊吹が肩を竦めた。

 そんな二人のやりとりを余所にカタカタと長谷田がキーボードを打つ音が、静かな空間にやけに響く。

 目当てのファイルを見つけて長谷田がパチッとそれをセレクトすれば、監視カメラの映像が流れる。


「……派手な登場だな」


 ぽつりと伊吹が零した。

 スピーカーの音量はちゃんと下げたみたいだが、それでも動画から飛び出す轟音は激しく大きく、オフィスの外まで漏れ出すほどだった。

 雑貨屋や服飾店が並ぶ商店街の一角。小さな雑貨屋と本屋の間に出来た細い路地道から、二つの影が派手に店の壁を崩しながら飛び出してきた。

 土埃が舞うせいで、最初は二つの影を正確に確認できなかったが、片方はその形と大きさからして問題のドローンであることは直ぐに分かった。

 だけど、風峰が気になったのはもう片方の、小さな影。


「……長谷田。今の、もう一回」


 一通り、巡回ドローンと警察官が駆けつけるまでの一部始終を見終わった風峰は、もう一度動画の再生を要求した。

 長谷田が心得たように動画をもう一度再生する。どうやら、彼ももう片方の小さな影――紅茶色の制服を着た少女のことは気になっていたらしい。

 商店街の一角が破壊される前に、細い路地裏から飛び出してきた少女。彼女の後に、あの機体も姿を現している。

 どこからどう見ても、あの機体は、少女を追っているように見えた。


、女か」

「はい」

「襲われた被害者に一貫性が見えねぇな。怪我したのはこいつ……じゃねぇよな。最後には現場から逃げてるし」


 前の二件の被害者たちのことを、風峰は思い返した。

 被害に遭ったものたちは殆どが運悪く現場に居合わせた者ばかりだったが、明らかに狙われていた被害者が二人、居た。

 その二人は歳も、外見も、性別も、経歴も、特徴がバラバラで。共通点が見つからなかった。

 何かないのかと、案件を回された調査課は二人のことを詳しく調べてみたが何も出てこず、被害者本人たちに事情を聞こうにも、風峰たちにはそれが

 何故だろうな、と思いながら――ちらりと風峰はじっとモニターを見つめる伊吹を一瞥した。


「――は?」


 とん、と伊吹がモニターに映る例の少女を指さす。

 液晶キーボードの上で人差し指と中指をスライドさせて、長谷田は映像に映る少女へとズームしようとした。


「ついでに、調出してな」


 ぴたりと長谷田の指が止まった。

 モニターから目を離さず、伊吹に問いかける。


「……な、なんのことでしょうか?」

「とぼけるな。どうせ風峰の指示で勝手に被害者の個人情報あぶりだしてんだろ。この巡回ドローンが記録した映像も、所轄から届いたものじゃねぇな」

「……い、いやぁ」

「今、ここに出して削除すれば見なかったことにしてやる――見せろ」


 伊吹の声に重みが増す。

 肩に圧力を感じた長谷田は後ろを振りかえった。面倒くさそうに、かつ諦めたように肩を竦める風峰を見て、観念をする。

 カタカタと、長谷田は先ほどやっと突き止めた影の正体をモニターに映した。


「――……」


 真っすぐに此方を見つめる少女の証明写真と、その横に表示された彼女の個人情報を前に、伊吹と風峰は静かに口を閉ざした。

 心なしか、二人のその瞳はどこか遠くを見つめているように思える。


「篠原かさね。15歳。神谷女学院に通うお嬢様です。家は新宿にあるみたいですね」


 「神谷女学院ですよ。すごいですよね。しかも可愛い」なんて、ほわほわと笑う長谷田だったが、沈黙しか返さない伊吹たちに違和感を抱き、ふっと彼らを見上げた。


「伊吹さん、風峰さん?」


 見れば、伊吹は半目で件の少女を凝視しており、その口元は僅かに引き攣っていた。

 風峰も、その目はいつもどおり死んだ魚のような濁った色をしているが、目元が引くついている。


「もしかして、知り合いですか?」


 気になってそう聞けば、


「いや、知り合いっつーか……行きつけの店の、常連だ」


 どこか気まずそうな、誤魔化すような伊吹の声が返ってきた。


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