時を越える伯爵

 大学4年の春、俺はある男と知り合った。

「君を見ていると羨ましい。私も若い頃は、もっと原動力が活発だった。戻りたくても戻れないのが過去だ」

 その男は、見るからに日本人ではない。しかしその口から放たれる言葉は、母国語と言われても違和感がない。

「そんな事より、こっちの話を聞いてくれよ。昨日、2年生の実験を手伝ったんだけどさ。ボルダの振子に意味があるのかって。全く物理を舐めてるぜ」

 男は俺の愚痴を聞くと、

「ボルダか。彼は優秀な学者だったな。最も熱心に研究していたのは流体力学でだが、実測技術も完璧だった」

「そうなのか。他に優秀な人はいる?」

「うむ…。やはりアルキメデスは外せない。彼が王冠の体積を測定する時少し手伝ったが、一緒に風呂に入っていた私は何も気がつかなかった。あの原理を思い付けるとはたいしたものだ。彼はある計算の途中で殺されてしまった。私は彼の口から、その結果を聞きたかった」

 男の話は、まるで自分が体験したかのようだ。

「エジソンなんてどうよ?」

「エジソンよりもテスラを推奨しよう。当時電気と言えばエジソンだったが、私が会いに行くとテスラは交流電流を考案しており、実際に作り出した。彼が電流の稲妻が散る中で本を読んでいたのを見たときは、流石の私も驚いた。テスラは磁束密度の単位にその名が残っている。対するエジソンは、単位になっていない」

 俺は男の口から、日本人をどうしても出したかった。

「日本では誰にも会ってないのか?」

「君がこれから偉大になるのだろう?」

 男のプレッシャーはアフリカゾウより重い。

「冗談だ。日本人に絞ると、そうだなあ。上杉鷹山だ。この、山形の人だ。借金地獄の米沢藩を、自分の身を削って再生させた偉人だ。ところで鷹山と言えば、あのケネディ大統領も尊敬していたな。現代の政治家にも、ぜひ彼の手腕を見習って欲しい」

 俺は男に、あることを聞いた。

「あんたは、自分を尊敬される人間だと思ってないのかい?」

「とんでもない。私は人類の傍観者だ」

 男は決まってそう答える。


 サンジェルマン伯爵の話は、俺が説明するまでもないと思う。

 伯爵は18世紀の人物…と言われている。

 何で断定的じゃないかって? 実はその正体が未だによくわかっていなんだ。

 伯爵は語学に堪能していたらしい。聞くだけでも、ギリシア語、ラテン語、中国語、アラビア語、サンスクリット語。それに加えてフランス語、ドイツ語、英語、イタリア語等々。もはや伯爵に話せない言語など、存在しないのではと思わせられる。一体、何リンガルなんだ?

 それだけではない。ファッションのセンスもあり、ヴァイオリンを手にしては自ら作曲した曲を奏でる。化学や錬金術にも精通していたのだ。天才過ぎる!

 一応、1784年に没する。享年93歳であったらしい。当時の平均寿命は40歳ぐらいなのだが、伯爵は化け物か何かなのか?

 伯爵の目撃情報は、その年以降途絶えた…ワケではない。

 なんとビックリ、フランス革命(1789年)の少し前に、あのマリー・アントワネットに忠告の手紙を送っている。手紙だけじゃあって思うかもしれないが、伯爵を見たって人は後を絶たず、19世紀になっても出没するのだ。

 伯爵は不老不死とよく言われる。40年経っても外見が全く変わってなかったり、数千年生きていると言っても嘘と思われなかったり…。もしかしたら、今も地球のどこかで暮らしていたり。

 一説には、タイムトラベラーで予言もしていた…。もう伯爵については、何でもアリだ!

 だが、ここで俺の考察を入れたい。

 俺は「サンジェルマン伯爵は実在する人物だとしても特定の一個人ではない」と考える。つまり「複数の人間がサンジェルマン伯爵と名乗っていた」ってことだ。

 理由を説明しよう。

 最初に話した語学についてだが、当時は今ほど教育機関が充実してないはずだ。それに方言や訛りだって各言語にあるだろう。それを全て頭に入れられるのは、ちょっと無理がある。だが、複数人が伯爵を演じていたのなら話は別だ。ある言語には伯爵A、またある言語には伯爵B…と言った感じで役割分担をすれば、それだけ一人当たりの言語の負担を減らせる。

 ファッション、ヴァイオリン、化学、錬金術についても、担当の伯爵が存在しただろうな。それぞれ得意分野で力を発揮すれば、そりゃあ人々も魅了できる。苦手分野は他の伯爵に丸投げできるし。また伯爵間で、少なからず知識は共有しただろうに。

 でも死んでるよな…。これは伯爵たちの間で「歴史の表舞台に立つことについて、今後不利益が生じる可能性があると予想されるので、死期が近い誰かにサンジェルマン伯爵として死んでもらった」とすれば、死後に目撃情報があってもおかしくない。

ついでだが、当時はカメラがなく、人はもっぱら似顔絵で描かれた。絵師に依頼すれば、それがサンジェルマン伯爵像となる。顔の詳しい描写を省かせれば、誰だって別人とは疑わないさ。

 しかしこの考察には、穴があるんだ。

 なぜ表舞台から姿を消したのか、それがわからない。死後にも活動しているみたいだし、果たしてサンジェルマン伯爵として死ぬ必要が、あったのだろうか?

 またこの考察では、伯爵がタイムトラベラーであることを否定することもできない。

 解明されない数々の謎を残す、時を越える伯爵。その正体は人類の傍観者。そう答えるのが一番なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る