第75話 おっさ(略 ですが話し合いで解決できないので仕方がないのです(言い訳


 竜の卵がある場所を拉致した兵士に聞いた結果、ユグドラシルの近くに設置してあることはわかった。あとはここからどうやって持ち逃げするか、だが。


「竜の卵、このへんにかなりの数があるようだぞ」

「別にこんなにいらないな」


 聖剣のいうとおり、100近くもある竜の卵は正直ロクな用途に使われることはないだろうとこれまでの経緯から思った。


「えっと、でもどうやって持っていきますか?反乱分子の皆さんに『ちょっとお借りしていいですか?』って言ってみますか?」


 無理だとわかって言ってるだろクリス。まぁでも何とか持っていきたい。


「まぁそれは無理筋だよな。とすると、どう持っていくかだが。結構でかいみたいだぞ、竜の卵。数も多いし」

「……思いつかないです」

「普通に持っていくのは無理だろうな。とするとだ」

「何かあるのか案が」


 実はない、とかだと困るわけだ。そこはな。案がないわけでもない。


「こんなこともあろうかとだ」

「もう既に嫌な予感しかしないぞ」

「……そうですね」


 聖剣もクリスも酷いことを言う。もっともマッドサイエンティストが、こんなこともあろうかとなんて言い出した時点でロクな結果にならないのは確実だが。


「これをな……こうして……こうだ」

「そんなうまく行くか?」

「走光性はあるんだから、うまく行くんじゃないか。そのための細工もしてあるものがあるんだから」


 聖剣は疑問視しているようだが、それならほかの建設的な提案をしてほしいところである。


「あの、やっぱり一応借りてみられるか聞いてみたいと思います」

「無理筋なのはわかってるだろクリス」

「待て聖剣、クリスの狙いが聞きたい」

「えっと、借りられるならそれでいいですし、借りられないならばそれはそれでいいんです。悪い人たちなんですよね」


 どういうことだ?見当はついてるがもうちょっと説明してくれ。


「借りられなかった時はどうするんだクリス?」

「ヒロシの計画は進めてもらいます。こっちはこっちでやると……」

「陽動になると。それはそれでありかもしれんな」


 なるほど、それが狙いか。聖剣のいうとおり、ありかもしれない。なかなかしたたかだな。悪いのは俺だけってことになるってか。いいね、その悪どさ。


「悪くないんじゃないか?合わせてやるならびっくりするだろうしな」

「では、準備の方は」

「ああ、5日後にな」


 こうして俺たちは準備を始めることと相成った。名付けてピンポンダッシュ&奪取作戦である。ダジャレを言い出したらおっさん度が急激に上がることが知られているが、これは脳の抑制機構の活動が低下することに起因しているらしい。俺はおっさんで、脳の働きも低下していることが確認できた。



「あのーすいませーん」

「お、おい」


 クリスと聖剣が、拉致した人質の兵士を連れて反乱分子がたむろしているユグドラシルの前にやってきているのを俺は隠れてみている。


「なんだなんだ」

「あいつ……烙印の!一体何しに来た!?」

「見ろ!あいつらがやったんだ!あいつが空に連れてかれるのを俺見たんだ!」


 1人の兵士がクリスの方を指している。アブダクションごっこを目撃した時にみんなに言ったけど、そんなことはない、酒でも飲んだんだろとか言われたんだろうな。かわいそうに。原因は俺たちだが。


「えっと、皆さんにお願いがあります」

「なんだよ一体」

「竜の卵、ちょっとお借りできませんか?アイオーンから世界を守るために使いたいんです」


 ざわめく反乱分子一同。そりゃそうだよな、いきなりそんな「悪い人の皆さん、勇者です、世界のために力を貸してください」とか言われてうなづけるわけがない。しばらくざわざわしている中で、1人の男がやってきた。


「何事だ?」

「デューイ准将、ここを烙印の……」

「おやこれはこれは」


 なんだこのスカしたイケ……イケ……イケメン?といえるのかな?うーん。この世界の美的感覚的にはどっちだろうか。クリスも若干警戒しているな。


「はじめまして。烙印の勇者……いえ、クリスさんですね」

「えっ、は、はい。はじめまして」

「お噂はかねがね。ところで本日はこんなところまでわざわざお越しいただいたようですが、ご用件は?」

「気をつけ……ろクリス。こいつ……よわ」


 クリスは無言でデューイという男をみつめている。


「どうされました?」

「……えっと、すいません。ぼーっとしてました」

「して、ご用件は?」

「えっと。はい。アイオーンに対抗するための手段として、竜の卵お借りしたくてきました」


 デューイが下卑た笑みを浮かべている。これは失敗だったか?


「それで、あなたは代わりに何を私に用意していただけます?」

「何が必要でしょうか?」

「あなた、ですかね」

「なっ!?」


 聖剣の色が赤くなる。俺も思わず拳を握りしめている。


「正確には、あなたのその身体を使えば、我らをより強化できる……そう、竜の卵をね」


 ドン引きだわ。変態か。ボタンを無言で押すわこれはもう。クリスの貞操が危ない、いや貞操ですまなそうだこれ。


『えっと……にげて……いいですか?』


 魔力通信がイヤホンに入った。誰だってそうする俺だってそうする。俺は無言で肯定のボタンを押す。そしてもう一つのボタンを押す。


 閃光。


 俺もクリスも走り出した。これはダメだ逃げようと。背後から怪物が次々と出現する。あいつらどんだけ作ってたんだ怪物を。


「皆さん捕まえなさい!竜の卵の強化材料が向こうから来ましたよ!」

「捕まってたまるか!」

「はいっ!」


 走りに走った俺とクリスは、近くに待ち構えていたエアロクラフトの縄ばしごに飛び移りしがみつく。背後のユグドラシルの付近から爆音が響く。デューイが叫んでいる。


「なっ!?何事ですか!」

「ユグドラシルに設置していた竜の卵が!ひ、ヒドラに!!」

「ヒドラ!?なんでこんなところに!?」


 竜の卵を飲み込んだヒドラたちが暴れ始めた。魔力を受けて油を生成し、辺り一面油まみれだ。怪物たちもたまったもんじゃない。そりゃそうだよな、ドロドロの悪臭が周囲を取り囲むんだから。


 反乱分子一同がパニックになっているのを遠くから見ている。夕闇が近い。そろそろ次の手が使えるというものだ。


「しかしヒラガよ。捕食はするけど、消化しないように遺伝子操作したヒドラなんて何の存在意義があるんだと思ったんだがな」


 聖剣がぼやく。まぁな、俺自身使い道があると思わなかったぞ。


「ヒロシが食べられかけたからですよね。服溶けてましたよ」


 危なかったよなあれ。誰得なんだよ。危うく全裸になるとこだった。


「あぁ。だから思ったんだ。危なくなく油取れるヒドラ作ろうってな」


 灯りをともして、ヒドラを誘導する。竜の卵を食ってるやつを見つけた。うまく誘導できれば脱出できるな。捕食はするが特に危ない事もないヒドラ、これが役立つとは思わなかった。油田用のヒドラはまた作るしかないな……。


『疲れたぞ』

「おつかれさまです。ドラゴンさん」


 ドラゴンたちには水分抜いた状態とはいえかなりの重さのヒドラを運んでもらった。そして上空から休眠状態のヒドラをユグドラシル付近の水たまりに投下。あとはヒドラを誘導する匂い(魚系)も上空から竜の卵にかけて完了だ。


『これからどうするんだ?』

「戻ってあれこれ作らないといけないな。龍の身体を作って、決戦が済んだらクリスの烙印の方も操作できるかもしれない」

「やっと……ですね」

「ただ決戦までは遺伝子の制御待ってくれクリス。制御後は……」


 クリスは無言で微笑んでいる。言わないでくれたのな。


「普通の女の子……にはできないけど、勇者の能力なんてほぼ無くなるからな」

「力が無くなる……寂しくなりますね」

「そうか」

「この力で助かった事もあります」


 そうだな。俺も助けてもらった。


「でも。もう終わりに出来るんですよね?」

「そうだ。誰も烙印の勇者なんて呼ばなくなる。教会にも文句は言わせねぇよ」

「ヒロシ……あと少しだけ、お願いしますね」

「終わったとして、どうするんだ?」

「……言わせないでください」


 もう今更か。ここまで付き合ってきたら仕方ないよな。腹くくるしかない。


『ヒラガ、キチンと給料三ヶ月分のを用意するんですよ!』


 おい!ドラゴン嫁!いつから居たんだよ!そしてそのアドバイスはなんなの。なんでそんなもん知ってるんだよ。


「金貨30枚分のかよ……」

「えっと、家計に響くのでやめてください」

「世帯持つ前から世帯じみてないか?」


 聖剣にそう言われて俺とクリスはうつむくしかなかった。恋愛も結婚もしてないのに世帯じみてるんじゃもう仕方ない気もする。


 竜の卵の誘導と、ユグドラシルの付近からの脱出は、無事に成功した。俺の闘いはこれからだ!(染色体操作的な意味で)

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