第55話 おっさ(略 ですが前途も帰途も多難です
ついに種子を手に入れた。そこはまぁよしとしよう。しかし聖霊のぶんはともかく、ほかのコメとかを増産する方法……ふつうに撒いてたんじゃ時間がかかりすぎる。フェンリルの背で俺は考え続ける。
……そんな難しいもんでもないな。
「クローン作るわ」
「クローン???」
「あ、いやすまん。考え事していてな」
「ヒロシ、乗っててもヒマなんで教えてください。クローンってなんですか?」
異世界人に遺伝子教えたり原子教えたりした俺だ(超理解力の持ち主だということは置いておきたい。泣きたくなるから)。クローンくらい特に問題はない。
「クローンとは前に言った細胞をちょっと個体から取り出して、どこかで細胞だけ増やしたあと個体に戻して元の個体と同じ遺伝子セットもつやつを作る方法だな」
「元の個体と同じ……でもちょっと待ってください。個体ってどうやって発生するんですか?」
「そりゃ哺乳綱なら子宮内で受精卵が胚盤胞を形成後、着床して胎盤と胎児を作ってだな」
「増やした細胞をどうやって受精卵にするんですか?」
なかなか難しい質問きたぞ。だが俺たちの時代にはもう解決済みだ。
「受精卵の状態に遺伝情報を戻してやる。戻す方法は色々ある」
「そんなことができるんですか?」
「できる。動物のクローンはクリスの言う通り手間ではあるがな。今回は植物のクローンを作る」
「植物のクローン?」
「持ち帰った種子の数が凄く少ないわけだが、これから十分な量の作物を育てるのは結構骨だろ?」
クリスが目をパチクリさせる。考えてなかった、という顔だ。
「たしかに。ちょっとどうするのか気にはなっていましたが」
「特殊な培地、この場合は植物ホルモンをある程度の濃度で含むものだが、そうすると成長点の状態で膨大に増やせる」
「???」
「植物の種子の種子みたいなのだとでも思ってくれ。それをたくさん増やしたあと、ホルモンバランスを変更して植物体にする」
「発想が突飛すぎてついていけません……」
発想が突飛か。ある意味褒め言葉とも言えなくもないが,まぁそういってくれるな。こうしないとおそらく十分な量の作物を提供できない気がする。いまから元となる材料を大量に用意してもなかなか大変だが、それでも何とか実際のところは接木や挿し木もクローンの一種だけどな。この世界でも確かやってたはずだ。
「それ言い出したら接木や挿し木だってクローンだぞ。たしかに培養となると話は別ではあるが」
「そうなんですか」
『ふむ。ユグドラシルの継代もそれならば可能か?』
急にフェンリルが話に入ってきた。ってかなんだよユグドラシルって!ファンタジー仕事しすぎだろ過労死するぞ休め。
「ユグドラシルって、この世界の魔力を生み出す樹木だったか?」
『そうだ。木の寿命が近づいていてまずい』
おいおい勘弁してくれよ、ここに来て魔法使えなくなるとかだと戦力ダウンこの上ないだろ。
「そっちの件についても考えないといかんなこれは」
『そんなことができるって知っていたら、もっと早く依頼したかった』
「それは気にすんな。でもタダってワケにはいかんぞ」
『ユグドラシルの雫とかどうだ。死にたての人間蘇生すらできる』
「……乗るしかないやんけそれ」
やることまた増えたじゃねぇか畜生。クローンでもなんでも作ってやるよこうなったらな!
「ソレハソウト、カエリニアイツラトアウノダガドウスルノダ?」
「ロムルストー、何が言いたい?」
「ハルシュピア、ですか?」
ロムルストーがうなづく。あー確かにな。たしかにそういうヤツらおったわヤバイわ。
「それを言われるとなあ……撃ち落とすわけにはいかんのか?」
「えっと、今度は対空攻撃部隊も来るかもしれないです」
「それまずいな」
クリスの言う通り、前は爆装部隊だけだからなんとかなった。今度はそうはいかない可能性はあるか。
「交渉できるならしたいんだが。できないなら痒くするしかないな」
「またですか」
「ほかにいいアイディアがあるなら言ってくれ」
「特にないが……」
聖剣もアイディアなしか。交渉ねぇ……そもそもあいつらなんで帝国軍に入ってるんだ?自治領がどうとか言っていた気がするが。
「ハルシュピア自治領はなんで帝国傘下になってるんだろ」
「えっ?あ、そういえばなんででしょうか?」
『自治領になる前は帝国と激しく争っていたみたいですが、争っているうちにお互いに利がないんでやめたと聞いています』
「そうなのかレムリナ」
『ですが、王国とは何らかの軋轢があるというのも誰かが言っていました』
王国は何をやらかしたんだ?なるほど、敵の敵は味方か。
「そうなると王国の船は狙われるなぁ……」
『ハルシュピアは王国の船を拿捕することもあるようです』
「それはきついな。……待てよ?」
「えっと、何か思いつきました?」
「ちょっとな。場合によっては実行する」
「またろくでもないことを思いついたな」
聖剣め、心を読むな畜生。ほかに手があったらやらないけど、手がないならやるぞ。時間だってあんまりないんだからな。船に向かってフェンリルが疾走するが、途中吹雪が吹き荒れ始めた。夏でもこれだよまったく。冬だと完全に死ぬ。途中でビバークするしかない。大急ぎで身を隠すところをみつけ、慌てて火を起こす。
「ナントカマニアッタ」
『つかれた……』
「二人ともお疲れ。ゆっくり休んでくれ。鍋作るまで寝ててくれ」
「なべ……」
クリス、よだれをたらさない。極地なので燃費が悪いんだな。結構食わせてるのに太るどころか微妙に痩せてきて不安になる。体重とか測れないからな。
「痩せてきてないかクリス?」
「えっ?結構食べてるんですが」
「早めに極地抜けないとやばいかもな。持ってきた食料、予定より多く消費している」
実際、極地を探検している人は6000キロカロリーは摂取しないといけないわけで、そこに加えて魔法やら狩りやらするとそれより多くカロリーがいる。
「あと数日の辛抱だ。帰り狩りする必要もあるかもしれない」
「そこまでですか……じっとしてます」
そういうとクリスは俺にひっついてきた。確かにちょっとでも消耗避けたいからな。鍋をつついた後、俺たちは小動物みたいにくっついて寝た。
吹雪がやんだ翌日。……明らかにクリスの様子がおかしい。熱があるようだ。このままだとまずい。フェンリルに『なるべく揺らさず急いでくれ』という無茶をいう。防寒具と発熱器具を使って体温を保たせる。最後の休憩所が近づいてきた。ひとまずクリスとレムリナに待ってもらって、俺たちで狩りをすることにした。
フェンリルのおかげであっさりカリブー(トナカイ)を発見できた。この島にいたのかもともと?それとも移り住んだのか……。
「恨みはないが、仕留める」
俺はランチャーを構え、カリブーの額を狙う。……ほぼ無音の発射機から亜音速で飛ぶ砲弾。接触後爆音とともにカリブーの頭半分を吹き飛ばした。他のカリブーたちは一気に逃げ出すが、用はない。
「スゴイナ」
『早く戻ろう』
フェンリルの背にカリブーを載せ、帰ってきた。頭には生えかけた角がある。お、これ使えそうだぞ。帰ってくると俺は角を切り始める。クリスが具合が悪そうながらもこちらを見ている。肉の方はロムルストーたちに任せる。
「栄養剤として、鹿茸使ってやるか」
「……ヒロシ、それなんですか?」
「生え変わりかけの鹿の角だ」
「ツノ?えっと、それなんに使うんです?」
それには答えず無言で小さな鍋に入れ、煮始める。いい感じになってきた。
「食べるんですか?」
「食べるというか飲むだな。栄養価が高い滋養強壮剤だ」
「ツノ、食べるんだ……」
不承不承ゆがいた鹿茸を口に運ぶクリス。味の方は思ったよりは行けるらしい。シカ肉や鹿鍋にして十二分に食べ、床に就いた。クリスがくっついているのももう気にならなくなってきた。帰った後もくっついてたりしないよな?
翌日。
「ヒロシ」
「……?クリス、もういいのか?」
「えっと、熱とか下がったみたいです」
効くもんだな。熱が下がってよかったが、精力剤でもあるのは黙っておくか。一波乱あったが、ようやく目的を果たして脱出できそうだ。船が見えてくるのを見て、俺は少し油断していたのかもしれない。ドラゴンが突然こちらに飛んで来ながら魔法通信をしてくる。
『まずいぞ!ハルシュピアがまた来やがった!』
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