第38話 おっさ(略 ですがウサギは寂しすぎると死んでしまいます
以前クリスの診断をしてくれた天使が結果報告に来るというのだが、どうも嫌な予感がする。いや、天使やマックスウェルが悪いとは思わないのだが、教会という連中と俺たちとではどうにも合わない部分がある。あの理想主義的な部分はどうにも気にくわない。人間の自由や進歩を奪ってまでなお人間集団を維持しようとする、それって家畜の管理と何が違うんだ?よしんば家畜の管理だったっとして、家畜の管理に失敗してたくさん死なせてるじゃないか。俺だってうまくやれなかったが、連中に任せていたらもっと、具体的には数百人は死んでいたぞ。
そう思っていたらだ、研究室の前に武装した教会の人間がいるではないか。天使とマックスウェルはというとかなり暗い顔をしている。どちらにしてもろくなことになってないな。よしわかった、まず話を聞かないとどうにもならん。
「おう。よく来てくれた」
『すいません、どうしても監視が必要となってしまったので』
モニタの前で天使が頭を下げる。なんてこった、下手したら二人とも教会に目をつけられたのか。結構いろいろと聞いてもらっていたからな。あくまで全体としては、そういう塩対応してくるわけだ教会ってところは。
「気にすんな。別にそっちの二人にも他意はないしな。話聞くだけだし」
『それがそう単純な問題でもない』
「どういうことだ?」
マックスウェルの言葉からすると、これは最大級の厄介ごとだな畜生。矢でも鉄砲でももってこいと、毒やら核兵器やら持ち出した俺が言うのもなんだけどな。
『ひとまず中でお話しさせてください。クリスさんも同席で』
「全然かまわんよなクリス」
「えっと、それは構わないんですが……お茶菓子足りるかな」
『……我々はお構いなく』
武装している教会の兵士がわずかだが申し訳なさそうな顔をしている。とにかく上がってもらって話をしよう。
もともと研究所は結構大人数で使っていたところなので、椅子も机も十分にある。クリスがお茶菓子を持ってきてくれたので、それをつまんでもらいながら話をきくことにした。天使が伏目がちに話をはじめる。
「結論から申し上げますと、クリスさんは健康体ではあります。ですが……」
「ですが……、なんなんだ」
「……はい。採血した血液の中に気になるものがありました。最初間違いだと思ったんですが、どう調べてもその多型構造です」
何が混入してたんだよ何が、はっきりいってくれ。聖剣とか赤と青の発光を行ったり来たりしている。お前は落ち着け。
「一部の生殖系因子ですが、ウサギに類する生物の配列に近い配列に組み替えています」
「生殖系にウサギだと!?」
「えっ、でもわたしウサギの獣人じゃないですよね」
聖剣もクリスも驚きを隠していないな。
「ちょっと待て天使さん。そうすると俺の考えだが、クリスはそのなんだ、することしないと来ないってことか」
「ざっくりいうとそうです。ヒラガ様はご存知のようですが、ウサギの場合繁殖行為によって排卵が誘発されます」
「……でもなんでわたしをウサギに?」
なんとなくだが想像はつく、吐きそうな想像だが。
「想像でよければいっていいかクリス」
「は……はい」
「おそらく人間よりも長期間、かつ高頻度の繁殖に耐えられるように『設計』しやがったんだ」
「えっ」
「我々が来たのもそこにあるのです」
教会の兵士っぽい人たちが語り始めた。俺たちはクッキーをかじりながら兵士を注目する。
「クリス様が誰かと結ばれて子供をなすとして、この因子が拡散した場合ですが繁殖力に勝る因子が増える……人口爆発につながるかと思います。さらに個人としての身体能力も非常に高い。そういう人間が爆発的に増えるとどうでしょうか?」
「旧種族たる俺たちは滅ぼされかねないな」
「はい。ですので教会はクリス様について更なる懸念を持っているというわけです」
なるほど、わからないでもないな。それにしても……この世界あれはないのか?あとあれとか。
「えっ、でもわたし結婚とかしないつもりですが」
「……無理やり子供を作らされたらどうする?」
「そうそうクリスを無理やり手篭にできるやつおらんだろ」
「数の暴力というものもある」
言いにくいことをいってくるな、マックスウェル。懸念についてはおおよそ理解できたが、それにしてもなんか引っかかる。
「うーむ。そうなると、どうするんだよ」
「一番単純なのは……おいヒラガ目が怖いからその目やめろ。でもお前を敵に回すのは教会としてもあまり賢いとは思えない、とさんざん言っている」
「教会を核攻撃や毒ガス攻撃させさせられたくありません」
マックスウェルと天使は俺のことなんだと思っているんだよ。でもそれくらいのほうがクリスの身を護れるというものか。
「万が一クリスの身に何かあったら、そうなるだろうな」
「ちょ、ちょっとヒロシ!」
「そうなるとあとは教会的には修道女になってもらうか……」
「不妊手術、も選択肢には入るかと思います」
なるほどな、そこまでか。天使が少し青ざめていたが、俺はそんなひどい表情をしていたのだろうか。クリスはおろおろしている。兵士たちにも緊張が走る。
「でもちょっと待てよ。人口爆発させたり新種族になるほど増えなきゃいいんだろクリスの子孫が」
「それはそうですが」
「だがヒラガお前、することするたび妊娠するんだぞ。そんなの危険すぎるだろ」
俺はクソでかいため息をついた。ひょっとしてないのか?この世界には、その概念すら?
「低用量ピルでもコンドームでも何でも使えばいいだろうが」
「低用量……なんですそれ?」
「まさかこの世界……避妊って概念ないのか?」
「ひ?……ひにんってなんですか?」
本当になかったよど畜生!天使もクリスもマックスウェルも、俺のことを変な生き物を見る目で見てやがる。
「することやったってしないようにする方法なんていくらでもあるって言ってるんだ!適正な人数子供作って後は避妊したらいいだろが!」
「えっ、でもそれだと赤ちゃんってすぐ死にますし……」
「死なないようにすりゃいいだろが!」
どうやらこの世界って多産多死なんだな。管理する気ないだろ教会。いや、適正な数に管理する気はあるだろうけどな。家畜と同じかクソ。その感情を噛み殺し続ける。
「低用量ピルなら月経不順などにも対応できるし。そもそもそんな何人も作らなくていいだろ」
「えっと、二人ぐらいでいいかなぁって」
「ほれみろ。だったらあとは低用量ピルをだな」
「だれが作るんですかそれ?」
おっと……天使につっこまれてしまったが、さすがにほいほい合成できない代物だぞこれは。だが禁書庫にはあるだろ絶対。ナイロン66とかの合成経路あったくらいだしな。
「エストロゲンとかプロゲステロンをだな、動物から抽出でもいいし大腸菌とかから合成して生成とかだな」
「ひょっとしてまた禁書庫ですか」
「おう。頼むわ」
「もうやだこいつ」
半泣きになる天使、額に手をやり吐き捨てるマックスウェルだが、そんなもんで世界の危機救えるなら安いもんだろ。
「ところで、一つ聞いていいですか」
兵士がおずおずと手を挙げる。
「なんだよ」
「ヒラガ様ってクリス様とどういう関係なんですか?」
「おう……いや、要は従」
「おい、ヒラガ、ちょっとこっち来い」
俺はマックスウェルに引きずられて廊下に出された。
「なんだよ今度は」
「ひとつ言わせてもらうぞ」
「おう」
「お前以前クリスのことを従業員だといったな」
「それがどうした」
「普通は従業員のことで、教会を核爆発させたりしないと思わないか」
「えっ」
あれ?ちょっと待て、そういわれたらそんな気がしてきたな。とは言うものの許せないじゃないか色々と。……何をだ?
「おい、マックスウェル」
「あとは自分で考えろ」
それだけいうと、マックスウェルは他のメンバーのところに戻っていった。あいつ何が言いたかったんだ。……俺は何か……いや、気のせいだ。俺はそういう人間じゃない。何よりクリスのためにならないと思う。気の迷いだ。くそっ、あのツンツン野郎、俺の心を乱しやがって。
そうやってしばらく廊下に追い出された俺だが、いつまで某国民的漫画の主人公の少年のように立ってないといけないんだ?あれ絶対成績上がらないと思う、あの親と教師のやり方だと。いつまでもみんな呼びに来てくれないじゃないか。なんかみんなで談笑してるぞおい。ウサギだったら寂しすぎて死ぬんじゃねぇか!?
「おぉい!いつまで廊下に立ってりゃいいんだ!」
ドアが開いたと思ったらクリスが顔だけ出して、こちらに向かって微笑んでこう言った。
「もうちょっと反省しててください」
「はい?」
反省って何をだよ!反省する何かあるのか俺に?あ、色々ありそうな気もしてきた。
「……やっぱり言わないとダメなのかなぁ……」
「この朴念仁が空気読めると思うか?」
「……ムリですね……」
聖剣とクリスに酷いこと言われている気がするが、そんなに何があるんだよ。おう、そういえばだ。
「ところで突然だがクリス」
「えっと、なんでしょうか」
「悪い、遅くなったが貰ってくれ」
俺は上着のポケットからテントウムシ型のブローチを取り出した。
「えっ?」
「不恰好だけどな。何かあった時に尻のところを引いてくれ」
「これは……」
「強烈な電波を発生させられる。何かあったら、駆けつけるからな」
「ヒロシ……ずっと、持ってますね。ずっと」
状況が不穏になってきてるからな。これくらいのことしかできないが、打てる手はなるべく打っておきたい。……何か間違っているような気がするんだが、なんだろう。
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