第30話 おっさんマ(略 ですが命の重さに差をつけられません
繊維の研究があまり進まなくて、八つ当たりでヒドラに暴行を加えている。ヒドラとゴマの油は絞れば絞るほどよく出るというが、あまりに絞れば悪代官は一揆されてしまうだろう。実際ヒドラもこちらに襲いかかってくる。無論ダイヤモンドワイヤーで反撃して制圧するだけであるが。残念だったな。
ズタズタに引き裂いて油をプールに流し出している。プールの上からクリスが呆れたような表情でこちらを見ている。ところであなたなんでその水着の試作品着てるんですか。
「えっと、なりますか、ストレス解消」
「クリスもやる?」
「油でベトベトになりそうですので遠慮させてもらいます」
「てかなんで水着着てるの?」
「せっかくなんで着てみたんですが……でもこれ濡れると透けるんですよね。早く透けない水着作って下さい」
意外にクリスはノリノリである。確かにこの世界としては露出が多いが、地球のビキニとかに比べたら全然露出度高くないし、デザイナーはクズノハがやってるのかはわからないが、結構可愛い系である。着たくなるのもわかる。……つってもこれ海に入ったら海藻とか装飾に付きそうだからナイトプール向けだな。インスタとかに投稿する系だぞこれ。
「そもそもなんだけど、泳げるのか?」
「えっと、泳げる人はいますよ。漁師の人とか海女さんとか」
「海女さんいるんだ」
「服の代わりに水の精霊を纏うんです。だから魔力の高い女性でないとなれません」
「もし、水着できたらどうなると思う?」
「海女さんとか増えそうです。魔力高くなくてもなれそうですし」
意外な話が聞けた。確かにクズノハの考えるような娯楽用途もありだろう。でもクリスの指摘の通り、実用性ってのも重要である。おっと、ヒドラが触手を振るってきた。軽くいなしてダイヤモンドワイヤーでぶった切る。あっ、クリスに油が飛んだ。
「……ベトベトになっちゃったじゃないですか!」
「やっぱり透けるなぁ」
「みちゃダメです!」
「早く着替えてこいよ」
「そうします。でも油だから落ちない……」
「石鹸なら作ってあるぞ」
「なんでも作れるんですね……」
透けてたのにそこまで気にならなくなってきてる俺たちの関係はともかく、クリスに石鹸を渡した後、俺も身体を流すことにしようと思った。とにかくベトベトだからな。ロメリオ商会から購入したシャワーでQOLは高くなったが、なんだろう、購入ってのは負けた気がしないでもない。とにかくクリスがシャワーから出てから俺も入るとするか。
身体をすっきりさせて俺たちがひと段落していると、突然王国から魔力通信が入ってきた。一体なんだ?俺は最近何かやらかした記憶はないんだが。王国付きの魔法使いが機械ごしに話しかけてきた。受信機から叫びごえが飛び込んでくる。
『ヒラガ様!大変でございます!』
「クリス」
『はい、なにかーありましーたか?』
大分慣れてきたのか、クリスの間延び度合いはかなり減ってきたな。緊迫した空気が伝わってくる。
『国内で疫病が発生しているのですが、教会からの聖水の供給が不足して犠牲者が出ております!』
「クリス、疫病と、聖水ってどういうことだ?」
「聖水ですが、疫病を直接攻撃できるんです。疫病の原因を倒せるという説明ですが」
「疫病って、ウィルスやバクテリアみたいな極小の生物とかそれに類するものだろ?栄養が不足していなければ」
「それって異端の研究者が主張しているものですよね」
『とにかく、ヒラガ様に何かお力をお借りすることはできないでしょうか?』
いいのか?教会との関係悪くならないか?
「クリス、教会との関係は大丈夫かと、俺に誰が力を借りたいって言ってるか聞いてくれ」
「はい」
そういうとクリスは目を閉じる。通信を再開したな。
『きょーうーかいーとのかーんけいは、だいじょーぶでーすーかー?』
『はい、それにつきましては国王からも了承を得ております。教会は不承不承という感じです』
そうだろうな。仕事取るなよ、しかもマッドサイエンティストのようなヤツに仕事投げるなよってのが教会の側の主張だろうな。でもだ、それで被害止められないんなら、なんだって手を打つのが上に立つものだ。よし。
「すぐ向かう。できる限りのことはする」
『すーぐいきまーす。おてつーだいーしまーす』
『わかりました。お願いいたします』
国王はいい奴だし、国民たちを守ることに死力を尽くしているのだろう。俺みたいなもんが役に立つかは微妙なところだが、それでもやらないわけにはいくまい。馬車を走らせて疫病が発生している村に向かう。そうだ。
「クリス、疫病の種類にもよるがマスクとかつけておけ」
「……それは大丈夫です。こおおおお……」
クリスが小さく気合を入れると、ほのかに光が出現する。
「これは?」
「電撃系の魔力を空間に放出して、疫病の原因を破壊する手法です。これで防御できるかと」
「すげえな。でもマスクがあったほうがいいぞ」
「全部防げるんですか?」
「全部は無理だと思う。場合によっては全身防御が必要だがな」
「難しいですね」
今回の病気の危険性がどのくらいかだな。まさかとは思うが、P4レベル(エイズウィルスやエボラウィルスなど命にかかわるウィルスを対象にする施設で扱う病原体)だとしゃれになってない。対処とか絶望的だろうな。馬車を走らせて半日、ようやくたどり着いた。
日暮れの村からはうめき声が聞こえてくる。吐瀉物のすえた臭いが周囲に漂っている。村人と兵士が言い争う声がする。
「クリス、電撃系の魔力の展開、頼む」
「えっ、もうですか?」
「念のためだ」
クリスに指示を出し、言い争う村長たちのそばに近づいてみる。思い当たる節がある。これはミスったな。しかも致命的だ。
「バカな!村を焼き払うじゃと!」
「だがな村長!このままだとこの村に限らず疫病が蔓延し、最悪この国ごと滅ぶぞ!」
村を焼き払わないといけない!?どこまでの疫病なんだよ。封じ込め自体は間違った方法ではないとは言える。とはいえだ。
「おう、村を焼き払うとはまた物騒な話をしてるな」
「お前は?」
「通りすがりのマッドサイエンティストだ」
「マッド……おまえ?ヒラガか?」
兵士が股間を抑えている。そこまで恐れなくてもいいだろう、股間を痒くさせるのを。
「んで、なんで村を焼き払うんだ」
「疫病の対処のための聖水の生産が追いつかないんだ。十分な量が確保できない。遺憾だが村ごと処分する」
なんだよそれ?いくらなんでもそりゃないだろうよ。そりゃ村長だって怒るわな。
「んで、この疫病ってどういうやつなんだよ」
「嘔吐と下痢を繰り返し、やがて出血も伴って死ぬというものだ」
「嘔吐と下痢?致死率ってわかるか?10人感染したらどれだけ死ぬ?」
「子供や老人なら半分、大人でも10人に3人は死ぬ」
致死率30%!?前言撤回だ。そりゃ遺憾とはいえ村を焼くのも理はある。死地に飛び込んだようである。いずれにせよ更に情報を得ないと。
「咳とかはどうだ?吐く時の咳以外はあるか?痰は出るか?」
「それはないですね」
痰が出ないということは、消化器系から感染する可能性があるな。あとは……。
「クリス、研究所にすぐ戻ってここに書いたヤツを持ってきてくれ。そして国王たちにこの村への立ち入りを禁止するように頼め」
「は、はい。ヒロシは?」
「俺はここに残る。というより、俺が考えているやつのうち、最悪のパターンなら俺も死ぬ可能性がある」
「えっ!?何故ですか!」
「感染ルートが消化器であるウィルスで、ノロウィルスの近縁のような微小ウィルスなら、もう感染している可能性がある」
例えば、食中毒の原因にもなるノロウィルスなどの感染は、わずか10のウィルス粒子を取り込むことでも起きることがわかっている。
「魔力の放出を切らすとクリスもアウトだぞ」
「そんな……」
「とはいえ致死率100%に近い(場合にもよるが90%近いことも)エボラのようなやつじゃないとなると、対策を行えば生き残れる可能性はある」
「……どうするんですか?」
「とりあえず綺麗な水と塩だ。欲を言えば水飴が欲しい。それで経口補水液を作り、脱塩に耐える」
さすがにブドウ糖や砂糖は入手を期待できないだろう。経口補水液は大量の下痢で脱水、脱塩になるのを防ぐためだ。
「あとはこれ以上拡大を防ぐために、次亜塩素酸(殺菌作用がある。漂白剤などに使われている)を作って殺菌する。問題は誰がやるかだな」
「あの」
「なんだクリス?」
「絶対に感染しない人?たちがいます。彼に連絡をしませんか?」
「グラントか?あいつもお人好しだが、さすがにあいつらに看護させられないだろ」
「そうでもないですよ。ちょうどいいものがありますし」
聖剣にクリスがマスクを見せる。何を思いついたんだ?
「お金で済むならわたしが」
「いや、それはダメだ。あとで王国に請求しよう。聖剣」
「わかった。グラントに連絡する」
こうして俺は走り去るクリスを見ながら、対策の準備を始めることにした。顕微鏡下で見えないシロモノなら多分ウィルスの可能性が高い。野口英世だって電子顕微鏡で観察できれば黄熱病をとらえることもできただろうが、ウィルスは光学顕微鏡では捉えられない。ならウィルスの感染の有無はどうやって調べるか……。
外殻タンパク質をELISA法(プレートに抗体を付着させ、タンパク質の有無を測定する方法)で抗体で検出するか、PCR法で病原体のDNAなどを増幅して検出してやるかのどちらかだと思うんだが……抗体よりPCRか。配列読むのはなんとかなるしな。シーケンサをクリスに持ってきてもらうまで、仮説を元にとりあえずやるしかない。医者じゃないから対処療法オンリーだ。助けが来るまでは何が何でも生き残らないとな。不安そうな村民に指示も出さないといけない。生き残るためにも。
……どうしてだろう、このような状況なのにワクワクしてくる自分がいる。ある意味では魔王よりも恐ろしい存在と相対しているというのに。
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