第39話 おっさ(略 ですが統計は様々なものを見通すのです
クリスへの治療法はある意味ないことが分かった上、教会からはさらに危険視されてしまった俺たちだが、あきらめたら試合終了なのだ。そもそもすることしなくて子供も作らなければいいじゃん、ってのはそれはそれで正論ではあるが何だか納得はいかん。しかし生殖系にそういうトラップ(というか魔改造)を仕込んでいるとは、俺なんかよりもよっぽどマッドサイエンティストだろそいつ。
その一方で気になることがある。この世界、避妊もなしにどうやって出生率を調整しているんだ?放置していたら、あっという間に人間なんて増えまくるぞ。だいたいクリス一人程度に何を恐れる必要があるってのもよくわからん。
ちょっと自分一人で検証したいことがあるとクリスたちに告げ、出かけることにする。
そんなわけで今日も図書館にやってきた。人口の推移と出生率を調査することになった。統計情報をしっかりとっていて偉い。国王と部下の官僚たち偉い。何かお礼してやりたいな。それにしても、クリスの話を聞く限りだと、新生児の死亡率が高いとのことであったが……確かに地球よりは高かったが、この数字だと高いとは言わない。
「おい」
思わず一人で本を前に突っ込んでしまう。せいぜい現在日本の3倍である。これはこの世界の技術水準を前提とすると、むしろ低すぎるくらいである。母体死亡率もほぼ日本並み。すげぇ。どうなってんだ息しろファンタジー。もう一つ気になることがある。
「21トリソミー(ダウン症)などの先天性の疾患が、ないだと?」
ゼロ。まったくのゼロである。ありえねぇ。いくら若い段階で結婚出産してもゼロにはなりえない。ある程度の確率で自然に発生するものだ。先天疾患が一切ないというのは、はっきり言って異常である。出産後に殺してんのか?そんな感じでもないが。それにしたってゼロはやりすぎだろ。くそ、本だけでは理解できない。この世界の異常さを再び確認できてしまった。
出生数の推移は増減はあるが、妙な点もある。出生数と死亡数の総計がほぼ一致している。人口数の増減がない、これはまさに異常だろう。天候などに左右されて人口が減る際に、むしろ逆に出生率が増大している。死者が増えるときには子供が生まれやすい傾向があるということになる。逆に人があまり死なないときには出生率が低くなっている。しかも避妊などないようなのに。……避妊など必要ないのだこの世界では。
「教会の連中……そういうことか」
勇者を作り出すだけでなく、先天疾患や産児制限も教会でやってやがったのか。グラフをいろいろ描くと、不自然さに笑いがこみ上げてきやがる。図書館で変な笑い声出すのはダメだからな。にしたってこれ、地球のクリミア半島あたりで統計を武器に偉い人をぶん殴ってた某婦長とか、生物統計学のビッグダディとかにグラフを見せてやりたい。酷いだろこのグラフ……自然出生率と死亡率なんだぜ……。
「変な顔してますけどどうしました」
「変な顔ってひどいなイグノーブル」
たまたま通りかかったイグノーブルにそんなことをいわれ、俺はグラフを見せてやる。しばらく見ているうちに、イグノーブルが渋い顔をする。
「ふむ。教会の力がきちんと働いていることがよくわかりますね」
「教会の力」
「そうです。人間は動物と違って神の加護を受けている、ということです」
「加護も何もこれじゃ子供ほしくても産めない人とかいるだろうが」
「優先度はありますが、そこは調整されているはずですよ」
……そこまで調整してやがんのかよおっかねぇな教会。つまりなんだ、快楽目的で子供産むことはあんまりない代わりに、子供を作りたいという明確な意思があると子供ができると。ある意味地球以上やんけ怖いわ異世界。
「それに、基本的に罪人の子は産まれてきませんしね」
「どういうことだ?」
「神の御導きですよ。社会を乱すような輩は子供を残せないです。もっとも過失等であればもう少し軽い扱いになります」
ここまでくると異常だ。優生学ってレベルじゃねぇよ。絶対遺伝子の多様性激減してる。いずれ滅ぶんじゃねこの世界。……地球人類のほうが先かもしれんけど。
イグノーブルと別れて王都をうろうろする。王都にも大きな教会があるな。特に理由もなく見ているうちに、ちょっと試しに拾ってみようと思った。電磁波が何か出ているんじゃないかと思って、周波数をいろいろいじっていると……なんだこれ?変な電波が出ているのを確認した。話し声が聞こえるな。ちょっと離れたところに行って拾ってみることにした。結構出力の強い電波なので遠距離と対話してそうだな。相手のほうは今の装備では拾えない。
『……はい、申し訳ありません……ですが……核が地上で使われるなど考えられませんでした……魔王城は喪失……はい……機能復旧までにしばらくかかると思います……はい……生数コントロールに影響?……はい』
なんだか不穏だなこの通信。機能復旧ってなんだよおい。もうちょっと聞いてみるか。
『……例の勇者のまがい物ですが……はい、そうです……いえ、それに関してはないです。性格的には……はい……個人としてはともかく、その身体的な点で……はい……危険性があります……はい……いや、しかし……えっ?それはまずいのでは?……神への捧げもの?……ですが……レミエルからの話ですと、その……ヒラガ?……』
よりによってピンポイントで何かいってやがるなおい。捧げものってなんだよ人身御供にでもすんのかよクリスを。俺が歯ぎしりをしているうちに通信は続く。
『……そうです、核を……危険性だけなら勇者よりも高いかと……はい、それは……しかしまがいものとはいえ聖剣、聖霊を揃えた勇者をそう簡単には……それにあの男が……はい……』
面白れぇじゃねぇか。核兵器でも毒ガスでももってこいや、その前にそっちを火の海にしてやるぞ教会。天使さんとマックスウェルには悪いが。
『……えっ?御身自らが出られる?それは危ないのでは?……』
俺はすでに研究所のほうに急いで走り出していた。どうやらクリスの身が危険にさらされているようである。こいつはいかん。そう思って急いでいると、クリスに渡していた例のブローチからの信号が届いた。
「畜生!誰だ!何が起きている!?」
ようやく研究所につくと、一人の男がこちらに向かってきた。なんだよこのすかした野郎は。
「おや、どうされました?」
「どうもこうもねぇよ!研究所から出てきたようだがお前誰だ!?」
「……申し遅れました。私はエイブラハム。教会の宗主を務めております」
「……その、宗主が何を」
「いえ、お二人にあいさつに参りました。それだけです」
それだけいうとエイブラハムはすたすたと去っていった。一体何をしに来たんだよこいつ。それにクリスの救援信号まで出てたけどなんでだ。
「おい、ヒラガが帰ってからでいいだろ!?」
「一体どうしたのです。まぁあの変態から離れるのは別に構いませんが」
見るとクリスが外出する格好をしている。聖剣と聖霊まで連れているではないか。なんでだ?
「おい!クリス!」
俺がそう叫ぶが、クリスの目は虚ろだった。
「……ヒラガですか……これを。それでは失礼します」
クリスに渡された封筒には「退職願」を意味する単語が書かれていた。急になんなんだよおい!
「ちょっと待て!突然こんなもん渡されてもだな!」
そう俺が叫んでいるうちにクリスは風のようにいなくなってしまった。呆然と立ち尽くしている俺の受信機に、しかし、クリスの声が入ってきた。
『たす……け……て……ヒ……ロシ……』
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