第48話 おっさ(略 ですが目的地に行くには準備が必要です


 来た、見た、痒くした。


 ハゲの女たらし借金王風にいうと、帝国との戦い(戦いにすらならなかったが)はこうなった。帝国もとりあえず引いてくれて、ひとまず目的地の種子貯蔵施設を目指せそうではある。


 目的地のスピッツベルゲン島は(多少は変容しているだろうが)全地点が北極にあるので非常に寒冷な場所である。そこに行くとすると、冬に行ったら間違いなく遭難する。ああする。確実にする。だとすると夏に行くしかあるまい。


 途中までは海路でいることになるだろう。王国に船でも借りればなんとかなる。船の性能は心配であるが……。最悪途中からドラゴンでもなんでも使うことにする。問題は北極圏に入ってからである。地図を広げつつ考える。


「雪上車なんてもんはないよな……」

「えっと、なんですかそれは……」


 思わずボヤいてしまったのをクリスに聞かれたが、あるわけもないかちくしょう。だとすると思いつくのはアレくらいである。


「なら犬ぞり使うしかないな」

「犬ぞり?」

「ああ。雪の上を走るのに馬は不向きだ。犬ぞりを使ってスピッツベルゲン島、そしてスヴァールバル世界種子貯蔵庫を目指す」


 かつて南極点到達一番乗りレースにイギリス、アメリカ(あと何故か日本も)が参戦した時に、イギリスの南極探検隊は馬や機械で南極に挑んだ。だが、馬は死に、機械は壊れ、イギリスの南極探検隊は犬ぞりを使用したアメリカの南極探検隊に敗北した。そしてイギリスの南極探検隊は帰途全滅した。……そのことを考えるに、やっぱり犬ぞりを使うのがベストだろう。


「犬ぞりって、ソリを犬に引っ張ってもらうんですか?」

「そうだけど」

「犬で大丈夫なのか?」


 聖剣が変なこと言い出しやがった。犬がダメだったらアムンゼンは極点一番乗りできなかったろうが。


「大丈夫だろ。犬なめんなよ」

「極地にはフェンリルとかいますよ?そういう意味で大丈夫かと思ったんです」


 そうかよ!こんなとこだけファンタジーかよ!仕事すんなファンタジー!そのまま寝てろ!


「フェンリルなんてもんがおんのかい極地。そりゃ犬だとキツそうだな」

「ですね……」

「かといって目的は果たさないわけにはいかん。いっそのこと……」

「何か思いついたんですかヒロシ?」

「ん、ちょっとな」


 あいつの力借りたら極地のフェンリルオオカミもどうにかできるかもしれないな。


「他には危険なモンスターいないだろうな」

「えっと、白いクマがいると一部では言われていますが……」

「フォークロアだろクリス。白いクマなんているわけなかろうが」

「そうですよね、やっぱり……」

「いやいるぞ」

「「えっ」」


 クリスと聖剣はキョトンとしている。


「いやですがヒロシ、白いクマなんているわけないじゃないですか。クマといえば黒ですよね」

「寒冷地に適応して雪にまぎれるんだから白の方が都合いいだろ」

「まさか……ヒラガお前本当にいるとでも?」

「15000年前には確実にいたがな」


 まさかシロクマがレアモンスター扱いになるとは思わなかった。知らないというのは時に誤解を生むものだ。


「いたのか」

「もっと昔には毛とキバの長い象とかもいたぞ。人間が滅ぼしたけど」

「もう何が何だか」

「えっ、そんなモンスターいたんですか」


 聖剣とクリスが世界観ギャップでショックを受けている。こっちからしたらフェンリルいる方がよっぽど衝撃だよ!


「極地怖い」

「お前のいた時代の極地もっと怖い」

「どっちも同じくらい怖いです……」


 怖がっていても仕方がない。極地に行くのに便利なものを用意しないとな。


「夏とはいえ極地は寒いからな。防寒具と高エネルギーな食材が必要だ」

「そうなんですか?」

「極地の生活にはとんでもなくカロリー消費することになるぞ」


 防寒具は電熱も欲しいな。食料としてペミカンみたいなものも作らないといけない。身体もつかな……クリスはともかく俺の内臓がヤバそう。それ以前に体力持つか不安だ。


「普段2000キロカロリーも摂取すれば十分なところ、その3倍のカロリーは必要になる」

「3倍!?」

「体温が奪われるからな。脂肪を全身につけないとなおな」


 もともと人間は温暖なところに適応した生物である。寒冷地では本来死んでしまう。今(俺が生きていた頃)から7万年ほど前にイエローストーン国立公園あたりで発生した破局噴火により、人類はその数を1万以下に減らしたとも言われている。


 そんな状況を生き延びられたのは身体の進化ではなく、針と糸で防寒性能の高い服を作れたことにあるという説もある。防寒性能が高い服を着ることで、人類は寒冷な気候にも対応できたのだ。


 そうはいっても極地の生活はたやすいものではない。俺たちのような極地素人がいきなり行くのは死を意味する。


「極地のプロを雇いたいな」

「そうですね……」

「必要なものは全部揃えないと……」


 こうして俺たちは、スヴァールバル世界種子貯蔵庫を目指す準備を始めることにした。しかし、はじめてすぐ挫折しそうになった。


「極地の経験のある人なんてこの国にいるわけないじゃないですか」


 たまたま図書館で色々調べてた時、出会ったイグノーブルに事情を話したことでわかったことだ。


「どういう……ことだ?」

「この国結構温暖ですよね。極地に近いところは帝国領ですよ?」


 そうだったな。


「帝国からこっちに来た人間とかいないのか?」

「いないことはないと思いますが……そういう人が北国経験あるかどうかでいうと……」


 マズイなこれは。そうはいったものの、その北国経験ある人物を探さねばならぬ。とりあえずいつものように、王国やら教会やらに無茶振りをすることにしようか。北国経験のある人物を探すの手伝ってもらうために……無茶振りの結果、国王には渋い顔をされ、マックスウェルにはキレられることになった。


「教会は口入れ屋じゃねぇよ!」


 と言われて、ごもっともですとしか思わなかったが口にはしなかった。何が何でも目的地に行かねばならないんだから、手段は選んでいられない。そんな感じで伝という伝を使いまくって、あちこちで白い目で見られ始めていたある日のこと、俺たちは冒険者ギルドに向かっていた。


 冒険者ギルドにはまだヤギのツノ持ち込み禁止の張り紙が貼ってある。資金ぐりが若干辛くなる可能性があるので早く禁止といて欲しいなぁ、と思っていると、ギルドマスターが俺に手を振ってきた。


「おう、どうした?」

「いやな、ヒラガ。ちょっと困った奴らがやってきてな」

「困った奴ら?」

「おう。そいつらなんだけどな。狼に育てられたとかいう山育ちの連中でな。周りとのトラブルが多くて困ってるんだ」

「狼に?」


 昔そういう話もあったけど、概ねそういうのは知的障害などの誤認って話だよな?いやいやありえんだろ。


「噂をすればあいつらだ」


 奇妙な民族衣裳のような、暑いんじゃねそのかっこっていう衣装を着た二人組だ。一人は男で、もう一人は……女か?


「えっ?ひ、ヒロシ……」

「おう?どうしたクリス」

「魔力による通信がされてます。この建物の中です」

「ギルドなんだから魔法使いだっているだろ?」

「えっ?でも、えっと……誰だろ」


 どういうことだ?たしかに魔法使いは見当たらないな。ん。そういえばだ。兄妹に話きいてみるか。


「おう、ちょっといいか?」

「ワレラニナニカヨウカ?」


 訛りがあるが言葉は話せるのか。兄の方が俺と応対するようだ。


「お前らってひょっとして北の出身か?」

「ソウダガ」

「犬ぞりとか、使えるか?」

「イヌゾリ?キイタコトガナイナ。ソレハツカエナイ」

「そうか。邪魔して悪かった」

「キニスルナ」


 はて。トラブル起こすようなヤツじゃなさそうだが。俺やらクリスの方がよっぽどここでは浮いている。


『ロムルストー兄さん?今の人は?』

『気にするな、あいつは人を探しているらしい』


 ……おい、無線機が声拾ったぞ。こちらを兄妹がむっちゃ注視する。気まずいなおい。


「イマノハ!ワガコエデハ!」

「悪いな、無線機が声拾ったみたいだ」

『そんなことが……』

「イモウトハコエガデナイノダガ……コレハ……」


 無線機をガン見するロムルストー。俺たちはしばらく無言で見つめ合う。


「……おう、立ち話もなんだ。メシでも奢るからちょっと北の国について話さないか?」

「ワレモソノハコニキョウミガアル。イコウカ」

「えっ、えっ?」

『あ、あのっ』


 俺たちはひとまず近くの店で、お互いについて理解し合うことにした。ん、更に交信。


『我が主よ、帰りはまだか?』

『もう少し待て。レムリナの声の代わりになるものが見つかるかもしれない』

「今のは?」


 俺がロムルストーに声の主を聞いた。その答えは意外なものだった。


「フェンリルダ」

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